516.好みは黒髪
「それで港を……」
「そうなの。条件としては『動力源となる魔石が手に入りやすい』『船の修理ができる技術を持つ魔道具師がいる工房がある』『サルジアの影響下にない』という三つが最低限かしら」
「そうですね。サルジアの都合で、港を閉鎖されてはたまりませんから。けれどエクグラシア領海の外となると……」
「どこか候補地はある?」
ユーリは稼働している魔導機関を見あげて、ため息をついた。
「貿易港ならいくつか。でも協力してくれるかはわかりませんよ」
「それができなくて、何のための外交使節団なのよ。そのために王太子が行くんでしょ。一ヵ所だけに絞ると、何かあったときに困るもの。できれば複数ほしいわ」
ユーリはぎょっとしたように後ずさると、頭をガリガリとかいて天を仰いだ。
「うわ、ネリアがさらにハードル上げてきた。僕はいいけどテルジオが心配だなぁ」
「少しいいだろうか」
黒髪の竜騎士が口を挟むと、指をひらめかせて遮音障壁を展開する。
(レオポルドだったらこういうアクションは必要ないから、ちゃんと竜騎士のふりしてるんだなぁ……)
最初は見慣れずとまどったけど、よくよく見ればすごく凝った本格的なコスプレじゃん!
紺地に銀のラインが入った騎士服なんて、だれが着てもめちゃめちゃカッコいいし。むしろ護符をジャラジャラつけた重苦しい黒のローブより、断然わたしの好みかも!
それにまっすぐな黒髪って、やっぱ親しみやすいというか……単純に好き!
(ヤバい。フォト撮りたい……あとでお願いできないかな)
遮音障壁を展開してユーリと言葉を交わしていたレオが、くるりとわたしのほうに顔を向けた。え、まつ毛の長い黒曜石の瞳に整った顔立ちって……一瞬の流し目すら、すごく色っぽい。
「……聞いているのか?」
「いえっ、どこかでフォトをお願いしたいなって考えてました!」
正直に答えたのに、彼の眉間にはググッとシワが寄り、どうやらダメな回答だったっぽいと気づく。
ユーリがおかしそうに肩を震わせて、結局こらえきれなくてクスクスと笑いだした。
「ネリア、あからさまに見惚れちゃダメですよ。婚約してるんですから」
「そんなややこしいこと、言わないでください」
だって当人じゃん!
なおもユーリはいたずらっぽく、赤い瞳をきらめかせて聞いてきた。
「もしかして彼みたいなタイプが好みなんですか?」
「タイプっていうか……黒髪が好きかも」
「へぇ」
ユーリは意地の悪い笑みを浮かべて、レオの髪に視線を走らせる。
「サルジア人には黒髪黒目が多いというし、精霊の血を引く彼らは美形ぞろいだって話ですよ。ネリアも目移りしちゃうんじゃないかな」
「ちょっと!それじゃ、わたしが浮気者みたいじゃん!」
そういえばユーリってわりと煽り体質だった。そしてレオはというと……。
「ほぉ。それは目を離せぬな」
(ひいいぃ⁉)
氷点下の笑みにわたしは凍りついた。わたしまだ何もしてないのに。黒髪が好きって言っただけなのに。このひとも煽り耐性ゼロだったよ!
冬だというのに背中に汗をダラダラかきながら、わたしは必死に言葉をしぼりだす。
「あ、あのぅ……遮音障壁を展開して、レオは何か話したいことがあったのでは?」
わたしは黒髪が好きって話じゃないもんね。話をそらそう、そうしよう。
「…………」
じっとわたしを見つめてきたものの、レオはふぅとため息をついて、疑問を口にする。
「港のことだが……この機関室でする話か?」
「ええと、それは……」
わたしがチラリとユーリを見ると、彼は心得たように話しだした。
「わざとです。艦橋にいる者たちは艦長をはじめ、出自がハッキリしていますが、機関室で働く船員たちはタクラで雇われた者が多い。きちんとした身元調査を受けておらず、サルジアの間者が紛れこみやすい」
「……つまりハルモニア号の寄港地について、わざと情報を与えたのか」
「ええ。機関室なら雑談のように見えますし、いくつかの港に寄るついでに間者をあぶりだし、逆に監視下に置きます」
「なるほどな」
これだけの大きな船を動かす魔導機関だ。機関室には主動機関に補助機関、艦内各所に動力を送る魔導回路……その動力源となる魔石倉庫などがあり、ここでも多くの船員たちが忙しく働いていた。
もちろん見学者の王太子一行を気にして、チラチラと視線を送ってくる者もいたけれど、彼らがぜんぶ間者だとは考えにくい。
全員が怪しいけれど、全員を疑っていたらキリがない。
「招待したからには、サルジアもいろいろと準備しているはずです。過去はともかく友好的な関係が築ければ理想ですが……」
「間者の動きでそれを探るわけか」
納得したようにうなずいて、彼は遮音障壁を解除した。そしてにっこりと笑顔でわたしに問いかけてくる。
「錬金術師団長は黒髪がお好きとは知りませんでした。それでフォトはどこで撮りましょうか?」
……忘れられてなかったー!
目がちっとも笑ってないよおぉ!













