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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第二章 錬金術師ネリア、師団長になる
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51.学園長との対話(ユーリ視点)

今回は、初めてのユーリ視点です。

 八番街にある『シャングリラ魔術学園』。


 ここで十二~十六歳までの魔力の伸びざかりに、志に溢れた少年少女が学び、卒業後は錬金術師や魔術師、竜騎士、魔道具師など、魔力を活かしたさまざまな仕事に就く。


 そして、最終学年の五年生はこれからはじまる『夏季休暇』の間に、それぞれ希望する師団に出向き、実際に『職業体験』をすることになっている。その『職業体験説明会』に、僕は新しく錬金術師団長に就任したばかりの、ネリア・ネリスとともにやって来ていた。


「十二~十六歳の成長期の頃が、一番魔力が伸びるんです。魔力持ちの子はその時期に学園に通って、自分の魔力の性質を見極め、魔力の扱いや制御の仕方を学ぶんですよ」


 僕の説明を聞きながら、ネリアは物珍しそうにキョロキョロと見回している。


「魔術学園……その響きだけで格好いい……いいなぁ、わたしも通ってみたかった。社会人入学とかないのかしら」


 ネリアはどこで魔術を学んだのだろう?まさか本当にグレンから教わっただけなのだろうか……そんな事を考えていたら、ちょうど建物からでてきた、紺色のローブを着た恰幅のいい人物ににこやかに話しかけられた。


「やぁ、ユーリ・ドラビス!久しぶりだ」


 懐かしい恩師の顔に、嬉しくなって僕も挨拶を返す。


「ダルビス学園長!お久しぶりです」


「元気にやっていたかね?」


「はい!おかげさまで!……ダルビス学園長、ご紹介致します。こちらが我が錬金術師団の……」


「ああ、結構。紹介はいらんよ」


「えっ?」


 僕が隣に立つネリアを紹介しようとした所で、ナード・ダルビス学園長は手を振り僕の言葉を遮った。ネリアに向けるその眼差しは、いつも穏やかな彼とは思えないほど、冷たく侮蔑に満ちていた。


「学園の卒業生でもない『エセ錬金術師』など、名を覚える必要もない。神聖な学府に立ち入る事さえ許しがたい」


「それは……でも、彼女の実力は本物で……!」


 僕に最後までしゃべらせず、ダルビス学園長は首を横に振る。


「ユーリ、君には悪いが、今年の錬金術師団の体験希望者はゼロだ。優秀な学園生を『エセ錬金術師』の元にやるわけにはいかないからな」


 そう言い捨てるなり踵を返した彼に、僕は慌てて追いすがった。


「待ってください!ダルビス学園長!」


「ユーリ、君が師団長に就任した暁には、改めて卒業生を推薦させてもらうよ。では失礼する」


 学園長はチラリと振り返って言いたいだけ言うと、去って行った。その後ろ姿を眺めながら、ネリアが呟く。


「ねぇ、アイツ……燃やしていいかしら?」


「ネリアは攻撃魔法使えないでしょ」


「そうね……でも、アルバーンは無理でも、アイツなら燃やせそうな気がするの」


 拳を握りしめるネリアの表情は仮面で分からないが、あんな失礼な言われ方をされたのでは、怒って当然だ。僕は眉を下げた。


「困りましたね……ネリアが学園の『卒業生』でない事が、こんな所で影響するとは……」


「学園長って『職業体験』を阻止できるの?」


「いや、学生に与えられた権利ですから、学生自身が希望すれば叶えられるはずですが……ダルビス学園長に逆らってまで希望する学生が居るかどうか……僕、もう一度学園長に掛け合ってきます」


「あっ!ユーリ?」


 僕はネリアをその場に残し、彼の後を追って行った。




 僕が『学園長室』のドアをノックすると、すぐに応答があった。


「入りたまえ」


「失礼します」


 学生時代に何度も入った懐かしい部屋は、置かれた小物の位置もそのままに、時を止めたような雰囲気が漂っていた。


 学生時代の僕は、この部屋を訪れるのが好きだった。


 穏やかで深い知識を持つ、学園長のナード・ダルビスとの語らいは、学生達とはまた違う刺激を僕に与えてくれた。


 彼の方も、僕の事を将来有望な学生として扱ってくれていたのだ。


 部屋に入ると、彼は僕が来るのを予想していたように、窓辺に立ったまま振り向いた。


「学園長……お話が……」


「ユーリ、君には失望したよ……君が学園を卒業して錬金術師団に入る時、なんと言っていたか覚えているか?」


 その表情は、僕が今まで一度も見た事がないもので、僕は自分の赤い瞳を瞬かせた。


「……僕は……『次の錬金術師団長になる』と言いました」


「そうだ……君は魔力もあり、魔術の才能にも優れていた。それなのに君が魔術師団や竜騎士団を選ばなかったのは、既にレオポルド・アルバーンやライアス・ゴールディホーンが次代を担う若手として活躍していたからだったな」


「はい……」


「自分が『師団長』になれるとしたら、隠居同然のグレン・ディアレスの居る『錬金術師団』が一番可能性が高い……そう言って君は、若者らしい野心で『錬金術師団』を選んだのではなかったか?」


「……」


「あのネリア・ネリスとやらは、ろくな錬金もせず、防虫剤を作っただけで満足し、高い稀少素材を使いまくったり、かの『エヴェリグレテリエ』に菓子など作らせたり、王都をふらついて錬金術師団の名で自分の鞄を作らせたりと、好き勝手しているそうじゃないか」


「……クオード・カーターがそう言ったのですか?」


 間違いなく、クオード・カーターが伝えた『噂』だろう。クオードは嘘は言っていない。


 実際に錬金を行う際の、我々の常識を超えたネリアのやり方や、収納鞄を作る際の魔道具ギルドでのやり取り等が、伝わっていないだけで。


『悪意のある噂』とは、真実にちょっぴり『悪意のある解釈』を混ぜるのだ。


 ただそれを学園長に説明した所で、彼が理解できるとも、彼女に対する認識を改めるとも思えなかった。


 僕は信じられない気持ちで、学園長室に立っていた。


 学園長がではない、目の前に居る、二年前まであんなに尊敬していた、深い洞察力と知識を持った人格者であり教育者だと思っていた相手が、狭い世界に生き自分の物差しでしか物事を見ようとしない人物である事に気づいてしまった自分に、驚きを感じていたのだ。


 目の前に居る男は、ネリア・ネリスに『師団長の座』を譲った僕に、勝手に失望している。僕が知る、慕っていた恩師の姿は、彼の一面でしかなかった。今僕が見ている男もまた『彼』なのだ。気づいてしまった事実は、苦い味で僕の中に広がっていく。


 僕は彼女の邪魔はしなかったが、積極的に助けもしなかった。


 あの状況で師団長室に入り、『エヴェリグレテリエ』と契約を交わしたのは、彼女だというのに。


 それだけじゃない。


 僕とヌーメリアだけが見ている前で、誰も知らないやり方で素材から成分を取りだして見せたのは。


 ソラに菓子作りを教えながら、「自分の『錬金術』が誰を幸せにするかちゃんと考えろ」と僕に言ったのは。


 自分が手にするはずの利益を投げだしてでも、「『錬金術師団』のイメージを変えていく。錬金術師達には自分の好きな研究をして欲しい」と語ったのは。


 魔道具ギルドでギルド長相手に、収納鞄の術式を手に、この国の『物流』に関する将来の展望を語ったのは。


 彼女だというのに。


 真実を語る『噂』は、彼女の『真実の姿』を少しも伝えていない。



 目の前の男にとって、自分はまだ教え諭し、導いてやらねばならぬ子どもなのか。僕は下を向き、唇を噛んだ。自分だけが知る彼女の姿を、どれだけ言葉を尽くして伝えようと、正しく伝えられる気がしなかった。


 いや、違う……今の僕は『錬金術師』だ。


「……確かに学生時代の僕は、傲慢で計算高い男でした。当時の僕は……王都三師団に入るなら、『師団長』になれなければ嫌だ、と思っていた」


(顔を、上げろ!ユーリ・ドラビス!)


 顔を上げたユーリの赤い瞳が、光を受け焔のように燃え上がった。


「だが今の僕は……現時点で誰よりもネリア・ネリスが、『師団長』にふさわしい、そう思っている!」


 ユーリの気迫に、ナード・ダルビスが一瞬言葉を失う。


「……僕に失望した、とおっしゃる学園長にこれ以上お話する事はありません!失礼します!」


「待ちたまえっ!……ユーリっ!」


 学園長室を飛び出すなり、僕は駆けた。学生時代も校舎内を走ったことなどなかった。走るなど、ルールも守れない子どものする事だと思っていたのに。今は一刻も早く、彼女に会いたかった。


 走って、走って。


 白い特徴的な錬金術師団のローブにグレンの仮面。先ほど置き去りにした場所に彼女はまだ居た。


 息を切らしながら戻ってきた僕に、ネリアは驚いた声をだす。


「えっ!何?ちょっと、ユーリ?どうしたの?」


 腕を伸ばし抱きしめると、その小柄な体は僕のまだ細い腕にもすっぽりと納まって。しっかりと抱きしめても、すぐにでも消えてしまいそうで。


「僕に……ネリアを守るだけの力があれば良いのに……」


「ユーリ?……学園長に何か言われたの?」


「すみません……ネリア……すみません……」


「?分かんないけど、大丈夫だよ、ユーリ、なんとかなるから……ね?」


 彼女を離そうとせず謝り続ける僕を、彼女は戸惑ったようにポンポンと背中を軽く叩きながら、優しく撫で続けた。

ありがとうございました。

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