500.カーター副団長、やる気になる
8巻は今秋発売決定です!
ていうか、500話の主役がカーター副団長⁉
カーター「わーはっはっは!私の執念を見たか!!」(ギラギラ高笑い)
リョークの話を聞き終えたカーター副団長は、焼け焦げた駆動系をもう一度眺めた。
「そうか……彼女は『両親に会った』と言ったのか」
「ずっとずっと泣いていらして。俺は見ているしかできなかったんですが、最後に何かこう……キラキラっとした魔術を使われましてね。そうしたら見違えるようにシャッキリなさって」
「魔女たちが使う秘法だな。メレッタもよく練習していた」
カーター副団長は苦み走った顔で、つぶさに魔導車の残骸を調べはじめた。
「ちょうど今のメレッタと同じくらいの頃だな、錬金術師団に入団した彼女と会ったのは。いつも下を向いてうつむきかげんで歩いていたが、上品で控えめにふるまい、仕事ぶりは真面目だった。娘も成長したらあのようになればいいと思ったものだ」
言いながら、駆動系にこびりついた残滓をとりのぞいていく。
「さぞかし無念であったろう。娘の成長を見守るどころか、夫婦そろって命を散らすとは……だが、どうしてこれがここにある」
眼光鋭いカーター副団長に問いただされ、リョークは正直に答える。
「事故の後、しばらく保管されていた残骸から、こっそり俺が持ち出して、別の廃車となった駆動系とすり替えました。それが精一杯で、新しい領主様がいる手前……隠すことしかできなくて。見つかれば窃盗ですから」
「お手柄というべきだな。これがお前に落ち度がないことを証明してくれる。それにヌーメリアの心を救った」
「そういってくださると……」
あとは言葉にならず、リョークはぐっと握った拳で目に浮かんだ涙をぬぐう。
「幼いヌーメリア様を見かけるたびに心が痛んで。お優しいアメリア様そっくりの瞳に涙をいっぱいためて、いつもひとりトボトボ歩いていなさるんだ。送り迎えの魔導車からマライア様に降ろされちまって」
新領主一家の生活はどんどん派手になり、新しい病院は建ったものの、街道の整備はちっとも進まなかったという。
「ガルロシュ様はあんなに切り詰めて、領民の暮らしに心を砕いていなさったのに。税はどんどん上がるし、リコリスでは暮らせないと、人は出ていく一方で……」
「上の者の心意気ひとつで、ひとびとの暮らしは変わるからな。この駆動系は錬金術師団預かりとする。オーランドに王都へ送らせよう」
カーター副団長が立ちあがると、うなだれていたリョークはハッと顔をあげた。
「あ、あの……ヌーメリア様が婚約なさったと、町役場で聞きました。もしお会いになられたら、『おめでとうございます』と伝えていただけますか?」
「約束しよう」
重々しくうなずいた副団長に、リョークは目を真っ赤にして鼻をすすると礼を言った。
「あ、ありがとうございます!」
「他にも知りたいことがある。工房のすみにあるキャビネットのファイル、あれは何だ」
工房の一角、そこだけまるで錬金術師団の資料庫のように、ガラス扉のキャビネットにたくさんのファイルが積まれている。
「ガルロシュ様が集められた資料です。いっしょに温泉から湧きでる魔素を、利用する研究をしておりました」
リョークはそう言って、作業机からキャビネットのカギをとりだす。
「温泉の魔素は浴びることはできますが、魔石のように魔力の塊として取りだせません。ガルロシュ様は『これが成功すれば、リコリスの町が豊かになるから』と、真剣に研究なさっておいででした。俺には読んでもさっぱりで」
「見せてみろ」
「へぇ」
カギを差しこみ、ガチャリと音をさせて扉を開ければ、ギィ……ときしむ音がする。副団長は中に雑然と積まれていたファイルを取りだすと、一枚一枚ページをめくって目を走らせる。
「ふむ……ヌーメリアとよく似ておるな。几帳面な字で細かく書いてある」
ただの魔道具師であったなら、書かれていることの半分も理解できなかったろう。だが長年グレンのすぐそばでクオードも、必死に彼の研究に食らいつき、錬金術を磨いてきた。
そして正体不明の謎多き師団長、ネリア・ネリスに結晶錬成まで命じられ、訳もわからずオドゥとがむしゃらに取り組んだ。
「温泉の魔素は地属性だが、火と水の性質も併せ持つ……三属性の魔石が作れれば、その便利さは計り知れん」
「それとなく先代に話しましたが、『そんな夢のような話、ガルロシュもそれで身を滅ぼしたのだ』と相手になさいませんで」
「夢か……それならば不可能を可能にする、奇跡を起こすと言われる〝錬金術〟の領域だな」
副団長がつぶやいた言葉に、リョークがごくりと息をのんだ。
「ヌーメリア様も……不思議な術を使われました。俺にも手伝わせて、それで夜空を鮮やかに彩ったんです」
「花火のことか?」
「へ、へぇ。あんまりきれいだったんで、俺にも作れないかと。最近は仕事の合間にそっちの研究もしてて」
「ほぅ」
小さなことも見逃さず、ねちっこく追及するカーター副団長の目がギラリと光った。
「ならばそれも見せてもらおうか。意外な役に立つかもしれん」
昼時になるとカーター副団長はリョークの魔道具店を出て、表通りにある町役場に向かう。
カーター副団長がギシリと音をさせて町役場の扉をあければ、冬季休暇でひと気がない屋内では、メレッタとカディアンが忙しく魔道具の手入れをしていた。メレッタが顔をあげると、カチューシャの花飾りが揺れた。
「お父さん!」
「はかどっておるか」
「ま、魔素の補充はあらかた……」
げっそりしたカディアンが答え、すみではオーランドがコーヒーの準備をしていた。
「もう少ししたら軽食をお持ちしようかと思っていました。リョークの店はいかがでしたか」
「収穫ありだ。オーランド、王都へ配送の手配を頼む」
副団長はそう言って、差しだされたコーヒーカップに口をつけ、黒い液体をぐびりと飲む。
「テルジオが見つけた以外にも、掘り出しものがありましたか」
手際よく会議で使う長机を使って、オーランドがテーブルセッティングを終えれば、金彩のほどこされた白い食器に銀のカトラリー……王城での昼食となんら変わらない光景がそこに広がる。
領主館から持参したのは、リコリス特産の薬草を用いた薬膳粥で、体を温めて消化を助け、疲れをとる効果がある。
それにカリカリに揚げた鶏肉を刻んで載せてある。
ポーションのように即効性があるものではないが、食べているうちにげっそりしていたカディアンの顔にも生気が戻ってきた。
「そうだな。錬金術師団でも、ひと仕事することになりそうだ」
「ひと仕事、ですか」
オーランドが銀縁眼鏡のつるをくいっと持ちあげ、レンズをキラリと光らせた。錬金術師団と言っても今ここにいるのはカーター副団長と、入団間近のメレッタとカディアン、それにオーランドだけだ。
カーター副団長はガツガツと薬膳粥を食べ、コーヒーのおかわりをまたぐびりと飲みながらニヤリと笑った。
「何、たいしたことじゃない。それより明日は温泉に行くぞ」
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