525.歓迎会
歓迎会はむしろなごやかなムードだった。グストーは最初から上機嫌で、酒が入ると豪快に笑いながら、バハムートでの生活をおもしろおかしく話してくれる。
宴には市場にいた店主たちも招かれていて、わたしたちが買い物をしたことは、彼らの口を通して既にグストーにも伝わっているのだろう。
(『エクグラシアの国力を示す』と言っていたユーリと同じように、グストーもバハムートの豊かさをわたしたちに見せたいんだ……)
テーブルに並ぶ料理は魚料理だけでなく、魔羊のチーズを使ったコクのあるスープもあった。岩場に生える草を食べ、塩気の強い気候でも生きられる。
「何年か前にバハムートに連れてきたんだ。痩せていてアテにしていた肉はたいして取れなかったが、このスープにみんなハマっちまってなぁ」
「家畜まで育てているんですね」
魔羊のスープは美味しいけれど独特の臭いもあり、臭い消しの香草もいくつか入れて、いっしょに煮込んでいるようだ。
「魔羊の毛は水を弾くし、火にも強い。けれど交易で手にいれるに金がいる。それならバハムートで育てようってな」
グストーの話をうなずきながら、熱心に聞いていたユーリが、にこやかに提案する。
「魔羊が増えてきたならエクグラシアから、糸紡ぎの魔道具と自動織機を導入したらどうですか。ぐっと生産性が上がりますよ」
「ほぉ。見積もり次第では検討してもいい」
「では品目に入れておきましょう」
招かれたわたしたちがおいしく食事をしている横で、市場にいた店主たちも目を輝かせて、ごちそうにがっついている。中には料理を包んで持って帰ろうとして、注意される人までいる。
食卓を飾る華やかな花やくだものはないけれど、手をかけた料理はどれもおいしい。
(この食事はバハムートで暮らす人たちでも、限られた者しか口にできないのかも……)
市場といっても露店で、流木を組み合わせただけのバラックだった。
「目の前が海だからな、釣ったばかりの生魚を、バハムートならいつでも食べられる」
「おいしいです!」
タレに漬けた白身魚の薄づくりをもきゅもきゅとかむと、しっかりした歯ごたえがあって濃厚な味わいと甘味を感じる。
「わ、歯ごたえがぷりっぷり!」
同時にわたしの三重防壁が、キラキラと輝いた。
「…………」
もうひと口、魚の切り身を食べてゆっくりとかみ、こくんと飲みこむ。こんどは魔法陣が光ることはなかった。
しょうゆみたいな茶色いタレは、色が薄いのにしょっぱくて、風味からして魚醤だと思われた。
わたしはまた同じ魚を取り、タレにベッタリ漬けてからぱくりと勢いよく食べる。
「ん、やっぱタレがあったほうがおいしい!」
わたしが目を輝かせると、展開した魔法陣がキラキラときらめき、グストーも楽しそうにうなずいて盃を掲げる。
「そうだろう。この味がわかる嬢ちゃんは酒飲みになる素質がある」
それを合図にみんなの盃に酒が注がれ、ユーリは平然とグストーにつき合って盃を飲み干した。
「さすがはエクグラシアの王太子、いい飲みっぷりだ」
ユーリを称えて、グストーはふらりと立ち上がり、酌をしていた家人から酒のビンをひったくると、よろめきながら歩きだした。
彼が目指したものはすぐにわかった。
「ここは俺の屋敷で、中庭なら外敵の侵入を心配する必要はない。護衛騎士にも飲ませてやろう」
「…………」
グストーに酒ビンを突きつけられても、竜騎士のレオは無言のまま、直立不動で立っている。
酔っているのかフリなのか、目の据わったグストーはレオにしつこく絡んだ。
「せっかくの機会だ。エクグラシアを統べるドラゴンたちを駆る者とも、俺は飲み交わしたい。おい、盃を持て!」
「ひっ!」
迫力のある怒号にびっくりしたのか、ヌーメリアがハンカチを取り落とし、白いサルカス産のレースがタレで汚れた。
「だ、だいじょうふです。帰ったら浄化の魔法をかけますから」
この場で注目を浴びるのがいたたまれずに、ヌーメリアはハンカチをそそくさとしまうとうつむいた。
「ほら、どうした」
レオは眉間にシワをよせ、あからさまにため息をつくと、迷惑そうに口を開く。
「師団長と王太子殿下の許しがあれば、いただきます」
「だとよ!」
目の据わったグストーが、わたしたちに向かって声を張りあげ、ユーリは肩に力を入れてぐっと拳を握りしめた。
「……許します」
わたしが先に言葉を発し、ユーリの肩からふっと力が抜ける。
「僕も許そう。レオ、バハムートの主グストーからもてなしの盃を受けるといい」












