519.ヌーメリアの毒コレクション②
ヌーメリアは使節団の一員としてちゃんと部屋を与えられおり、わたしが使う部屋と同じ階にあった。
ドアをノックするとすぐに返事があり、しばらくしてからヌーメリアが顔をのぞかせる。
「ヌーメリア、いま忙しい?」
「だいじょうぶですよ、ネリア。どうぞ……」
窓のカーテンまで閉め切って、立派なマホウガニーのデスクには所狭しと、七番街にあるガラス工房に依頼して製作した実験器具がならべられ、フラスコの中では液体がポコポコと泡を立てていた。
「うわ、ヌーメリア……戦闘の騒ぎで引きこもってるのかと思ったら、なんかすごくない⁉」
彼女はずっと部屋で作業にかかりっきりだったらしい。
「何かしてないと落ち着かなくて。ヴェリガンもですが、アレクと離れるのもひさしぶりなので」
恥ずかしそうにうつむいたヌーメリアは、灰色の髪にヴェリガンから贈られたアミュレットの髪飾りを留めている。
「そうだよね。新婚さんなのにごめんね」
「私が自分で希望したことですから。それに……あのマグナゼという男、リコリスの町にあらわれたことといい、どうにも気になるのです」
作業台になっているデスクのほかに、ふだんは飲みものや料理を運ぶのに使うワゴンが置いてあり、そこにはガラス瓶に入った液体が並んでいる。
「ええと、何をしていたのか聞いてもいい?」
「いいですよ。ただしそこに並ぶビンの中身は、全部毒物ですから気をつけてくださいね」
わたしはワゴンにぶつからないように、そーっと距離を通って横をすり抜けてソファーに座った。ヌーメリアは作業を止めて、デスク全体に保全の術式をかけると、茶器が置いてあるカウンターに向かう。
「ヴェリガンが特製のハーブティーを、いくつか持たせてくれたんです。お飲みになりますか?」
「わ、いいの?」
「ええ。気分が変わるように何種類もあるんですよ。ネリアにも感想を聞きたいです」
ヌーメリアは茶葉の袋を開け、スプーンで量りとるとポットに放りこむ。水を注いで加熱の魔法陣を敷き、しばらくたつと水が沸騰して茶葉が開き、部屋にハーブの香りが広がる。
「どうぞ」
「うわぁ、いい香り。さすがヴェリガン、リフレッシュできるねぇ」
鼻から胸いっぱいにハーブティーの香りを吸いこんでいると、ヌーメリアもうれしそうに顔をほころばせた。
「ふふっ。ビスケットもつまみたいところですけど、船旅なので我慢してます」
「う、わたしも気をつけなきゃ……」
タクラに向かう魔導列車の中で、ニーナにめっちゃ怒られたばかりなのだ。これ以上サイズアップしたら、何を言われるかわからない。
(〝ミストレイ〟を使うと、ドレスがピッタリサイズになるというのは、盲点だったなぁ……)
単純にひとりで脱ぎ着がしやすいドレスが、わたしはほしかっただけなのだ。
「作業ははかどったの?」
ワゴンに並んだビンをちらりと横目で見れば、ヌーメリアはにっこりとほほえんだ。
「ええ、見てください。こちら……無味無臭なんです。けれど一滴で数千人を殺せるんですよ。水路に流せばどうなると思いますか?」
「そこの水を生活用水に使う人たちが、生きていられないのでは?」
「そうです。しかも魚類には影響がないのです。環境にも優しいですよね!」
うふふ。うれしそうにヌーメリアは笑ってハーブティーを飲んでいるけれど……それで人間には致死量の毒なら、環境に優しいとかそういう問題じゃない気がする。
「ええと……その隣はまた別の毒なのかな?」
「ええ。これは微量の毒素をエサとして摂取した、魚の体内で凝縮したものなんです。神経毒で痙攣や呼吸困難をひき起こしますわ。天然物でこれだけの量を集めるのは大変ですから、この航海は本当に貴重な機会を与えられました」
「天然物……」
「そうです。同じものを人の手で錬成できるまでになったら理想ですけど……まずは毒の構造を解明しませんと」
ヌーメリアがノリノリである。まさしく〝毒の魔女〟の異名にふさわしい。
わたしはこんな女性を相手に、お肌のケアとか髪の手入れについて質問していたの⁉
「第三部隊の遠征で、エレント砂漠で採集できる毒については、だいぶサンプルが集まったのです。海流が交差するこの海域でも、かなりの成果を期待できますわ」
「そうだね。あの、ごめんねヌーメリア」
「どうかしましたか、ネリア」
急に申し訳なくなって謝ったわたしに、ヌーメリアは目を丸くした。
「わたし、ヌーメリアがやっていた研究、毒の話をちゃんと聞いたことがなかったなって。いつもお菓子とか、お肌のお手入れとかそんな話ばっかりしてたよね」
「まぁ!いいんですよ。私もひさしぶりに女の子らしい話ができて、楽しかったです。ネリアと話すだけで女子力が上がった気がします!」
「え、ヌーメリアは何もしなくても、色が白くて優しくてキレイだよ?」
こてりと首をかしげると、ヌーメリアは優しく目を細めた。
「ふふっ。ネリアがそう言ってくれたから、私も自信を持つことができました。それにこちらの毒素……海底に棲む魔獣から採取されるんですけど」
「うん?」
彼女は褐色の薬ビンを持ちあげると、熱のこもった瞳でそれを見つめる。
「殺傷能力は一グゥでシャングリラの王都民全員を殺せますが、神経に作用して筋肉を弛緩させるのです。これを利用すればなんと、シワ伸ばし効果もあるのですよ!」
「シワ伸ばし……」
「毒の研究が美容に結びつくなんて……私、錬金術師としてもステップアップした気がします!」
わぁ、どういう方向にステップアップしてるんだろう。師団長のわたしにも予想つかないよ!
「そ、そうだね。でもヌーメリアはシワないじゃん」
指摘すると生き生きと目を輝かせていたヌーメリアの顔から、すとんと表情が抜け落ちた。一段トーンの低くなった声で返事がある。
「……そんなことありませんよ」
「えっ、もしかしてもう使ってるの?」
「いいえ、使ってはいません」
首を静かに横に振り、キッと顔をあげたヌーメリアは真剣だった。
「デスクにうっかり突っ伏して寝たりすると……顔に跡が残るんです」
「…………」
ヌーメリア……寝るならちゃんとベッドで寝てね。
毒の話ならなんぼでも。
 









