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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十二章 移動要塞バハムート
527/560

527.ヌーメリアのハンカチ

挿絵(By みてみん)

カイとネリア

(絵:よろづ先生)

 華やかでにぎやかで、けれどもそれなりに気を使う歓迎会を終えて、ハルモニア号に戻ってきたわたしたちは、ユーリの部屋に集まった。


 わたしはぐったりとソファーに座りこみ、テルジオが配るお茶を受け取った。


「テルジオさん、ありがとう!」


「どういたしまして。我々は同行せず船でのんびりさせてもらいましたが、ネリアさんは疲れたのではありませんか?」


「うん……」


 おいしい料理やお酒でも、接待だと思うと楽しめない。それにこれはまだ前哨戦なのだ。ローラが束ねていた白髪をハラリとほどき、頭を振って髪をほぐした。


「グストーという男はなかなかのやり手だね。統率力もあり、みなに慕われるカリスマ性もあるようだ」


「強き者に従う。それがバハムートの掟ですからね」


 バハムートの掟はわかりやすくシンプルで、その強さを示せる者がいれば場はまとまる。生き残るのが第一、そのためなら反目する同士でも手を組む。


「王太子より竜騎士に反応したのはそのせいか。ガードの硬い王子より、引き抜きやすいと思われたのかもねぇ」


「…………」


 ローラは肩にかかった白髪を手で払い、リルのシロップに漬けた氷砂糖を、カップにポトリと落とす。


「ここをエクグラシア侵攻の補給基地にされたらやっかいだ。最悪交渉が決裂、バハムートがエクグラシアに敵対するとしたら、どうすればいい?」


 銀のスプーンでくるくると紅茶をかきまぜ、ローラはひとりごとのように問いを投げる。


 それを受けてレオは、とんでもないことを口にした。


「その場合はハルモニア号を沖合に退避させ、ローラの広域魔法陣、私の雷撃で眠るバハムートを目覚めさせ、要塞を島ごと破壊して海に沈める」


 ……ラピュタの雷を使うヤツがここにいた!


「ちょ、ちょっと待ってよ。バハムートにだって大勢人が暮らしているんだよ!」


 小さな子だって、足腰の弱っているおじいさんおばあさんだっているのに!


「あくまで最悪のパターンだ。そうならないよう努力をする」


 淡々とレオは語るけれど、いざとなれば顔色ひとつ変えずに、彼はそれをやってしまうのだほう。


「……わたしはあなたにそんなことはさせたくない」


「…………」


 わたしを見返す深い闇色の瞳には、何の感情も浮かんでおらず、声音で感情がわかるようになったレオポルドとは、勝手が違う気がしてまたとまどう。


「きみにとって命の価値は重いのかもしれないが、サルジアやバハムートの者は同じように考えぬかもしれん」


「そうだとしても、ジェノサイドなんて絶対にさせない」


「ジェノサイド……」


 念を押すように告げると、彼はまばたきをした。こちらの世界にない言葉なら、発音は正確に伝わらないのに。彼は正しく理解したらしい。


 脱いだ上着をテルジオに預けたユーリが、くしゃりと髪を崩して口を開く。


「そうです。知恵を絞りましょう。寄港地として必要な設備はそろっていますが、それにしても竜騎士か……レオ以外を派遣するとしても、そう簡単ではない」


「港を維持するために、竜騎士の力を借りたいだけならいいが……グストーは野心家だ。それ以上のことを狙っているなら、放置するとやっかいなことになる」


「それについては、私からも意見をよろしいでしょうか」


 今まで静かにしていたヌーメリアが、すっと右手を挙げた。


「聞かせて、ヌーメリア」


 彼女は歓迎会で汚した自分のハンカチを取りだし、広げるとシミになった部分に、成分分析の魔法陣をかける。


 分子模型が立体的に構築されていくと、ローラは身を乗りだした。


「その魔法陣は魔術師団では把握してないものだね。錬金術師団独自のものかい?」


「ネリス師団長に教わりました。薬草から有効成分を抽出して、成分を同定、その錬成法を探るためのものです」


「わたしはグレンに教わった魔法陣を改良したんだけど……」


「へぇ……」


 成分分析の魔法陣は、ふつうに暮らすだけなら必要がない。だけど物質の根源を突きとめて、新たな物質を錬成していくには欠かせないものだ。


 錬金術は変容を司る。


 けれどいくらその変化が劇的だったとしても、水から火が生まれないように、まるっきり違うものを生成することはできない。


 ヌーメリアは慎重に魔法陣から情報を読み取ると、眉を寄せて瞳を曇らせた。


「さきほどネリアの三重防壁にも反応がありましたが、やはり毒が検出されました。おそらく全員の食事や飲み物に、致死量ほどではない微量の毒が混入されています」


「連中はあたしたちを殺す気だってことかい?」


「いいえ、そうではなく……微量ですから、これだけでは命を落としません」


 ユーリはテルジオが淹れたお茶をぐいっとあおり、飲み干した後、カラになったカップに口の中に含んでいた魔石を吐きだした。


「それ……」


「解毒の魔石を最初から口にふくんでいたんですよ」


 ナプキンで口を拭いながら、彼は冷めた視線でカップの中に転がった魔石を見つめた。


「……僕は同じものを飲んだことがある」


「ユーリ?」


「そうだな……前回はこれよりももっと強烈だった。サルジアの呪術師が調合したものだったから」


 ユーリがそういってヌーメリアを見ると、彼女は緊張した表情でうなずいた。


「ええ。さらに効果を付与した()()とは違い、これは原料といっていいでしょう。多量に摂らなければ命に別状はありませんが、微量を少しずつ摂っていくと、依存性が強く理性を破壊し、判断力を失わせます」


 ヌーメリアは真剣な目で一同を見回し、震える声で告げた。


「交易や捕鯨、魔羊の飼育だけがバハムートの資金源ではありません。そしてそれがおそらく、グストーが強気にでる理由でしょう」

ユーリが毒を飲んだ話は、リーエンとの過去話『きみを渡さなければよかった』に書いています。

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