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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十二章 移動要塞バハムート

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511.海上での戦闘

『魔術師の杖⑧ネリアと魔導列車の旅』

挿絵(By みてみん)

サイン入り最新刊20冊、ご応募ありがとうございました!当選者の方、おめでとうございます!

 息をとめて見守っていると、隣に立ったユーリがわたしを安心させようとした。


「安心してください、ハルモニア号は最新鋭の魔導船です。外洋を航海するための装備だってちゃんと積んでいます。彼らが戦うのは船や魔石の消耗を防ぐためです。まだ先は長いですから」


「剣で……どうやって戦うの?」


 ユーリはレオポルドに視線を向けた。


「おそらく彼が使うのは風魔法だけで、炎と氷は使いません。竜騎士ですから。そのためにローラも補助を買ってでたのでしょう」


 ローラを中心に索敵の魔法陣が広がる。彼らの周囲に海中のようすが展開され、艦橋にある計器にもそれが反映される。


 彼女の白い髪は遠目にも目立つけれど、紺色の騎士服に身を包んだ黒髪の竜騎士は、そのまま紺碧の海に溶けてしまいそうな気がした。


「自然界に存在する魔素を取りこんで、生きていくために利用するのはヒトも動物も変わりません。強すぎる個体が魔獣と呼ばれるだけで……そういう意味では、魔獣も魔力持ちも似たようなものかもしれませんね」


 艦橋からも紺の騎士服を着たレオポルドが、白刃を抜き放ったところはよく見えた。長い黒髪がざっと風に流れる。


「なんで身分を偽ってまでサルジアに……」


 さっき彼にちゃんと聞けなかった疑問が、つい口をついてでた。頼もしいと思うと同時に、見慣れぬ姿にまだ動揺しているのかもしれない。それとその距離感にも。


 少しだけ……恋人っぽいこともした相手が、もうこの場ではいきなり遠く、初対面の人物となった。甲板にいる彼のかわりに、ユーリが教えてくれる。


「父上から聞かされたのですが、ネリアがシャングリラを発ってすぐ、使節団に同行する許可を得たそうですよ。ライアスも口添えしたとか……だから彼の決意は固いし、きちんと準備したと思います」


「……ユーリみたいに?」


 ユーリもタクラでの扮装は解いて、鮮やかな赤い髪と瞳が何よりも、〝王族の赤〟らしい色合いで王太子の服がよく似合っている。


「そうです。僕は長年かけて準備しましたけどね。衝動的かもしれないけど、彼にあんな決断をさせたのは、ネリア……あなたですよ」


「ふたりとも勝手だよ。わたしの気も知らないで」


 ぶすりとそう言うと、ユーリは困ったようにほほえんだ。


「そうですね。でもネリアは僕に、好きにさせてくれたでしょう?」


「師団長だからね」


「……婚約者だとダメなんですか?」


「そうじゃなくて。帰る場所がなくなりそうで……」


 わたしはキュッと唇をかんだ。離れるのは寂しくても、がまんできると思ったのは、それが安心だったからだ。


「帰る場所?」


「レオポルドがソラといっしょに、居住区にいてくれたら……わたしいつでも帰れるって思ってたの。思いこんでた」


 けれど彼はいつだって、自ら危険に飛びこんでいく人で、見送るのはたぶんわたしのほうだろう。その事実を突きつけられた気分になる。


 グレンがくれた場所。三階建ての研究棟と居住区。そこにピッタリとパズルのピースのようにはまる彼。もしも彼を失ったらそれは、わたしにとって帰る場所がなくなるのと同じなのだ。


 ――あなたにそこにいてほしい。


 それはやっぱりわたしの、わがままなのだろう。


「彼には難しいでしょうね。僕も王城育ちだからわかるんですが、スタッフに囲まれた生活って……人は多くてもどこか空虚なんですよ」


「空虚?」


「今いる場所が自分のモノじゃないってことです。彼にとって魔術師団長じゃない自分は、空っぽだったと思います。それを埋めたのがネリアなんです」


「え……だって彼は公爵家の人間で、きれいな許婚だっていたじゃない」


「それが彼の穴を埋めるとでも?」


「わたしは……でも、わたしに埋められるのかは、わかんないよ。わかるのは彼に必要なのは……ちゃんとした〝魔術師の杖〟だってこと」


 ――それがきっと、彼と世界をつなぐ鍵になる。


 宙ぶらりんの公子様。たったひとりで本を読み、魔術の訓練をして育ち……ようやく学園でオドゥやライアスと出会った。その瞬間から彼の人生には色がついていく。


 その鮮やかな色彩は、わたしの目を奪うにはじゅうぶんなもので。ただいつまでも見ていたいと思った。


「僕ね、けっこう人を観察するのが好きなんですよ。王城にいてもだれが何を考え、どんなふうに動くのかを見ているような子でした」


 ユーリはテルジオに合図して、カップに入れた温かい飲みものを持ってこさせる。


「さぁ、持って。ネリアの爪、白くなってますよ。冷え切っているんじゃないですか?」


「あ……」


 出会ったときは同じくらいだったのに、すっかり目線がわたしよりも上にきた青年は、両手で包むようにしてわたしにカップを持たせると、優しくほほえんだ。


「僕らといっしょにいつだって、ネリアも冒険を楽しんだじゃないですか。彼も加えてあげましょうよ。留守番はね、だれだってイヤですよ」


「わたし……でも……」


 ――彼を失うのが怖い。


 それは姿が見えないことよりも、ふれ合うこともできない距離で離れていることよりも。それは好きとかそんな、単純な感情でも片づけられなくて。


 変わり果てた姿になる恐怖は、自分のときに体験した。彼を彼と判別できないような、そんな姿になるのは見たくない。彼以外のだれのことも、そこまで怯えたりしないのに。それは本能的な恐怖だった。


 ビビーッ!


 けれど無情にも計器から警戒音が鳴り響き、甲板では海の魔物たちとの戦闘が始まったのだった。


 シーデビルと呼ばれる、巨大なウミヘビのような怪物が、転送魔法陣により海中からひきずりだされる。


「海中に飛びこんで戦ったら勝ち目はないですが、ひきずりだせば勝機はある。人間だって知恵をつけたんですよ」


 ローラが魔法陣を展開し、レオポルドが甲板を走る。のたうち回る体は大木のようで、彼が剣をふるうたびに、硬い鱗に覆われたシーデビルの体に亀裂が走った。


「次!レプトコッカスの群れが来ます!」


「防御壁展開!シーデビルは?」


「消失しました……早い!」


 艦橋にどよめきが走り、レオポルドは次の敵に向かって駆けだしていく。ローラが素早く治癒魔法と身体強化で彼を援護すると、防御壁を強化するための術式を紡ぎだす。


万魔殿(パンデモニウム)って知ってます?ふたつの海流が交差するタクラ沖は、優れた漁場であると同時に、それを狙う魔物たちがあふれた場所なんですよ」


 抱えたカップは飲むためのものじゃない。ただ感覚のなくなる指先を温めるために渡されたのだと知った。

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