512.帰る場所
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レプトコッカスはひと抱えもありそうな、鋭い歯を持つ大きなトビウオといった感じだった。翼のようなヒレを広げ、勢いよく海中を飛びだすと、船に向かって飛びこんでくる。
被害は軽微でも、ほっておくと船が傷だらけになるため、片っ端からはたき落とすらしい。転移しながら剣を振るうレオポルドは、まるで空中を飛んでいるようだ。
落ちたレプトコッカスは、ローラが甲板に張った捕縛陣にふれたとたん、動かなくなる。けれど縛りつけられただけで、歯はせわしなくガチガチと言わせていた。
「魚なのに……あんなに元気なんだ」
「シーデビルの死体に引き寄せられるので、やっかいです。やつらを退治しないと船底に穴を開けて船を沈めます。けれど倒してしまうと血が魔物たちを呼ぶから、シーデビルと呼ばれます」
風の盾を使いこなしながら戦うレオは、みごとな身のこなしで白刃をふるい、つぎつぎとレプトコッカスを斬り裂いていく。
「あんなに鱗の硬いレプトコッカスをひと薙ぎとは……さすがは複合効果が付与されたミスリルの双剣使いだ」
「彼ひとりで戦うの?」
甲板にはローラとレオポルドの姿しかない。ローラは回復や補助魔法に徹していて、戦っているのは彼ひとりだけだ。
わたしの質問には艦長が答えた。
「もちろん魔物の種類によって、我々も戦いかたを変える。今回は彼が希望したんだ」
「彼が?」
「海上での戦いにまだ慣れていないからと。戦闘員をだすと巻きこまれる可能性がある」
「竜騎士は場合によっては、正気を失ったドラゴンとも戦います。船の構造やローラの位置ぐらいは把握しているでしょうが、それ以外の動くものは瞬時に攻撃するでしょう。一瞬の迷いが命取りですから」
「そうなんですか……」
でも彼はいくらアガテリスに乗るといっても、本当は魔術師なのに……。
訓練場でもライアスと手合わせをしていたし、竜騎士の訓練はきちんと受けたのだろう。
彼が優れた魔術師である理由がわかるような気がした。竜騎士としても戦えるのであれば、その動きが手に取るようにわかるし、連携もうまくとれるのだろう。
華やかな外見とは違い、彼はできることをコツコツと、積みあげるように努力する人だと、ライアスからも聞かされている。
(だからわたしも頑張ろうって思えたんだ……)
わたしは、わたしにできることを頑張ろうと。もうダメだ……と思うたびに、彼の大きな手が背中を支えてくれる。いつも顔を見れば迷惑そうに、眉間にシワを寄せていたのに。
竜王神事で魔力が暴れそうになったとき、彼が必死にそれを抑えてくれた。螺旋の渦を描いた魔力を、ライアスが槍を使って天空に飛ばしたとき、大地から天へと昇っていく、魔力の渦に自分自身が持ちあげられるようだった。
魔力を使うたびに、わたしとこの世界の絆は強くなっていく。術式を紡いで魔法陣を描き、世界に干渉することで、わたしはいつかこの世界の一部になる。
やがて艦橋の計器に表示される赤い点が、少しずつ減っていった。
剣に浄化の魔法をかけて、レオポルドが鞘に納めると、ローラが魔法陣を収束させた。
「まだまだだね、大口を叩いたんだ。きちんと連携がとれるまでは、何回か戦闘をこなす必要がある。あとで反省会をするよ」
「ご老体に無理をさせてすみません」
「だからひと言よけいなんだよ!ふだんは無口なくせに、まったくまぁ」
ローラは息を吐くと、静かになった海面を見つめた。甲板は船員たちがでてきて清掃をはじめ、レプトコッカスの残骸はみるみる片づけられていく。
「たった一年であんたに師団長の座を渡して、メニアラに引っこんだのを恨んでいるかい?」
「……大変ではありました。ですがメイナードやマリス女史を残して下さったし、彼らを通じて見守っておられたのも知っています」
「ふん、助けを求めてきたら、手伝ってやるぐらいのつもりはあったさ」
「だからこうして助けを求めています」
レオポルドは身体強化を解いて、ずしゃりと重くなった筋肉に、疲労回復の術式をほどこす。息をついて歩きだせば、船の通路にリリエラが手すりにもたれて立っていた。
「いたのか」
「まぁ、ね。あんたの動きもなかなかだったけど……しょせんは人間だねぇ」
くすりと笑う海の魔女は、男は凍えそうな声で問いかけた。
「……海の魔物はお前が呼んだのか?」
「腹ごなしにはちょうどいいだろう?でもだいじょうぶ。あたしはサルジアに用があるからね。この船を沈めたりはしないさ」
リリエラの潤むような藍色の瞳は、深い海に引きずりこまれるようで、すれ違う船員たちが思わず振りかえって見るほどだ。
「そのような真似は許さん」
レオポルドが剣に手をふれて、カチリと音をさせれば、リリエラは肩をすくめた。
「おお、怖い怖い。短気な男は嫌われるよ。あたしにかまうよりもさぁ、早くあの子のところに行ってやんなよ。あんたの戦いに血の気を失ってたよ」
「…………」
眉間にグッとシワを寄せてリリエラをにらみつけ、レオポルドは足元に転移魔法陣を描いた。
「レオ!」
艦橋にいたわたしは、展開した転移陣に駆けよった。あらわれた彼の姿に胸をなでおろすと同時に、あちこち痛んだ騎士服を見て、ふたたび恐怖を感じた。
「ずっと見ていたのか?」
「うん」
「手合わせや訓練とは違う。戦闘では血も流れるし、内臓や骨を見ることもある。つらければ……」
ふるふると首を横に振り、彼のようすをつぶさに観察する。髪は乱れて疲れて見えたけれど、戦いの高揚感からか、黒曜石の瞳は強く輝いていた。
「痛みとかケガはないの?」
「ローラが治してくれた」
静かに返事をして、エルリカの町で願いごとを告げたときのように、彼はただまっすぐにわたしを見つめる。
「これまでは……負けたくなくて戦っていた。でも今回は違う」
「どう違うの?」
「イグネラーシェには、ライアスの父ダグも同行していた。そこで彼の話を聞いた」
「ライアスのお父さんの話?」
黒曜石の瞳がじっとわたしを見おろす。激しい戦闘の後だったというのに、なぜかやわらかいほほえみを浮かべ、彼はふっと笑った。
「帰りたいと……願える場所があるのはいい」
「え……」
彼の言葉はさっき、わたしがユーリに語ったことと似ていて……。
――彼もわたしと同じことを考えていた?
おたがいが〝帰る場所〟としての相手……。
わたしは何も言えなくなって彼を見つめ返す。
しばらくそうしていたら、コホンと咳が聞こえた。
「ふたりとも……そうやってたらふだんと変わりませんよ。ここはハルモニア号ですからね?」
はっとして振りかえれば、ユーリとテルジオがそろって生温かい目でこちらを見ていた。












