513.滅びの魔女ローラ
『魔術師の杖⑧ネリアと魔導列車の旅』
コミカライズも楽しみにしてて下さい(^^)ノ
海図が置かれた艦長室に、ローラはどっかりと座って腕組みをしていた。
漆黒のローブには、黒に染めたサルカス産のレースを合わせ、白髪をきりりと束ねた前魔術師団長は、ふだんはリラの香りが華やかな花紅茶を好み、貴婦人たちとも優雅に会話を楽しむ。
けれどその戦いぶりは、レオポルドの師だけあって、剛腕の武闘派魔術師だった。
タイプ的にも彼女はレオポルドによく似た魔術師だったし、むしろ師事した彼女にレオポルドのほうが似たともいえる。
広域魔法陣をあやつり、戦場の空間を支配する。長い白髪は死神のようで廃墟がよく似合といわれ、いつしか〝滅びの魔女〟との異名まで与えられた。
(〝滅びの魔女〟の弟子に〝毒の魔女〟がいても悪くない……と思ったんだけどねぇ。どうもあたしは女にはフラれちまう)
ローラがその力を認めた魔女はもうひとり、〝炎の魔女〟と呼ばれる魔女だった。愛くるしい笑顔で、妖精のように可憐で儚げな外見ながら、どこまでも強引で押しが強く……。
(あの女のせいだよね……あたしが並の魔術師相手じゃ、物足りなくなったのは)
『ローラ、あなたが師団長をやってちょうだい。だって私グレンと過ごすのに忙しいんだもの』
そうぬけぬけと言い放って、団長補佐におさまった炎の魔女。
『あんたっ、それほどの実力を持っていながら……っ!』
そんな理由で譲られたことが、ローラは気にいらなかった。竜王戦で団長を決める竜騎士団とは違い、塔での師団長選びはもっと複雑だ。
それぞれ属性の異なる魔術師たちの、優劣を決めるのは簡単ではない。
魔力の強さだけでなく、その運用の巧みさ、魔法陣を構築するスピードや陣形の美しさなど、さまざまな項目で審査がある。
そうしてふるいにかけて、有力な候補者となったあとは、ライバルとなる魔術師に、一対一で魔法勝負を挑むこともある。
けれど〝炎の魔女〟は、ローラが挑んだ勝負を断ったのだ。
『だって私……グレンに名前を呼んでもらいたくて、がんばったんだもの。彼と過ごす時間が減っちゃったら、あべこべだわ』
『あんた……そんなふざけた理由で……』
そのとたん〝炎の魔女〟は赤い瞳を宝石のようにきらめかせた。
『私は真剣よ、ローラ。グレンに関することで、私のじゃまをするなら消しズミにしちゃうわよ』
『だったらあたしと勝負しな!』
『イヤよ。勝ったら私が師団長じゃないの』
どこまでも自分勝手な言い分に、ローラがこぶしを握りしめると、レイメリアはふわりと立ちあがり、怒りに震えていたローラの唇に、その細くて華奢な指を優しくあてた。
『そのかわり、私はどこまでもあなたに協力するわ。師団長としてのあなたを支えてあげる。〝炎の魔女〟を味方につけるのよ。どう、悪くないでしょ?』
その笑顔に魂を奪われない者などいない……と学園時代から称された美貌はますます磨きがかかり、ローラでさえもそのほほえみに一瞬見入られた。
いつだって女王のようにふるまい、けれどローラにとってはだれよりも心強い味方となった〝炎の魔女〟……今でも杖を持つ彼女の姿は、まざまざと思いだされる。
物思いを中断したのは、艦長室のドアをノックする音だった。返事をすれば背の高い黒髪の竜騎士が、身をかがめるようにして入室する。
その隙のない身のこなしは、激しい戦いによる疲れなど、みじんも感じさせなかった。
「彼女のようすはどうだった」
「落ち着いていました。これから王太子と船内の魔導機関を見にいくそうです」
護衛対象である錬金術師団長を気づかい、彼は船内に戻るとすぐに彼女のもとへ転移していった。
「あんたがそんなところまで気を回すなんてねぇ。人間成長するもんだ」
「師団長になって、もう五年ですからね」
ローラの向かいに腰をおろし、優雅に長い脚を組むしぐさは、少しだけ母親を思いださせる。
もっとも母親のほうは、ころころとよく笑ったものだが。息子のほうはにこりともしない。
(こうしていると時が戻ったような気がするのに、同時に時の経過を思い知らされる……あたしもヤキが回ったもんだねぇ)
入団したばかりで、塔の魔術師たちをその魔力でねじ伏せた天才を、ローラは手元に置いてことさら厳しく指導した。最初の半年はお茶ばかり淹れさせて、まったく魔術を使わせなかった。
いったん術の行使を許可してからは、その完成度にこだわってとことん磨きあげた。
広域魔法陣の構築、発動から収束までの魔力操作、わずかなミスでも厳しくしかりつけた。無口なレオポルドはいっさい反論せず、ただ黙々と修行をこなした。
彼女が二十年かけて編みだした術式を、たった一年で習得したレオポルドに内心舌を巻きながら、彼が成人すると同時に師団長の座を渡した。
さすがに驚いたようで、ぼうぜんとしているレオポルドに、ローラはさっさと引継ぎを済ませ、故郷のメニアラに引っこんだ。
――それから五年。
(師団長になって五年てことは……このガキは母親と過ごした時間よりも、あたしと接した時間のほうが長くなったってわけか)
ゆるく首を振って、ローラは弟子に問いかけた。
「王太子も錬金術師団長も、その行動は予測不能。何かあったときのために、あんたが自由に動けるようにしておけ……それが竜騎士団長のアドバイスなんだね」
「ええ。ローラには世話をかけますが、あなたが持つ〝千里眼〟の力もお借りしたい」
「あたしが動けば〝滅び〟を呼ぶかもしれないよ?」
冗談めかして笑いかければ、一番弟子は無表情に淡々と返す。
「滅びは……すでに存在している、というのがイグネラーシェを調査した我々の見解です。イグネラーシェの滅びは、サルジアの滅亡のかわりに、〝対価〟として支払われたにすぎない」
「サルジアの落人が、王都シャングリラからも遠く離れた山奥で、滅びを受けとめる準備をしていたなんてねぇ」
〝大地の精霊〟が三人の子に自分の力をわけ与えた……サルジアの建国神話こそが、精霊たちにとっては禁忌である〝対価なき精霊契約〟だった。
――だから人間はその支払いをしなければいけない。
精霊契約をはじめとして、サルジアに伝わる術は謎が多い。強力な力を行使すると同時に、莫大な対価の支払いが必要だったといわれる。
人の命などどこまでも軽く、安い対価として生贄が捧げられた時代とてあったという。
そして人間と精霊では時の流れがちがう。人間にとっては大昔でも、精霊にとってはついこのあいだのことだろう。
「国境を隔てているとはいえ、サルジアの民が多く流れてきているエクグラシアも、精霊の約定と無縁ではいられません。何が起こるかはわからない。できることなら、彼女を渦中から遠ざけておきたかったが……」
「むしろあの子が嵐の中心になる、そうあんたは考えるんだね」
「……はい」
黒曜石の瞳はどこまでも真剣で。
『私は真剣よ、ローラ。グレンに関することで、私のじゃまをするなら消しズミにしちゃうわよ』
(こんなところまで母親にそっくりだなんて……)
おのれの意志を貫き通し、目的のためにはどんなことでもする。その眼差しの強さに息をつき、ローラは握りしめていた拳を開いて右手を挙げた。
「わかったよ。あたしのできるかぎり、協力しよう」
「感謝します、ローラ。あなたはいつも真剣に私を鍛えてくださった」
「……そうせざるを得なかったのさ」
千里眼を持つ〝滅びの魔女〟ローラ・ラーラは、黒髪の青年を前にしてはじめて顔をゆがめた。
「レイメリアはモリア山であたしを助けて命を落とした。彼女が遺した魔石と杖をグレンに届けたのは、このあたしだからね」
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