503.温泉ゴーレム
風邪をひきました。皆様も体調崩されませんように。
カーター副団長一家のお話はこれでおしまいです。そろそろネリアに戻ります。
カーター副団長は渋い顔をした。
「しかし私は身体強化など使えんぞ」
体に巡る魔素で筋肉を強化し、力やスピードを上げる。うまくやれば鍛錬を効率的に行えるし、体が受けるダメージも減る。
鍛えるどころか最近の副団長は、腹回りも気になりだした。これも料理のついでに味見をするからいけない。
竜騎士などは呼吸をするように、サラッと自然に身体強化を身につけている。だがオーランドは首を横に振る。
「魔素など使わずとも、筋肉に負荷をかければ鍛えられます。まずは初心者でもムリのない、鍛錬メニューを考えましょう」
「ちょっと待て。私は温泉の魔素を利用する方法をだな……」
「では副団長が考えておられるあいだに、こちらは鍛錬メニューを組み立てておきます」
筋肉は裏切らない。それに筋肉を見れば鍛えたくなる。そして鍛えあげた筋肉は美しい!
筋トレをやる気がない副団長のために、オーランドは謎の三段活用で副団長向けのメニューを考えはじめた。
ときおり副団長のプヨりかけた腹に目をやり、口の端をフッと持ちあげて楽しそうにしている。
入浴中なのに顔色を悪くして、首をブンブン横に振るカディアンを見ると、副団長も嫌な予感しかしない。
中途採用とはいえ、王城勤務も十五年以上、副団長の野生とも言うべきカンがここで働いた。
「待てえぇい、鍛錬は後回しだ。思いついたぞ!」
クワッとオーランドが青い目を見ひらいた。
「む……何を思いつかれたのです」
「温泉から湧く魔素を、魔石のように結晶化すればいい。それならば動力源として使える」
「ですが……ヌーメリアの父君も魔石化には成功しておりません」
オーランドの指摘に、カーター副団長は重々しくうなずいた。
「その通りだ。だから固めてしまわず、魔導回路の中を常に魔素が巡るように結晶構造を構築し、自走式温泉ゴーレムを作る」
いうが早いか、副団長は魔法陣を展開した。鉱石の結晶を育てたときとくらべれば、温泉に含まれる微量の鉱物を集めるほうがたやすかった。
とはいえ魔導回路を築きつつ、魔素が巡るゴーレムを形成するのは、副団長にとっても繊細な作業で骨が折れる。少しだけ弱気になり、一番弟子の顔を思い浮かべた。
(ここにオドゥがいれば……)
副団長よりももっと器用に、ゴーレムを作ったかもしれない。それでもピョコピョコと動くゴーレムを手にした副団長は、額ににじむ汗を拳でぬぐい、ザバリと音をさせて温泉から立ちあがる。
「魔石をはめるくぼみ、あれをゴーレム用に改造する。魔素が減ればゴーレムたちは自分で温泉にやってきて、魔素を補充したら魔道具に帰る。そうと決まれば採寸をせねば!」
そのままズダダダと山荘に駆けこんでいき……しばらくしてアナとメレッタのすさまじい悲鳴が聞こえた。
ついで温泉の上に転送魔法陣が展開し、そこからポイっと素っ裸のカーター副団長が投げ落とされると、バシャーンと大きく飛沫があがり、エンツでメレッタの大声が降ってくる。
「お父さんのバカ!変態!もう帰ってこないで!」
ただ副団長自身は気絶して、ゴーレムを抱いたまま目を回し、プカ~と温泉に浮かんでいたので、メレッタの声が聞こえていたかはわからない。
思いっきり湯をかぶったカディアンは、岩にしがみついたまま副団長を尊敬の眼差しで見つめている。
「クオードさんすごい……俺、メレッタとアナさんがいるところに、全裸でなんて飛びこめない……」
「カディアン殿下、副団長は何も考えていなかっただけです」
冷静に指摘したオーランドが、温泉から副団長をひっぱりだし、カディアンはピョコピョコ動く温泉ゴーレムを手にとった。
「けっこうコイツかわいいかも。服を着たら図書室の奥にある魔道具を採寸しよう」
温泉でのぼせ、メレッタの転送魔法陣で目を回した副団長のかわりに、それからはカディアンが指揮をとった。
彼がデザインしたゴーレムポケットに、温泉ゴーレムたちがトコトコと歩いていき、ピタリとはまると留め具がカチリとかかる。
それがなんとなく布団をかぶって、ゴーレムたちが寝ているように見え、かわいいもの好きなアナが目を輝かせた。
「まぁ、かわいい!ゴーレムに服を作ってもいいかしら?」
ソファーで伸びている副団長がうめき声をあげる。
「やめろ……どうせ温泉につかるのだ。服など着せても濡れる」
「あら、残念ねぇ。でもリコリス温泉の名物になるかも。ゴーレムサブレとか作ったらどう?」
「おお、それは名案ですね」
ゴーレムたちがスヤスヤ休んでいるあいだに、魔道具は気圧や気温、湿度などの測定を終えて気象の予測を弾きだす。
魔素が減ってくれば、温泉ゴーレムは自分でポケットから抜けだして、トコトコ歩いて温泉につかりにいく。
ゴーレムたちが場所をゆずりあって、湯気のなか並んで温泉につかるさまは何となくかわいい。
そして魔素を補充するとまた山荘に戻っていくのだ。
「かわいいわねぇ、見ていてちっとも飽きないわ」
「お母さんてば……それでいいの?」
トコトコ歩く温泉ゴーレムを見守っていたアナに、メレッタが唇をとがらせた。
「あら、何が?」
「結局、お父さんたら仕事ばっかりじゃない」
「そうね、でも楽しいわよ。王都にいるよりずうっとね」
アナはふふふと楽しそうに笑って、レース編みを取りだした。
「そのレース編み……」
さっそく目を留めたカディアンに、アナはパッと顔を輝かせる。
「あら、気がついた?」
「すごく編み目が細かい……針と糸は何を?」
赤い瞳をキラキラと輝かせて質問するカディアンに、アナはちょっと得意そうに説明する。
「私も新しいことに挑戦したくなったの。シルクの糸はとてもキレイに染まるから、それを使って今までより細かいレース編みをやろうかなって」
「たしかに繊細なレース編みなのに、発色がいいから目に飛びこんでくる。かわいいのに、とても力強い!」
「でしょう!」
盛りあがるふたりの会話に、メレッタはついていけない。カディアンはそんなメレッタの気持ちには気づかず、うれしそうに彼女へ話しかけた。
「俺、本当についてきてよかった。鍛錬も課題も、錬金術の修行も大変だけど……すごく癒される。温泉旅行って楽しいな!」
それを聞いたメレッタは微妙な顔をした。
「私、あんまり楽しくないかも」
それだけ言ってメレッタは、トコトコ歩く温泉ゴーレムをツン、とつついて倒す。
「ええっ」
こてりと倒れた温泉ゴーレムは、またすぐに起きあがって歩きだし、メレッタはそれを横目で見ながら冷めた口調で言った。
「カディアンもそんなに話が合うんなら、お母さんと結婚すれば?」
「はっ、えっ、何で?俺がアナさんと?」
「知らないっ」
オロオロするカディアンからプイっと顔をそむけ、メレッタはスタスタと部屋を出ていってしまう。
「あらあら」
アナが困ったように首をかしげれば、ソファーで伸びている副団長をあおいでいたリョークが感心したように言う。
「青春だなぁ」
「青春ねぇ」
カディアンはくるりとふたりをふり向き、必死に迫った。
「メレッタとどうやったら仲直りできるか、教えてください!」
「いや、俺ひとり身だし。参考になんねぇよ」
「あせらなくても、帰るまでに仲直りすればいいわよ」
リョークは気まずげにポリポリと頭をかくし、アナはオーランドに淹れてもらったお茶で、ゆったりとくつろいでいる。
「帰るまでじゃ、遅いんで!」
王都を離れての温泉旅行、おたがいにフリーだったマウナカイアとちがい、少しは期待していた。
あんなことやこんなことをメレッタと……できなくてもいいから、せめて今までよりも仲良くなりたい。
「そう言われてもねぇ……」
アナはメレッタと同じ紫の目をまたたかせた。マウナカイアのときより、ふたりの距離はぐっと縮まっている。その証拠にリコリスでは、メレッタのほうがカディアンを見ていた。
(カディアンはそれどころじゃなかったろうけど……)
ただそれを教えるのはやめにして、アナはふたたびレース編みの針を手に取る。
小さな花をたくさん編んで、卒業パーティーで着るドレスを飾りたい。きっとカディアンがステキなデザインを考えてくれるだろう。
春がくるのを心待ちにしながら、アナは温泉旅行を楽しんでいた。
転送魔法陣と転移魔法陣は違っていて、転送魔法陣は物を送るのに使うものなので、扱いが乱暴というか『放りだす』に近いです。
ケースが充電器になったワイヤレスイヤホン、ありますよね。家族がよく「イヤホンがない」「充電器どこだっけ」と探すのです。そこで自分で充電(?)しに行ってくれる湯ノ花ゴーレムを思いつきました。












