518.ヌーメリアの毒コレクション①
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艦橋に戻って錬金術師団長用に用意された座席に座りこみ、わたしはユーリが差しだしたココアのカップを受けとった。
すすると優しい甘さと、ほっこりするショコラの甘い香りがする。
「ううう……生きがえる、ユーリありがどうぅ」
「どういたしまして」
これだけ大きな船を守った達成感はあるものの、戦闘を間近でみたショックで体の震えが止まらない。
防壁はあらゆる物理衝撃からもわたしの体を守ってくれるけれど、目や耳から直接流れこむ刺激はどうしようもない。
「ネリアは艦橋で見学でもよかったんですけど……」
気の毒そうな顔をしたユーリの言葉を、ローラは一蹴した。
「今までこの娘が師団長を務めてこられたのは、グレンが育てた錬金術師たちと、やつが遺した遺産があったからだ。レオ坊に嫁いで終わりってんならそれでもいいけど、師団長を続けて国の代表として外交の場にも立つ気なら、力を出し惜しみせず最大限に使うことだ。今のうちにビシバシ鍛えないとね」
「はい……」
レオポルドを鍛えただけあって、ローラの指導は厳しい。
それでも彼女はわたしやレオポルドの将来を、真剣に考えてくれている。
(ちょっとお好み焼き屋の女将さんを思いだすなぁ)
「ふふん、なかなか骨があるじゃないか」
「はいっ、がんばります。まつ子さん!」
「マツコ……?」
……それは女将さんの名前だった。ローラはちょっと変な顔をしたけれど、最後にこうつけくわえた。
「だけどもう戦闘には参加しなくていいよ。あんたの能力をぜんぶ見せる必要はない」
「能力って言われても……全部どころか、いっぱいいっぱいなんですけど⁉」
ローラは肩にかかった白髪を払いながら、ニィっと笑う。
「無いものをさも在るように見せるのは、錬金術師の得意技だろう?」
話はそれで終わり、彼女の関心は船の計器に向かった。記録されている戦闘の流れを、もういちど眺めておさらいしている。
真剣な表情で展開される図を見つめる横顔は、キリリとしていてとてもカッコいい。
(あれが前魔術師団長……)
彼女にしてみれば秘蔵っ子の愛弟子を、得体の知れない女になんて渡したくないだろう。
グレンの遺したものの後片づけが終わったら、いつでも辞めてライガに乗って飛び立ち、自分の目で世界を見て回るつもりだった。
今いる場所は仮の宿、本当の故郷に帰れなくなったわたしは、大切な人と出会ったとしても、また別れて旅立つのだと……何となく思ってた。
『きみこそ逃げるなよ』
そう言ったって、レオポルドは国内に残るんだから。そう思っていたのに。
いつのまにかレオも加わって、ローラや戦闘員たちと、戦いの流れについて話し合っている。
消耗の少ない戦いかた、火力の高いレオやローラが動きやすい配置、激しい乱戦になったときの戦闘員の配置、守るべき要所の確認……ひとつの戦闘から得られる貴重なデータは、すべて後方支援で控えるスタッフたちの手により解析され、次の戦闘に生かされていく。
(わたしはまたここで、自分がどうやったら役に立てるか、考えなきゃいけない……)
何もせず甘えて待っているなんて性に合わない。レオポルドの横に立つと決めたのは、自分自身だから。
少しだけ冷めたココアに口をつければ、お腹までじんわりと温かい甘さが沁みていく。
「ねぇ、ユーリ。さっきの戦闘はユーリの目から見てどうだった?」
「そうですね、いちばん最初の戦闘よりは動きもよくなったし、だいぶ派手になりましたよね。防壁で船が守られているから、レオもローラも大暴れで」
「うん……」
「とっても目立つと思います。だれが見ても」
「そうだよね」
「僕が間者だったら恐れを抱くでしょうね」
カップから顔をあげれば、ユーリの赤い瞳とパチリと目が合った。
「つぎにこう考えます。『やつらは何でこんなことができるんだ?』『船が沈むのが怖くないのか?』って。そして目の当たりにするんです、ネリアの三重防壁を」
何もかもお見通しの賢い王子様に、わたしは眉をさげて意見を聞く。
「……効果あると思う?」
「グレン老が刻んだ術式でしょう?それだけでも興味を持つんじゃないかな……けれどレオは心配でしょうね」
「だから置いてきたかったのに……」
自分の身を平然と囮にするところなんて見せたくなかった。
もともとこの世界に存在しない人間、いなくなっても何の問題もない。
そう思ってることを知ったとき、彼はわたしの前に膝をついたのだ。
『私は何をすればいい』
そんな……レオポルドに何かを求めたりなんて、しなかったのに。でも無意識のうちに助けを求めて、生きたいと彼にすがりついたのは自分だ。
「港に着けば、動きがあるかな」
「わかりません。けれど何か起こったほうが、ネリアはホッとするのでは?」
「それはそうだね」
〝星の魔力〟とつながっている限り、グレンのほどこした三重防壁に守られたこの体は無敵だ。どんな攻撃をしかけられたって、対処できる自信がある。
そのかわり……この身を危険にさらすには、大切な人たちからは距離を置こうと思っていたのに。
ユーリもヌーメリアも、それぞれが抱えている宿命を持って。リリエラは海の精霊の分身として、何かを見届けるために。わたしに同行してくれる。
ユーリは赤い髪をくりゃりと握って、ため息をついた。
「もともとは僕が招かれたんであって、ネリアが体を張る必要はないんですよ。レオポルドのためなんでしょうが、無理はしないでください」
「気をつけるよ」
「その『気をつける』が信用ならないんだよなぁ」
小さな声でつぶやいたせいか、彼は眉をあげてため息をついた。
「まぁ、いいや。ヌーメリアのことですが海にでたせいか、素材集めを熱心にやっています。今もレオに頼んで集めたパラツァの毒袋から、抽出と精製にかかりきりで、毒のコレクションがまた増えてます」
「ふえっ⁉」
ヌーメリア、何やってんの。ユーリはわたしにコンコンと釘をさしてくる。
「彼女が毒を作るのは防御反応で、ネリアの防壁と同じですよ。何かあったときに自分自身を守るための心の支えです。だから作業は止められません。ネリアに師団長としての判断を、仰ぐような事態になってほしくはないですが……」
「うう、わかった。ちょっとヌーメリアのようすを見に行く」
「お願いします。僕は王太子としての仕事もあるので……」
艦橋に張りついているユーリは、テルジオたちとともに、ひっきりなしに打ち合わせをしている。
刻々と入ってくるサルジアや、エクグラシア国内の情勢について、報告を聞くだけでもかなり時間がかかる。
みんなそれぞれに忙しそうだけれど、それでも航路の安全をレオとローラが受け持っているから、船の乗組員たちはだいぶ楽なのだそうだ。
(それにしても……またヌーメリアの毒コレクションが増えているなんて)
わたしが研究棟に来る前に、ヌーメリアがどうして過ごしていたかなんて知らないけれど……レオポルドの業火で焼却処分した毒も、彼女がその気になればあっというまに作り直せるだろう。
(ヌーメリアもユーリも、それにレオポルドだってサルジアへの想いをそれぞれ抱えている。それにオドゥも……)
ココアのカップをきゅっと握りしめて、わたしがため息をついたところで、ユーリが明るい声をだして話題を変えた。
「そうそう。つぎの寄港地の場所を捕捉したんですよ。僕もはじめて行くところだから楽しみだな」
「どんなところ?」
ユーリの赤い瞳がいたずらっぽく輝く。ワクワクしているような表情だった。
「前に説明したでしょう?眠る要塞、寄港地バハムート。豊かな漁場に囲まれた発展した街ですよ。そこがいつ水に沈むかわからないことを除けば」
バハムートになかなか着かない……。












