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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
番外編

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505/561

505.レオポルドの注文

タクラの工房でのニーナとミーナのやり取りです。

 黄緑の髪をまとめて、左耳の脇にひと筋だけ垂らしたニーナは、新しくタクラに用意された工房をあちこち見てまわり、満足そうにうなずいた。


「ふーん、いいじゃない。さすがミーナね。タクラにデザイン工房を置くのは理想的だわ、貿易でめずらしい織物も入って来るし、マール川沿いには染織工房も多い」


「元の持ち主は姿をくらましちゃったけど、『好きに使っていい』って言われているわ」


 ニーナが使うデスクまわりを整えながら、ミーナが答えた。


 布やリボンの見本帳やボタンのケースに、グリドル作りの工房に特注した〝ミストレイ〟は、長さもサイズもさまざまなものがそろっている。


 とつぜんデザインを思いついてもいいように、新しいデザイン帳やペン、インクも買いこんだ。


 港を一望できる窓辺に立ち、ニーナは潮の香りがする海風を、胸いっぱいに吸いこむ。


「ワクワクするわね、新しい工房って。でも七番街の工房はどうするの?」


 ミーナはにんまりと笑う。


「私がもらうわ。収納鞄の生産ラインは整えたから、本格的に装飾品作りもスタートさせる。ネリィの発案で王太后陛下が、アクセサリーのデザインコンペを主催するでしょ。クリスタルビーズで試作品を作って、デザインを提案するつもり」


 それを聞いたニーナは目を丸くした。


「ミーナ、それって……」


「うまくいけばエクグラシアどころか、世界中に顧客をつかむことができるわ。五番街の店はアイリに任せる。ニーナはディンとやることがあるんでしょ」


「ええ。クロウズ領に麦わら帽子の加工場を作る予定よ。夏に向けて〝人魚のドレス〟にインスピレーションを得た、開放的なサマードレスを流行らせたいの。それに合う小物がいるもの」


 ニーナが自分の収納鞄を開けると、中にはいくつものデザイン帳が入っている。


「ニーナはディンのことが大好きでも、服を作ってないとおかしくなっちゃうでしょ。クロウズ領主夫人の肩書がきゅうくつになったら、この工房にこもればいいのよ」


「ミーナったら」


 それだけで目元を潤ませる、ニーナの背後から声がかかる。


「それで俺がしびれを切らして、ニーナを迎えにくるってわけだな」


「あら、ディンだからニーナを任せたのよ。夢中になりすぎないよう、しっかり見張ってちょうだい」


 蜂蜜色の髪をディンはポリポリとかく。


「見張るっていってもなぁ……俺はせいぜいニーナが倒れないように、軽食や飲みものを用意するぐらいしか」


「それだけできればたいしたものよ。それでレオポルド・アルバーンの注文はどうだったの?」


 船上パーティーが終わったあと、ニーナは浮かない顔で帰ってきたのだ。


「あ、うん。注文はとれたんだけどね……一着だけ」


 ぽそぽそ言って、ニーナはデザイン帳をめくる。


「え、もっと何着も注文とってくるんだと思ってたわ」


「私もネリィのドレスだったら、何をおいても優先して作るし、ギリギリになっても、出発に間に合わせるつもりだったの」


「そうよ。ニーナらしくないじゃない。ネリィだって婚約者なんだから、ちゃんとねだればいいのに」


 紫陽石とペリドットのピアスを用意するぐらいだ、レオポルド・アルバーンがドレスを贈る甲斐性がないとも思えない。


「そうなんだけどね……私も頭抱えちゃって」


「何が?」


 ミーナがけげんそうに眉をひそめても、ニーナは大きくため息をつくだけだ。


「悩ましいのよねぇ」


「だから何が。ちょっとディン、あなたもそこにいたんでしょ。何があったの?」


 ニーナではらちがあかないのでディンに確認すると、彼も腕組みをして難しい顔で首をかしげる。


「や、俺もあれはちょっと……難しい注文だと思ったぞ」


「彼はどんな注文をしたの?」


 ニーナは困り果てた顔で工房を見回す。


「ネリィがいろいろやらかしてくれたおかげで、デザインの自由度が上がったのよ」


「そうね、染料の錬金からクリスタルビーズ、それに〝ミストレイ〟……マウナカイアに〝人魚のドレス〟の勉強までしに行ったわ」


「そうなの。〝人魚のドレス〟って、水の中で広がる形がキレイなのよね……あれをどうにか再現できないかしら」


「ネリィに相談すれば、またアイディアが出てくるんじゃない?」


 また世間をあっといわせ、新たな流行を作りだすかもしれない。しばらくは忙しいので、もう少しのんびりしたいというのも本音だけれど。


 いったい何に頭を抱えるほど困っているのか。ミーナの視線に耐えきれなくなったのか、ニーナは本当に頭を抱えて工房のデスクに突っ伏した。


「……デザインがでてこないの」


「は?」


 思わず聞き返したミーナに、顔をあげたニーナは恨めしそうな表情でくり返す。


「デザインがでてこないのよ。思いつかないの」


「何で。スランプ?」


 いつだってニーナは服のことになると、止まらないのだ。それがデザインも思いつかないとは、かなりの重症だ。心配したミーナに、ニーナは首を横に振る。


「ちがうの。他の仕事はちゃんとできるのよ。夏に流行らせたいサマードレスのデザインだって、いくつも仕上げたんだから」


「じゃあ、なんで。彼の注文ってそんなに難しいの?」


「いいえ、よくある注文だったわ」


 力なく返事をしたかと思うと、ニーナは勢いよくがばりと起きあがって、ミーナをふり向いた。


「彼の注文はただひと言、『彼女にふさわしい花嫁衣裳を』……だったの!」


 それを聞いたミーナは息をのみ、叫ばないように両手で口を覆った。


「ニーナっ、それ……」


 ずっと「レオポルド・アルバーンにドレスを注文させてみせる」と言っていたのだ。それがいきなり花嫁衣裳だなんて……デザイナーにとっては、最高に腕の見せ所だろう。


「やったじゃない!」


「そうよ。私、もう大興奮しちゃって!」


 グッと拳をにぎりしめて、若草色の瞳を輝かせたニーナは、次の瞬間にはがっくりと肩を落とした。


「うれしすぎたのね……他のドレスならいくらでも思いつくのに、花嫁衣裳となると緊張で手が震えるの。このまま何も思いつかなかったらどうしよう」


 ディンが落ちこむニーナの頭を、ポンポンとなでた。


「ネリィさんたちが帰ってくるまでに、デザインを考えることにしたんだろ。まだ日にちはあるから焦るなよ」


「そうなんだけど……」


「とりあえずはニーナ、自分の花嫁衣裳を作れよ。新婚旅行がてらマウナカイアで簡単な式を挙げちまったけど、領でもちゃんとした披露宴をやらないと」


 ディンの言葉に、ニーナは飛びあがった。


「やだ、すっかり忘れてたわ」


「だろうな。だいじょうぶ、俺が覚えてる」


 苦笑したディンにウィンクして、ミーナはそっと工房から出ていった。ニーナのことはもう、彼に任せておけばだいじょうぶだろう。


 ニーナのための靴とヴェールは休暇中に作り、もうすでに用意してあった。

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