521.移動要塞バハムート
わたしたちは甲板に立って、バハムートの港を眺めた。倉庫だけでなく砲台や物見やぐらもある港は、外敵からの侵入にも備えた要塞のようだ。
バハムートはつまり、海流に乗って漂い続ける浮島なのだという。
「海王が鍛えるアダマンティンの鎖はもともと、バハムートの島を海底に繋ぎとめるためのものさ。まぁ最近の海王はすっかり、鎖づくりをサボっているようだけど」
ふぁ、とリリエラがあくびをした。
「ユーリは『いつ沈むかわからない』と言ってたよ」
「バハムート自体が海中に沈めば、激しい水流や波の発生で都市も壊滅的な打撃を受けるだろうが、その備え自体はしてある」
レオがバハムートの造りを簡単に説明してくれた。
「都市の形をしてはいるが、いざとなれば分解してはしけのように海上に浮かぶ。被害を受けることを見越したうえで、生き延びる手立てを考えてある。マウナカイアとはまた違うが、海の民はたくましいぞ」
「海の民……」
「ユーティリスがどこまで渡りあえるか見ものだな」
「一介の護衛騎士に心配される筋合いはないですよ。師団長ならともかく」
きちんと王太子の装束を着たユーリが不服そうに言い返し、テルジオは神経質そうに書類をめくった。
「ええと……定期航路開設のためには、まず交易協定を結ばなくては。移動要塞バハムートを管理する現在の代表者は、グストーという男です」
「代表者って?」
王様みたいな統治者とは違うんだろうか……サルジアの勉強ばかりしていて、バハムートの情報は豊かな漁場に囲まれて、発展した寄港地という情報ぐらいしか知らない。テルジオは難しい顔でため息をついた。
「国家というよりは利権で団結した集団といった感じですね。損得勘定で動き、サルジアとエクグラシア……どちらにもつきます。味方になれば心強いですが、いつ寝返るかはわかりません。協定の破棄は彼らにとって裏切りでないのです」
「貿易都市ならではの自治権ってとこかな……国家として支配し管理するよりは、住民たちに任せておいた方が効率がいいってことね」
「そうなりますね。エクグラシアのドラゴンに縄張りがあるのは、広く知られていますし、お互い友好関係は築けていますが、もとは海賊の根城です。じゅうぶん用心してください」
テルジオの注意をうなずきながら聞いていると、ユーリがあらためて注意してきた。
「ネリア、ライガは封印していてください。ハルモニア号での戦闘で、レオの力とあなたの防壁はじゅうぶん印象づけました。ライガは最後の切り札に」
「わかった。あとは出たとこ勝負?」
「まぁ、そんな感じです」
苦笑したユーリは、レオには厳しい視線を向けた。
「レオ、ドラゴンを連れていない竜騎士は、侮られることもあるだろう。竜騎士を名乗るからには、竜騎士団の名を汚さないでくれ。くれぐれも自重を」
「承知している」
神妙にうなずいているけど、レオが暴れん坊なのはもうバレてるもんね。そんなことを考えていたら、ユーリはわたしに向かって赤い瞳をきらめかせた。
「ネリア……他人事みたいな顔して聞いてますけど、彼が暴れたとしたら原因は絶対あなたですからね。刺激しないようにしてくださいよ」
……いいっ⁉
しかもユーリの後ろでテルジオもローラも、うんうんとうなずいている。いや、生まれつきの性格はわたし関係ないよね⁉
「必要なのは魔石だな。エクグラシアには潤沢にあるのだろう?」
グストーと名乗る男は、交易協定の申し出にズバリとこう要求してきた。
「こちらにはサルジアとの交易で、使いやすい優秀な魔道具はごまんと入ってくるんだ。魔石があればとても助かる」
「魔導大国と呼ばれたエクグラシアにも、優れた魔道具はありますよ」
エクグラシアの王太子がにこやかに返事をすれば、グストーはニヤリと笑って首を横に振る。
「だが魔導列車はバハムートには必要ない」
魔導列車以外に目玉となるような魔道具は、エクグラシアにはない……といわんばかりだ。ここでライガを出してもいいけど、それは最後の切り札だとユーリも言っていた。
「グレン・ディアレスが魔導列車を開発したのは三十年も前です。バハムートの情報は当時のままのようですね。今回の滞在ではその認識をあらためられるでしょう」
「そう願いたい。こちらは金持ち客の長期滞在は歓迎だ。王太子は初の外遊ともなれば、何の成果もなしでは帰りにくかろう。サルジアに向かう前にしっかり準備をされるといい」
外交怖い!
笑顔で相手のノド元に、ナイフ突きつける感じがなんともいえない。
なんと停泊する日数分、ちゃっかり莫大な港の利用料も請求されるらしい。
ハルモニア号に戻ってきたわたしは、はあぁーっと息を吐いた。
「定期航路ほしいって言ったけど、難敵だねぇ」
「そうですね。したたかで強欲であざとい。引きだせるものは全て引きだすつもりでしょう。ネリア、グストーをその気にさせることはできますか?」
「わたし⁉」
ユーリはにっこりとウィンクしてくる。
「だって定期航路がほしいんでしょ?港がほしいならローラとレオでバハムートを攻め落とし、管理下に置くという手もありますけど……ネリアはそういうやりかたは嫌いでしょう?」
「私なら港を凍結させて白兵戦に持ちこむ」
物騒すぎる提案はやめてよ!
「まぁ、そうだね。不可能を可能にする、錬金術師の出番かなぁ……」
外交交渉までは仕事にないけれど!
「バハムートは自由に歩き回っていいそうですよ。夜には歓迎会があります。僕がエスコートしますから、ネリアはそれにも出席してください」
「そうだね。でもまずは……ヴェリガンがヌーメリアに持たせてくれた、ハーブティーでも飲んで、みんなで休憩しようよ」
それまで緊張した顔でやり取りを聞いていたヌーメリアが、わたしの提案にほっこりとうれしそうにほほえんだ。
ネリアが何をするかは……これから考えます!












