528.雲海の上を
「でも……料理やお酒は無礼講で、参加した人たちはみんな口にしていたよね?」
ヌーメリアはこくりとうなずく。
「そうですね。少し言動がおかしくなっても、酒に酔ってハメを外したかな……ぐらいの変化しかないはずです。微量なら薬としても使えます。元気がでて活動的になるはずです」
『長期滞在は歓迎だ』
それを考えると、グストーの言葉が別の意味を持ってくる。わたしはぶるりと震えた。絶海の孤島で麻薬を栽培するとか、あっちの世界でもあるかもしれない。
「これをもしも長期間、日常的に口にしていたら……」
「グストーの意のままになる傀儡……人格すらも破壊されて廃人となる可能性があります」
「…………」
「レオにも飲ませようとしたってこと?」
わたしがギュッと唇をかむと、ユーリは考えこむようにアゴに手をあてた。
「それだけじゃありません。ドラゴンのエサに混ぜられた場合は、どうなるか……」
「……やはり沈めるか?」
腕を組み壁にもたれたレオが、ぽつりと口にする。
「ですがバハムートは中継地としては魅力的です。港の設備も整っていますし、素材を処理する人手や技術もあります」
高額で取引できる商品があるからこそ、潤沢な資金を要塞の整備に回せる。船や砦の設備が整っているのも、ただ交易で儲けているだけじゃなかったのだろう。
街の素材屋で見るかぎり、素材の加工技術も発達しているようだった。それが麻薬の栽培によるものだとしたら皮肉だ。
「だがグストーに手を貸せば、バハムートにおけるヤツの権力を決定的にする。あの手この手で竜騎士を取りこもうとするだろう。竜騎士とドラゴンは一対だけでも、軍隊ひとつに匹敵する」
テルジオが口を挟んだ。
「寄港地はほかにもいくつか候補があります。ややこしい事態になるようでしたら、ひとまず結論は避けて穏便に出発してはどうでしょうか。目的地はサルジアです」
「そう、なんだけどね……」
あっちの世界でも、ひとびとが麻薬の密売に手をだすのは、それが簡単に金になるからだ。売るだけでなく自分たちも日常的に摂取し、クスリに依存していく。
でも、そういった生活の犠牲になるのは、いつだって幼い子どもや女性たち……社会的弱者と呼ばれる者たちだ。
「バハムートの資金繰りはわかったけれど、このままにはしておけないと思う」
「でも、どうするんですか。僕らはただの客人ですよ。どうにかしたい気持ちはありますが」
ユーリはぐしゃぐしゃと赤い髪をかき乱した。
「うん。時間をちょうだい。少し考えるね」
わたしは立ちあがった。
「あくまで態度は友好的に。船から降りて街にでかける者には、解毒剤か解毒の魔石を持たせよう。船内への薬物の持ちこみは厳しくチェックして。それとわたしたちも市場に店をだそう」
「店を?」
わたしはヌーメリアに向かってにっこりする。
「ヌーメリアが中心になって、ヴェリガンのコールドプレスジュースの屋台を、市場で開店するの」
「私が……」
「そう。住んでいる人たちの健康相談にも乗って、体調について聞きとりをして。あの毒物は輸出用で、住人たちは口にしていないかもしれない」
「……かしこまりました」
「忙しくなるけど、よろしくね。テルジオさん、船の調理スタッフで手が空いている者は、ヌーメリアを手伝ってもらって」
「手配いたします」
テルジオにうなずいて、わたしはレオを見た。
「レオはわたしにつき合って。もう遅いけど、少し散歩をしたいの」
レオがうなずき、わたしはみんなを見回した。
「それじゃあ、解散。おやすみなさい!」
「おやすみなさい、ネリア」
「僕らも寝ます。おやすみなさい」
ユーリの部屋をでて、わたしはレオとふたり、船内の廊下をてくてくと歩いていく。彼の低い声が降ってきた。
「どこに行くつもりだ」
「うーん。実をいうと……歩くより飛びたいんだよね」
「ライガか?」
「うん。バハムートから離れた場所に転移して、展開しようと思うの。つき合ってくれる?」
見上げると彼はふっと笑った。
「どこへでも」
それだけで気持ちがほぐれて、勇気が湧いてくるから不思議だ。
「ありがとう!」
うれしくなってパアッと笑いかけると、彼はわたしの肩を抱き寄せた。
「雲の上に転移する。地上からは見えないはずだ。きみはライガを展開してくれ」
……次の瞬間には、わたしたちはふたつの月に照らされた、白く輝く雲海のうえにいた。レオは寒くないようにアルバを唱えて、わたしは左腕につけた腕輪から、ライガを展開する。
風の魔法陣を操って、わたしを抱いたまま、ふわりとライガにまたがったレオは、ハンドルに手をかけた。
「脱出に手を貸したのだ。私にも操縦させてくれるのだろう?」
「何それ、確信犯⁉」
冗談めかした物言いに、笑って言い返す。けれどそのままハンドルを握らせ、わたしは彼にもたれかかった。
「散歩っていうかね、ちょっと甘えたくなったの」
「私に?」
「うん……」
「心配したのか?」
歓迎会でレオはグストーから勧められた酒を、そのまま飲み干した。あれにも薬物が入れられていたかもしれない。彼ならユーリみたいに、何らかの対処はしているだろうとは思ったけれど、それでも落ち着かなかった。
「うん。少しね、やっぱり怖かったの」
「…………」
「あとは焼きもちかな」
彼の腕の中にすっぽり納まったまま、すり……と身を寄せる。雲海には月が落とすライガの影が落ちて、ふたつの人影は寄り添い、ひとつに重なっていた。
「私はきみが……私の目の届かないところに行くのが怖い」
「どこにも行かないよ」
「それはどうかな」
彼が右手でわたしのほほをするりとなでた。
イチャイチャ来たー!












