501.町役場にて
温泉になかなかいけないのですが、『とろける甘口』を今度こそ公開しました!
本編にも温泉旅行の後に掲載する予定です。
昼食を終えたカーター副団長は、町役場に置かれた魔道具をぐるりと見てまわった。
カディアンやメレッタの仕事ぶりもチェックするためだが、地方の町役場には王都では見かけなくなった、年代物の魔道具が今でも現役で活躍している。
「ほぅ、これなど三十年前の物だぞ……状態もいい」
工房から生まれる大量生産品とちがい、職人がひとつひとつ手作りした魔道具は、手がけた魔道具師の心意気すら感じられる。
使う人間のことを考えられた機能性は、それ自体が美しくすらあり、眺めるだけでも元魔道具師の血が騒ぐ。
書類をチェックしていたオーランドが顔をあげた。
「先々代の領主であるガルロシュは『これからは人手が不足する。効率が上がるならその方がいい』と、積極的に魔道具を導入していたとか。代替わりしてからは、『高いし何の役に立つ』と魔道具どころか、魔石の購入すら減らされたそうです」
「ふん、魔道具とて使いこなせねば、ただのガラクタ。領主自ら時代に取り残されたか」
オーランドは銀縁眼鏡を外して自分のまぶたをもみ、書類に集中していた意識を引き戻した。
「それだけでなく、中央から配分される町役場の予算も、だいぶむしり取っていたようです。領主に任されていた地方自治もこれからは、執政官による定期的な査察が必要という意見が出ています」
「……中央集権を強化するつもりか」
ギロリとにらみつけてくる副団長の疑問を、オーランドは苦笑して否定した。
「風通しをよくするためですよ。制度の良しあしは、実際に運用してから再度検討します。リコリス領はその試金石になるかと」
領主の娘だったヌーメリアが錬金術師となり、領主夫妻の放漫な領地経営を告発して、虐待されていた少年を保護した。表向きはそれだけで、王都新聞に載るほどでもない事件だった。
だが事後処理から今に至るまで、中央の動きには少し違和感がある。クオードはふと浮かんだ疑問を、吐く息とともにいったん頭の片隅に追いやった。
「どのみち中央が動かなければ、アレクは助けられなかった。領に自浄作用があればいいのだがな」
第二王子のことや雑談にしか応じなかった補佐官が、自分に政治の話題を振ってくる。それはもう副団長が、そちら側の人間にされているということだ。ヒリヒリするような緊張感だが、それと同時に心強くもある。
何もかも……というわけではないが、きちんとした理由さえあれば、カーター副団長にもオーランドを動かすことができる。つまりはそういうことだ。
(ドラゴンの血を飲み干すとは、こんな感じか……)
大役を任されると同時に、優れた人材がまわりに配置され、万全のサポートが約束される。だが逃げだすことだけは許されない。
「カディアン殿下の命で、テルジオが作成した報告書を王都から取り寄せました。後でご覧になられますか?」
オーランドが何気なく言い、外した銀縁眼鏡を取りあげる。竜騎士団長によく似た風貌だが、この男もさまざまなことを飲み下して、ここまで来たのだろう。
実直さはそのままに下手な小細工もせず、オーランドはカーター副団長を共犯に誘っている。貴族以外でカディアンの後ろ盾となる者がほしいのだろう。
もしも将来、第二王子が兄と対立するようなことになれば、テルジオたち補佐官の精鋭を従えるユーティリス王太子が彼らの敵となる。
オーランドがいくら支えても、今のところ勝ち目はない。実直な彼の性格は好ましく思うが、クオードは王族に絡めとられる不快さも感じた。
(あの第一王子が何を考えているのか、今のところ私にもハッキリわからんしな……)
クオードはふとレイメリア・アルバーンのことを思いだした。
副団長の若かりし頃、王都新聞を華やかに彩った〝炎の魔女〟レイメリア・アルバーン……その強さと美しさは王太子であったアーネストよりも強烈な存在感を放っていた。
けれどその場にいるだけで、誰よりも注目を集めた彼女は決して、グレン・ディアレスを表舞台に引っぱりだそうとはしなかった。
それが愛する者を守るが故だったとは、おそらく彼女の息子も知らなかったに違いない。
〝王族の赤〟であった彼女は自分の責務を、誰よりも理解していたのだろう。
(だからグレン・ディアレスと婚姻を結ばず、何よりも彼の自由と幸福を望んだのか。それほどの覚悟であったか……)
副団長自身が望むのは、何よりも娘メレッタの自由と幸福……今ならばまだ間に合う気もした。一歩身を引いてすべてを投げだし、どこか地方でリョークのように魔道具店を開き、ひっそりと一家で暮らす。
(まぁ、メレッタのライガが完成して、めでたく婚約破棄となったら考えてもいいか。いざとなれば王家をゆするほどのネタを持って、国外に高跳びしてくれるわ)
貴族らしい高潔さなどみじんもない、市井に生きる副団長らしい合理的な考えに基づき、彼は重々しくうなずいた。
「よかろう」
こんなときに、王都三師団の一員であることが物を言う。ただの魔道具師では、決してのぞき見ることのできなかった世界に、副団長は足を踏み入れようとしていた。
オーランドはホッとしたように肩の力を抜き、やわらかい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。カディアン殿下には、あなたのような方が必要だと感じておりました」
オーランドとカーター副団長の間でそんな会話が交わされているとは知らず、町役場をでたカディアンとメレッタは、リョークの店がある裏通りをてくてくと歩いていた。
冬期休暇にはいって閉まっている店も多いが、バスの停留所近くにある売店はやっており、串に刺した煮込みが売っている。薬膳粥だけでは物足りなかったカディアンが、ひくひくと鼻を動かした。
「うまそうだな」
「食べる?」
「え、と……いいのかな」
カディアンはもじもじとコートのポケットに手を突っこむ。お金は持っているが、買い食いをしたことが実はほとんどない。マウナカイアでもみんなと一緒だったし、メレッタとふたりで歩くというのが、また新鮮で落ち着かない。
「いいんじゃない?」
「じゃ、じゃあふたつ」
そのままふたりで停留所のベンチに座って、はふはふと串に刺した煮込みを食べた。具材は卵と練りもの、芋をすりつぶして作ったプルプルした食感の塊で、甘辛いダシが沁みこんでとてもおいしい。
「あつっ、うまっ!」
「湯気立ってるんだし、そんなにあわてて食べないほうがいいわよ」
「そ、だけど。オーランドに見つかったら……って思ったらつい」
鼻を赤くしてカディアンが答えれば、メレッタは首をかしげた。
「オーランドさんてそんなに怖い?」
「や、俺が勝手に緊張するっていうか……でも、俺のことを考えてくれてるのは分かるから」
もごもごと言って鼻をすするカディアンを、学園ではいつも取り巻きに囲まれて、偉そうにしているイヤな奴だとメレッタは思っていた。
オーランドが気になるのか、赤い瞳でチラチラと町役場のほうをうかがいながら、煮込みの串にかぶりつく今のカディアンは、父親似のがっちりした体格を小さく縮こまらせている。
(どうしよう、カディアンがかわいい……)
ちょっと自分のそんな気持ちを持て余して、メレッタは無言でもくもくと串を食べた。
お読みいただき、ありがとうございました!












