530.市場に開店
翌日からわたしたちは忙しくなった。
急ごしらえで作った屋台には、ヌーメリアとローラ・ラーラがならび、白衣の錬金術師と黒衣の魔術師の組み合わせは、それぞれの髪色もあってとても目立っている。
ローラが簡単な問診をして、その結果をもとにヌーメリアが最適なレシピを選びだす。
コールドプレスジュースは、実はヴェリガンが大量に作って、第二倉庫に冷凍してあった。野菜や果物を持ちこむより日持ちするし、かさ張らないから、保存技術さえあれば長い航海にも向いていた。
「ヌーメリア、イイ感じだね!」
「ヴェリガンのジュースは、私も毎日飲んで効果を実感していますもの。彼にもいいお土産話ができますわ」
ヌーメリアはほほえんで、グラスに手際よく浄化の魔法をかけると、新しいジュースを注いで、訪れるお客さんに手渡していた。
お客さんたちは最初はおっかなびっくり、ひと口飲んで「飲みやすい!」と目を輝かせ、それぞれのグラスの中身について盛りあがっている。
海風にさらされて生活するバハムートの人たちは、女性も男性もよく日に焼けていて、色白のヌーメリアはそれだけで人気者だ。
コールドプレスジュースを飲みながら、肌の手入れに悩む人には海草を使ったパックを教えたり、冬だから手荒れの相談にも乗ったりしている。
ヌーメリアは穏やかに話をしながら、彼女お手製のハンドクリームまで、お客さんたちに手渡して喜ばれている。
話にあいづちを打つヌーメリアも楽しそうだ。
髪飾りをほめられて、「夫から婚約期間中に贈られたアミュレットなんです」と恥ずかしそうに答え、新婚だとわかると口々に、お祝いの言葉を投げかけられていた。
「どんな人?」と聞かれて、ポツポツとほほを染めて答えるものだから、いつのまにかバハムートの人たちにも、ヴェリガンの名が知れ渡っている。
彼女はいつも遠慮して、六番街の市場にもなかなか行かないから、積極的に売り子をするなんて思ってもみなかった。
「仕事だと思えば……がんばれるのかな」
ぽつりとつぶやいた声を、ローラが拾う。
「だねぇ。顔すらまともに上げられない子だったのに。錬金術師としての十年があの子を育てたのか。それにしてもあの問題児とくっつくとは……」
「そうですねぇ」
うんうんとうなずいていると、ローラはあきれたように片眉をあげた。
「あんたもだよ。まさかあの問題児を受けいれられる女がいるとはねぇ」
何となく聞き捨てならない。
「あの、その言いかた……ヴェリガンもレオポルドも、ローラにとっては同じ扱いなんですか?」
ローラは金の瞳をくるりと回す。
「似たようなもんだろ」
「「ぜんぜん違います!」」
そこはヌーメリアとわたしの声がハモった。
「レオポルドはああ見えて、だれよりも努力家なんです。魔術の本をいつも読んで術式を検討してるし……ミッラひとつ焼くのにも手を抜かないんです!」
「……ミッラ?」
わたしが食ってかかれば、ローラは眉をあげて背後に立つレオを見る。ふいっとレオがそっぽを向いて、ヌーメリアだって拳を握りしめた。
「ヴェ、ヴェリガンは私より先に、アレクと家族になってくれたんです。彼の研究室にはアレクの居場所がちゃんとあって……」
それはガトの木のうろだったり、ホウメン苔の上だったり。退屈するとアレクはよくヴェリガンの研究室にでかけて、そこで虹色トカゲまで捕まえてきた。
「私だけじゃ……アレクは研究棟での暮らしに、なじめなかったかもしれません……」
もじもじと指をこねるヌーメリアを優しい目で見つめ、ローラはプハッと噴きだした。
「子どもはどんな環境でも、すぐに順応するもんだよ。王都に連れてきたあんたが、そうだったようにね。あんただって自分の居場所を、作りたくてがんばったんだろう?」
「……はい」
ヌーメリアがこくりとうなずいてほほえむ。晴れやかな笑みを浮かべる彼女は、最初に会ったときよりもずっときれいになった。
「ヌーメリア、きれいになったよねぇ」
うれしくなってそういうと、彼女は驚いたように灰色の目をちょっと丸くして、くすっと笑って首をかしげた。
「あら、ネリアもですよ。だれかさんのおかげですね」
「そ、そんなことは……」
恥ずかしいからすぐ後ろにいる、本人の前でいわないでほしい!
順調そうな屋台はヌーメリアとローラに任せ、わたしとレオは魔羊牧場を見学させてもらうため、船着き場にやってきた。
魔羊が暴れて人間の居住区になだれこまないよう、魔羊牧場は船でないと行けない場所に造られているという。
そして今回も、黒縁眼鏡をかけた補佐官見習いのユーリが、わたしたちに同行している。
「もう、ふだんの格好で視察してもいいんじゃ?」
わたしが微妙な気分で首をかしげると、ユーリはにっこり笑う。
「僕のことはお気になさらず。テルジオさんからも『早く仕事を覚えろ』といわれてまして」
「絶対いわないと思うよ」
口をとがらせて文句をいうと、ユーリは目を丸くした。
「わ、ネリアさんのイヤそうな顔。テルジオさんの気持ちがちょっとわかりましたよ」
「口調まで似てるじゃん……」
「すみませんねぇ、ネリアさん。何しろ私だれかさんのおかげで、超忙しいものですから!」
書類の束を抱えたテルジオが、せかせかと歩いていった。バハムートとの交渉のほか、ハルモニア号に積んだ物資の管理、エクグラシアへ送る報告書の作成など、やることが山のようにあるらしい。
「ユーリはあっちを手伝ったほうがいいんじゃ?」
「僕がいてもじゃまですよ。たぶん」
「それもそっか」
「ひどいなぁ」
ポリポリと頭をかいて、ユーリはわたしとレオに続いて、迎えにきた小型船に乗りこむ。要塞を離れてぐるりとバハムートを回りこめば、鋭く切り立った崖がそびえる場所にきた。
岩場のところどころに、白い魔羊の姿が見える。何匹かは警戒するように、ガッガッとヒヅメで足を踏み鳴らしている。
グストーは牧場前の波止場で待機しており、船から投げられたロープを手際よく、突きでたビットにくくりつける。
レオの手を借りて船から波止場に降りると、わたしは彼にあいさつをした。
「今日はよろしくお願いします。グストーさんが案内してくれるんですか?」
彼は帽子のつばに手をあて、ニヤリと笑うと軽く会釈をした。
「いや、悪かった。本当にあんたがトップだったんだな」
「トップ?」
そういえば師団長は国王とならび立つとされているから、王太子一行でも使節団の代表という扱いになるんだっけ……。
「最初は王太子が連れている、キレイどころのひとりかと思ったが……つまりは、すべての決定権はあんたにあるってことだ。なら俺が相手をしたほうが話が早いだろ?」
そういうと彼は愛想よく、わたしに手を差しだす。
「魔羊に近づくときは、くれぐれも気をつけてくれ。気性が荒いヤツは突進してくる。まぁ、心配するな。俺は後ろのだんまり竜騎士より、よっぽど頼りになるからよ」
……そういう挑発、やめてもらえませんか⁉
びくびくと後ろを振りかえれば、苦笑するユーリと無表情にたたずむレオがいる。うん、顔にはでてないけど……今、めっちゃ不機嫌だよね⁉
「…………」
これ絶対、わたしのせいじゃないよね⁉
ヌーメリアがしっかりしてきました。









