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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十二章 移動要塞バハムート

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529/560

529.月と星だけが見ていた

『登場人物紹介・キャラクター詳細設定』

コミカライズ制作のため、主要キャラクターの【恋愛設定】を追加しました。

挿絵(By みてみん)

 わたしはぼんやりとレオポルドにもたれかかって、どこまでも続く雲海を眺めた。ふたつの月の光を反射した雲は明るくてモコモコとしており、端は銀色に輝いている。


 見上げれば漆黒の宇宙には無数の星がまたたき、ふたつの月がゆっくりと天球を渡っていく。


「雲の上って……晴れているから、月が照らすとこんなに眩しいんだね」


 冷えてかさついた唇からは、しゃべるたびに息の欠片が、白いモヤとなって視界をさえぎる。


「デーダス荒野を飛ぶのとあまり変わらないな」


「そうかなぁ」


 あの寒々しい光景とは、まったく違うような気がするけど。


 ふたりそろって話をするだけで、煙を噴きあげているみたい。どのぐらい上空かは知らないけれど、アルバの呪文がなければきっと、ふたりともカチコチに凍ってる。


「ふふふっ」


「どうした」


「煙みたいだなって。吐く息が」


 肩を揺らして説明するそばから、モワモワと立ちのぼるモヤを、すぐに風がさらっていく。





 しばらく吐息を眺めるだけで楽しんで黙っていたら、後ろに座るレオポルドがため息をついて、ポツリと聞く。


「驚いたか?」


「何が?」


「今夜のことだ。この世界はきみにとって、美しいものではないかもしれない。人は生き延びるために知恵を絞るが、同時に他者を蹴落とすために、悪知恵を働かせることもある」


「……それぐらいじゃ、驚かないよ」


 わたしは操縦するレオポルドに、ぐっと強く背中を押しつけて、顔を持ちあげのけぞるように、下から彼の顔をのぞきこむ。


「グレンはわたしに、この世界は美しいと教えてくれたよ。少なくとも彼にとっては、世界はとても美しいものに見えていた」


 レオポルドは納得できないように、眉をひそめる。


「人との関わりを断とうとしたのにか?」


「傍観者だったの、ずっと。彼は人の世界に馴染めず、それでもだれかのために何かを作っていた。彼がようやく自分の人生を生きられたのは、レイメリアさんやレオポルドがいたからだと思う」


「……きみはアイツのことを信じすぎだ。ただの老いぼれ錬金術師、最後まで研究のことしか頭になかった狂人だ」


 それだけ吐き捨てるように言うと、こんどはレオポルドが黙ってしまった。


 ……うん、知ってる。


 でも狂っていたわけじゃない。彼に冷静な判断力はあった。


 グレンはわたしの状況を知ったうえで、生きられるようにあらゆる手立てを考えてくれたけれど。


 元の世界に……元の生活に戻る可能性について、決して口にすることはなかった。


 わたしが泣いてもわめいても、データとして心拍数や脈拍、呼吸の頻度を測定するだけで、ただ観察していた。


 どこまでも冷静で感情が欠落したようなミストグレーの瞳は、とてもまっすぐにわたしや世界のありのままを見ていて。


 時にはそれが主観的な判断や思いこみより、とても頼りになったのは事実だけど。


 デーダスでの孤独さを埋めてくれはしなかった。


 彼はわたしにふたつの月があるこの世界は、どこまでも美しいと教えた一方で、残酷な現実も包み隠さず、ただの情報としてすべて伝えた。


 偏屈でガンコで、お茶の淹れかたすら知らないおじいちゃん。


 それなのにあっちの世界の話を、好奇心に目を輝かせて聞きたがった。


 思い出を語るたびに、わたしがどんな気持ちになるか、気づきもしないで。


 とても純粋で、夢中になるものがあれば、時を忘れ没頭する。博識で世界の理や錬金術の知識を、惜しみなくわたしやオドゥに与えた。





 ……でも。


 彼の最後に残された命の炎を、奪ったのはわたし。


 それはレオポルドを言霊で縛ったときと、あまり変わらない。





 わたしは物思いを振り切って、銀色に輝く雲海に映るライガの影が、よく見えるように身を乗りだした。


「急に動くな」


 レオポルドが少し慌てたようにバランスをとる。


「やっぱりぜんぜん違うよ、デーダスとは。どっちかっていうと海の上?」


「それはまちがいない」


「そうだったね!」


 はしゃいだ声を上げた瞬間、ふとひらめいたものがあった。


「海……そういえばバハムートの本体って海中だよね?」


「そうなるな。人々はバハムートの甲羅の上、堆積物や貝殻がこびりついてできた岩礁に都市を築いている」


「浮いているってことは体積による浮力が、要塞都市を含めた総重量を上回っているってことだよね」


「浮力?」


「あの規模の設備、人口や魔羊の飼育を考えても、水上にでているのは氷山の一角。海中の本体は、とてつもない大きさなんじゃないかしら」


 氷が水に浮くのは、結晶を作るときに体積が増えるからだ。


「カナイニラウの人魚たちは、海中に棲む水中バクテリアの発光器官を、魔素で光らせて水中に魔法陣を描くの。波がさらえば一瞬で消えてしまうだけど、バハムートが浮かぶこの海流でも、あの魔法陣を使うことができたら!」


「何か思いついたのか?」


「ちょっとだけね」


「…………」


 まだ仮説にすぎない。それでもグストーの度肝を抜くことはまちがいない。


「船に戻ったら、検証してみるよ」


 今夜はもう遅いから、明日にしよう。わたしが満足してレオポルドにもたれかかると、彼が不満そうにぼそりとつぶやく。


「寒い」


「え、アルバの呪文があるのに」


「きみの温もりが足りてない」


「…………」


 すっぽりと腕に収まっているのに、彼はそんなことを言って。その瞳を見たらそれ以上言葉を交わさなくても、何をするのかは伝わった。


 ライガは滑るように月光に照らされた雲海の上を飛んでいく。雲海に落ちるライガの影とふたつの人影。それがひとつに重なった。





 どのくらいそうしていたろう。互いの身を離すとき、少しだけ唇が相手のそれに引っ張られた。


 なんとなく名残惜しくて、温もりの残る下唇をなめると、彼も髪をかきあげて悩ましげに吐息をもらす。


「いつもより熱がこもるのは、歓迎会で妬いたせいか?」


「だまって」


 手を伸ばして、さっきまでわたしにふれていた、薄い唇をそっと……左から右へ孤を描くように、ゆっくりと指でなぞる。硬質な美貌でも指先にあたる感覚は柔らかくて、彼の瞳がまたわたしを見つめ返した。


「わたしも足りてないみたい」


 自然に伸びをして、わたしのほうから唇を重ねていた。しばらくして彼のほうから身を引き、とまどうように問いかけてくる。


「……黒髪のほうが好みか?」


「そんなんじゃなくて。わたしが黒髪だったから親近感があるだけ。レオポルドがどんな姿でも、わたしは気にしないよ」


 そういうと彼の大きな手が、わたしのほほに添えられた。するりと顔の輪郭をなぞるように動いた指が、あごにかかった。


「私も気にしない。きみがどんな姿でも」


 その瞳に宿る真摯な光に、わたしは胸を突かれた。彼はわたしの中に奈々を探している。


「レオポルド……」


「きみはちゃんとここにいる。ナナ……どんな姿であろうとも。私はきみの名を呼ぶ。きみが望むなら何度でも」


「うん、わかってる」


 やっぱりここはもう、孤独をかみしめたデーダス荒野じゃない。


 ぬくもりを求めて彼に手を伸ばせば、雲海に落ちるふたつの人影が、またひとつに重なった。


ネリアの口づけを受け止めながら、レオポルドはライガが墜落しないか、気が気じゃなかったそうです。

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