53.職業体験説明会
よろしくお願いします
学園長が生徒と教師達を引きつれて講堂にやって来るなり、わたしを目に留めて片眉を上げた。
「確か『錬金術師団』には、この場に居る許可すらだしていないはずだが……」
「あら、嫌ですわ学園長……『王都三師団』と言われているのにふたつまでしか覚えておられないなんて……耄碌されたのでは?そろそろ引退をお考えになる時期かもしれませんね」
『魔術師団』、『竜騎士団』と同列に扱え……と言外に告げると、学園長の眉間にグッとしわが寄り、周りにいた教師達の顔が青ざめた。レインさんとメイナードさんは、面白そうに見守っている。
「……ふん、どうせ希望者などおらん……黙ってそこで見ていればいい」
「ええ、お言葉に甘えます」
「『噂』通り、図々しい女だ」
学園長は吐き捨てるように言うと、取り巻きの教師達を引きつれて去っていく。
……黙って見ているわけないじゃーん。
横にいるユーリが拳をグッと握りしめたのを見て、わたしは「大丈夫だよ」と声をかけた。ユーリはその言葉でふっと息をつき力を抜くと、わたしに向かって笑みを返してきた。
「ネリアの丁寧な言葉遣いは……逆に怖いって事がよく分かりました」
ええ?そう?柔らかい言い方を心掛けたんだけどな……。
「……今日は『錬金術師団』のネリス師団長が『ライガ』を持参されているので、皆見ておくように!俺が以前ドラゴンの背から放りだされた時に、『ライガ』でキャッチされ、命を救われた事がある」
説明会の終わりかけに、頼んだとおりにレインさんが『ライガ』の紹介をしてくれる。
「ああ、以前ネリス師団長が『魔術師団』の『塔』を訪れたのも、その『ライガ』ででしたよね?『塔』の魔術師達の間で、『最上階の師団長室に窓から直接乗り込んだ』ってちょっとした話題になってましたよ!ウチの師団長相手に討ち入りか……?ってね」
ここで、メイナードさんから思わぬ援護射撃……援護、なのか?うわぁ……話題になってたとは知らなかったよ……非常識な訪問に反省はする!しかし後悔はしない!まぁ、皆の興味をひくことには成功したらしい。
わたしが自分の腕輪からバイク型の『ライガ』を展開すると、講堂の中がざわり、とした。まさか腕輪にして持ち込んでいるとは思わなかったのだろう。
しかも、このデザイン!ふっふっふ……気になるだろう!見惚れるだろう!わたしの『ライガ』は、HONDAの『スーパーカブ』を意識したデザインだ。シンプルかつ機動性がよくて操作しやすい。これで空を飛べちゃうんだぜ!
ドゥルルル……。
魔素を注ぐだけなので、本当は音などださなくてもいいけれど、気分の問題……というか、この音がわたしにとって『飛ぶ』という気持ちに切り替わる『スイッチ』なのだ。そのまま天井が高いのをいい事に、軽く講堂内を飛んで着地すると生徒達だけでなく、教師達までざわざわしはじめた。
「これは、グレン・ディアレスが開発した飛行型『ライガ』を、わたしが軽量、小型化したものです。今年の『職業体験』では、魔術学園の生徒達に、ここに居るユーリ・ドラビスと協力して、『ライガ』の量産化のための改良に取り組んでもらいます!」
ユーリがギョッとしたような顔になる。
「師団長⁉︎僕、そんな話聞いてないですよ⁉︎」
「そうだよ、今言ったもん。ユーリも魔術学園の生徒達もスタート地点は同じ。今から、だからね」
「ええ?……何その無茶ぶり!……鞄二つじゃ安い……」
「かもね……『収納鞄』と『ライガ』……この二つが組み合わさったら、物流革命が起きると思わない?」
そっと囁くと、魔道具ギルドでのやり取りを知るユーリには、すぐに何の話か分かったらしい。ハッと息を呑んだ。そうだよ、渋滞も路駐もない、空飛ぶ宅配便だよ!
わたしは小さなポシェットにしか見えない『収納鞄』から、ドサドサと大量の書類を取りだす。
おお、皆の視線が『収納鞄』にも吸い寄せられている……つかみはOKだね。だがあえて鞄についての説明はしない。興味があるなら『研究棟』に来ればいい。
「ここに、グレン・ディアレスが開発した『ライガ』の術式、わたしが改良したものの術式、それぞれの写しがあります。希望者には配布するので、『職業体験』がはじまるまでに各自構想を練ってくること。ただし、これを受け取るからには、必ず『錬金術師団』の職業体験に参加してもらいます!」
そして次は外にでての試乗体験。学園長に邪魔されそうになったが、「まさか、生徒達から最新式の魔道具に触れる機会を奪ったりしませんよね?」と、釘を刺したら大人しくなった。というか、何人かの教師は自分たちも乗りたがった。
試乗といっても、この『ライガ』はあくまで『わたし仕様』なので、わたしが前に乗り、体験者を後ろに乗せる形だ。
「『ライガ』を体験したい者は?まさか、『竜騎士』にもなろうと言う者が『ライガ』に乗るのが怖い……なんて事はないよね?」
「俺が行こう!」
さっすが弟くん!簡単に挑発に乗ってくれた!わたしは仮面で見えないのをいい事に、悪魔の笑みを浮かべる。
おいでませ、絶叫体験。(ニヤリ)
絶叫マシンを初体験させてあげるよー。君はゾーンに到達できるか⁉
LEVEL13,Shadow of Shiriki!
垂直上昇、そして垂直落下。Gが来てからの独特の浮遊感、そして君は風になった。
後ろから聞こえる絶叫は風で飛んでしまうので、前に乗る私にはよく分からない。
『ライガ』を降りた弟くんは、顔色はかなり悪かったが、かろうじてフラつきもせず真っ直ぐ地面に降り立つと、わたしに向かって怒鳴った。
「さっきの……さっきの術式も寄越せ!貴様みたいな悪魔のような女と大事な兄上を一緒になどしておけん!」
はい、一名様ご案内~。
……他の人にはもう少し優しくしてあげよう。
その後も試乗が良かったのか、『ライガ』の術式の写しに釣られたのか、『収納鞄』に興味を惹かれたのか、王子サマ二人が客寄せパンダになったのか……その全部かもしれないけれど、フタを開けてみれば『錬金術師団』への参加希望者はなんと六名!
竜騎士団希望の三名は全員とも応募してくれた。そりゃ、ドラゴンが好きなら『ライガ』も気になるよねー。
学園長の悔しがる様は……別に見ない。興味ないもん。学園長の権威がふるえるのは学園の間だけ……学園を卒業してしまえば関係ない。ましてや、生徒たちの希望する進路に口だしする権利なんて、元々ない。
魔術学園の生徒たちは、自ら希望して『錬金術師団』を体験しに来るんだから。
ただ、彼らがやって来るまでに、『錬金術師団』の中ももう少しなんとかしなきゃ……。せっかく『職業体験』に来ても、彼らに魅力を感じて貰えなかったら、入団まではしてもらえない。まぁ、それはおいおい考えよう。
「……ネリアの秘策が功を奏しましたね……」
「うん!……じゃあ、帰ろうか、『研究棟』まで『ライガ』で飛ぶよ!」
わたしが『ライガ』を展開すると、ユーリは興味深げに座面やハンドルに手を触れた。
「……これ、僕も自作できますかね?」
興味があるのだから、本当は運転したいのだろうけど、この『ライガ』はあくまで『わたし仕様』なので、試乗者達と同じく、ユーリは後ろに乗せる。
「やってみれば?後で術式渡すね」
自作の『ライガ』で大空を駆ける……それがユーリのモチベーションアップに繋がればいい。
謁見をした『竜の間』で『師団長候補』として名前が挙がっていたのは、副団長のクオード・カーターと、ユーティリス第一王子の二名……ユーリがその彼だとして、彼から『師団長の座』をわたしが奪ってしまったのだとしたら、わたしは彼に代わりに何かを『提供』しなければならない。
『師団長』のポストを譲ってもいいけれど、元々王子様の彼は『師団長の座』自体にはそれほどこだわりはないようだ。そう、大事なのは『錬金術師団長』という肩書じゃなくて、『錬金術師』として『何を成し遂げるか』……。
彼にとってやりがいのある『魅力的な』仕事って何だろう……工房で作業する彼の側で、わたしは彼が王子様だと分かるずっと前から考えていた。
「そうですね……やってみます」
ユーリはそう言うと、ギュッとわたしのウェストに回した腕に力を入れて来た。なんだか、説明会の前にしがみつかれた時の事を思いだして、こそばゆい。
「さーて、弟くんは頑張ってたけど、お兄ちゃんはどれだけ耐えられるかな?」
「え?ちょっと待って⁉︎うわああああああ‼︎」
宙返りにキリモミ……わたしなりの大サービスで大空をかっ飛んで帰ったら、ユーリは『ライガ』を降りた後も、しばらく魂を飛ばしていたようだった……。
みんな、空を飛ぶのは好きだよね……と、ネリアは思っている。









