532.錬金術師の派遣
「バハムートでは、だいじなモノは人目にふれぬようにすると聞きました。塀で中庭を囲って、ひっそりと果物を楽しむみたいに。だからわたしたちはこうして案内されていても、真の姿を知ることはできない」
「ここには何もねぇよ。俺たちは海の恵みで暮らしていけるが、実際の暮らしはカツカツだ。交易の上前をはねるぐらいしなきゃ、やってられねぇ」
岩場に築かれた重装備の要塞、船が寄港するたびに開かれる、急ごしらえの市場。そして中庭で開かれた豪華な歓迎会に、船でぐるりと回ったところにある、人里離れた魔羊牧場。
どれもバハムートの名物といえる光景だし、観光客として楽しんでも見ごたえがある。わたしは軽く息をついてグストーに持ちかけた。
「港だけでなく、錬金術師を派遣するには工房が必要です。そのための土地を用意してください」
「ちょっと待て。俺は『竜騎士を派遣しろ』と言った。それがどうして得体の知れない錬金術師になるんだ。島を吹っ飛ばすつもりか!」
「逆です。わたしたちは安全、安心を提供します」
「は?」
後部座席からユーリが心配そうに声をかける。
「ネリ……ス師団長、国家錬金術師はあなたを含めても総勢七名です。竜騎士よりもずっと数が少ない。貴族や薬種商お抱えの者もいるにはいますが、派遣する錬金術師にアテはあるんですか?」
「もちろん」
わたしが自信たっぷりにそう言うと、グストーは興味津々で聞いてくる。
「港で人気者になった、あの姉ちゃんか?」
「ちがいます」
ヌーメリアは新婚さんだもの。ここで栽培されている麻薬については、ヴェリガンの助けが必要かもしれないけれど……。
わたしはふたりの疑問に答えた。彼にもそろそろ働いてもらわなくっちゃ。
「マウナカイアにひとり、ヒマがあれば酒盛りをしている錬金術師がいるでしょう。ここも海だし、たいして変わらないわ」
「ウブルグ・ラビルですか、彼を派遣すると?」
ユーリが驚いている間に、わたしはグストーに説明した。
「ユーティリス王太子の師でもあります。師弟関係は家族同然、一生切れない縁と言えます」
「ほぅ」
「え、あ……まぁ、そうですね」
ユーリ君、あいづちを打ちながら不服そうな顔をしないの!
「このバハムートはいつ沈むかわからない。もちろん対策はしてあるでしょう。けれど万全ではない」
「対策はしてあるさ。幼い子どもや年寄りは高台で生活させている。要塞部分は島から分離して、船としても航行可能だ」
「ウブルグ・ラビルはマウナカイアで人魚たちと協力し、海中でも航行可能な移動式魔道具を開発中です。収納力も抜群で住人の避難手段として使えます」
「うっ!」
ユーリ君、お腹を押さえてうつむかない!
きみが何を想像しているかはわかってる。ヘリックス二号か三号のことでしょ。でもここで笑っちゃ絶対ダメだから!
レオは頭痛でもするかのように、こめかみを押さえて遠くの魔羊を観察しだした。言いたいことはありそうだけれど、何も言わないのが彼の長所だから、こういうときはすごく助かる。
「そんな錬金術師がいるのか」
「はい。エクグラシアに産業革命を起こしたグレン・ディアレスと、ほぼ同時期に錬金術師になり、魔導列車の設計や開発にも携わってます。そうよね、ユーリ?」
補佐官らしくビシッとスーツを着こなしたユーリは、腹痛でもするかのように顔をゆがめ、お腹を押さえたまま肩を震わせて声を絞りだす。
「あ、合ってます……」
「なんだ、補佐官見習いは腹でも痛いのか?」
「だ、いじょうぶ……です」
気づかうグストーに答えるユーリは、必死に歯を食いしばっているけれど、笑いをこらえてるのは知ってるんだからね!
「実際に本人を呼びますので、それから判断してもらってもかまいません」
わたしが澄ましてそう言うと、ユーリがびっくりして顔をあげる。
「えっ?」
「船に乗船しているのか?」
グストーはユーリやレオたちの反応をいぶかしそうに眺め、わたしに確認する。
「いいえ。かつてエクグラシアのマウナカイアと、人魚たちの王国カナイニラウを結んでいた〝海中転移魔法陣〟を、わたしがバハムート近海に築きます」
「何だって?」
魔羊の観察をするフリをして、しっかり聞いていたらしいレオが、ぎょっとした顔でわたしを振り向く。
「人魚たちは魔素に反応して発光するバクテリアを利用して、海中に魔法陣を描くの。距離、方角をきちんと計算して設置すれば、わたしにもできると思うの」
「…………」
そんなにまじまじと見つめられたら、いくら婚約者と言えど照れちゃうなぁ……なんてのんきなことを、考えている場合ではなかった。彼の眉間にぐぐっとシワが寄る。
「きみは……バカか?どこからそんな発想が……」
「ここからですよ!」
わたしは自分の頭をツンツン、人さし指でつつきながら答える。グストーが面食らった顔をして、わたしたちの会話に割って入った。
「待ってくれ。話について行けない。〝海中転移〟ってのは何だ?」
「転移陣を地上に置く必要はないってことです。そのためにウブルグの力で潜水艇も開発します。彼の技術と人魚たちの知識を使い、全天候に対応可能な港をバハムートに建設します」
地上に置いた転移陣では船は使えない。危険な外洋を航行しなければならないのなら、海中に船も利用できる転移陣を設置し、いっそのこと航路をショートカットする機能があったっていい。
「ネリ……ス師団長、その発想……魔石さえあれば、バハムートとエクグラシアで、直通の長距離転移が可能になるかもしれません」
可能性に気づいたユーリが、興奮に瞳をきらめかせた。
「それならば現在の住人たちに安心と安全を提供するだけでなく、バハムートに新たな海洋都市としての未来と可能性も与えられると思います。もちろんみなさんに協力してもらえるなら、ですけど」
絶海の孤島だからこその不便さが解消できるなら、何も危険な薬物の栽培や取引に手を染める必要はない。わたしは自信たっぷりに見えるよう、グストーに向かってにっこりと笑った。
「潜水艇の開発には大きなドックが必要です。でもバハムートにはそれほど広い土地がありませんし。あなたたちがだいじに隠している、デルモスの畑を焼き払ってもいいかしら?」
ここでいきなりヘリックス。
「お仕事してるネリアも見たい」とリクエストが。









