520.迎えにきたレオ
そのときハルモニア号の汽笛が鳴った。もうすぐバハムートに到着する合図だ。
「もうすぐバハムートだから、ヌーメリアもいっしょに上陸しようよ」
ヌーメリアを誘って艦橋に向かおうとドアを開ければ、なんとそこにはレオがたたずんでいた。
「レ、レオ……いつからそこに?」
「王太子に聞いて。つい先ほど」
まだ船内だというのに、警護してたんだ……。レオに遠慮したのか、ヌーメリアはおずおずと申しでる。
「あの……ネリア、私はやっぱり部屋で精製の続きを」
「ダメだよ、それじゃ。アレクやヴェリガンにお土産探そうよ。婚約したら贈りもののし合いっこするんでしょ?」
そう言うと彼女はうつむいた。
「あ……私、アミュレットのお返しをまだ考えてなくて……ネリアがうらやましいです」
「わたしが?」
「だって……ネリアはアルバーン師団長に杖を贈るのでしょう?」
「うん、そうしたいと思っているけど……」
黙ったまま注がれるレオの視線を、痛いほど意識しながら答えると、うつむいたままでヌーメリアはもじもじと指をこねる。
「私が作れるものといったら、マヒ毒とか神経毒とか溶血毒とか……がんばっても解毒剤とかで……ヴェリガンのために心をこめて贈りものをしたくても……何をしたらいいのか……」
ヌーメリアはわたしに、すがりつくような視線を向ける。
「それでどうしようか考えていたら、手が勝手に動いてどんどん毒を作ってしまって」
……ヌーメリアが毒作りにのめりこんでいた原因はコレかぁ!
「いっしょに、いっしょに考えよう!」
わたしがあわててヌーメリアの両手をとると、彼女は灰色の瞳を潤ませて、ホッとしたように顔をあげた。
「本当に?ネリアもいっしょに考えてくれますか?」
わたしは勢いよくコクコクとうなずく。彼女の目を毒からそらせなくては。
「うん、もちろんだよ。アレクへのお土産もいっしょに考えよう。バハムートで何か珍しいものが見つかるかもしれないよ。ヴェリガンやアレクに渡したいもの、たくさん見つけようよ!」
「はい!」
花がほころぶような笑顔になったヌーメリアは置いといて、わたしはくるりと黒髪の竜騎士をふり向いた。
「それでさ、レオ。ヴェリガンとアレクが喜びそうなものって、バハムートに何かあるかな」
彼が眉を寄せた。顔をしかめてもイメケンって何だかズルいよね。べつにいいけど。
「なぜ私に聞く」
「だってレオは男の人じゃん。それに上陸したら、ずっとわたしたちに同行するんでしょ?」
ざっくりと分類すれば彼は男性なので、わたしたちよりはヴェリガンやアレクの感覚に近いはず。それに決断力もあるから、贈りもので悩む迷える子羊たちの助けになってもらおう。
それにそれに。ヌーメリアにアドバイスするレオのようすを近くで観察しながら、彼の好みも探るのよ!わたしのためにもなるナイスアイディアじゃん!
「それはそうだが……」
ムダを嫌う彼らしく渋い顔になったけれど、わたしも言い募った。
「あの、本当にヌーメリアは困ってるの。ほかの人から見たら、『それぐらい』と思うことでも、真剣に悩んでるし、アドバイスがほしいし、だれかに背中を押してほしいの。だからそれをわたしとレオとでやるの」
これ以上、毒を増やさないためにも!
『わたしとレオとで』と言ったところで、彼は目を見ひらいた。
「グレンはわたしを幸せにするために、わたしが幸せに暮らせるようにと考えて行動してくれた。だからわたしの行動はすべてだれかを幸せにするためのもの。師団長だからじゃない、ネリア・ネリスとしての……それが意志なの」
もちろんそれにはレオ自身の幸せも含まれているのだけど……。
レオはため息をついて吐き捨てる。
「本当に幸せを願うなら、そばにいてやればいい。彼らが本当にほしいものは、形のあるものじゃないだろう」
ヌーメリアがびくりと身を震わせた。わたしは彼女の前にでて、レオをぐっとにらみつける。
「それができないから相談してるんだよ。わたしたちには役目がある。それはエクグラシアの安全な研究棟にいてはできないの」
「だれもそこまでの働きは求めていない」
レオポルドだったら、怒りに瞳をきらめかせるだろうけれど、暗闇を思わせるようなレオの黒い瞳は、ただ意志の強さを感じさせるだけだった。
「あの……」
にらみ合うわたしたちに割って入るように、ヌーメリアが声をあげた。
「ヴェリガンへの贈りものは、私が自分で考えます。アレクへのお土産だけ……相談に乗っていただければ」
彼女はうつむいてキュッと唇をかむ。
「私が作った魔力制御の腕輪が……アレクが手にしたはじめての贈りものなんです。ヴェリガンが自分とおそろいで作った、アミュレットのチョーカーもとても喜んでいたけれど……もっと無邪気に喜べるものを何かあげたくて」
「…………」
「レオ、十歳ぐらいの男の子が喜びそうなものって……わかる?」
ヌーメリアは本当に何かを見つけたいのだ。アレクを喜ばせる何か、ヴェリガンに彼女の心を伝えられる何か、きっとそんなものを。
そんな彼女のようすを見守っていたレオは息をつき、肩の力を抜いて言葉を発する。
「リコリス女史の気持ちはわかった。心に留めておこう。それと声を荒げたりして失礼した」
「いいえ。あり……がとうございます」
唇を震わせながらも何とかお礼を言うと、ヌーメリアはほほえんだ。
「ネリアを真剣に心配しているからこその、言葉だとわかっていますから。同行して頂いて心強いです」
「礼を言われるほどのことではない。それと……私ではアドバイスは難しいかもしれない。十歳頃といえばアルバーン領で、幽閉同然の生活を送っていたころだ」
そう言うと、彼は船窓から見える外の景色を見つめた。
「そのころの夢は自由になって、風のように世界を駆け巡ることだった。そういう意味では、今まさに私は願いを叶えたと言える」
ふっと笑う横顔には、苦みと憧憬のようなものが感じられて、わたしは息をのんだ。
――ああ、そういえばわたしはまだ、彼のことを全然知らないんだ。
少しずつわかり合っていけばいい、そう思うのに過ぎていく時間がもどかしい。
「バハムートはレオもはじめてなんだよね?」
「そうだ」
「じゃあ、いっしょに楽しめるかな?」
願いをこめて見つめていると、彼は船窓から視線を外してわたしの顔を見た。
「きみはどこでも楽しめるのだろう?何もないデーダスの暮らしすら、きみは楽しんでいた。きみといっしょにいるなら、どこであろうと楽しくないはずがない」
ゆっくりと沁みこむように心に入ってきた言葉を、わたしがようやく全部理解するころには、船はバハムートの岸壁に接岸していた。












