498.リョークの魔道具店
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リョークの魔道具店にある工房は、年季が入っているがきちんと整理され、ヌーメリアが夏に訪れた時よりも商品が増えていた。
ヌーメリアを手伝ったことで引き続き、町役場にある魔道具のメンテナンスも頼まれるようになり、店を訪れる客も増えたという。
魔道具師だったクオード・カーターには、店や工房をひと目見ただけで、店の状態やリョークの腕がわかった。
酒ばかり飲んで自堕落な生活をしていたというが、工房に置かれた工具などの道具類はきちんと手入れされている。
それはリョークが魔道具師にとって何よりも大切な、〝魔道具師の魂〟を失ってないことを表していた。
『道具さえあれば、魔道具師はどこでだって腕一本で食っていける』
弟子をとった魔道具師は、その弟子が修行を終えて独り立ちするときに、その言葉とともに道具を贈る。
魔石や鉱石、魔導タイルに天然の素材……魔導回路を刻む材質によって工具も変わり、そのひとつひとつは手作りで高価なものだ。
新人の魔道具師がいきなり全部そろえるのは難しく、魔道具ギルドから借りたり共同工房を使ったりして経験を積みながら、手持ちの工具を少しずつ増やしていく。
働いて働いて、ようやく自分の工房を持てる。
魔道具師の師匠にとっても、弟子のために道具をそろえてやるのは大きな出費だ。だからこそ独り立ちする弟子への、何よりのはなむけなのだ。
そうして魔道具師は師から弟子へ〝魔道具師の魂〟を伝えていく。
王都のような都会と違い地方では、昔からの風習が色濃く残っていたのだろう。
高価なだけに道を見失えば、真っ先に売られて金に変えられる可能性もある。
けれど道具は使いこまれ、持ち手などは年季の入ったいい味を出していた。
それにリョークの手は震えていない。農作業で鍛えた腕はがっしりしていたし、足腰もしっかりしているようだ。
それは酒にまみれた生活でも、最後の一線は守っていたことを示していた。
酒の力に引きずられるままに越えてしまったら、たやすくは戻ってこられない境界線がある。
だらしなく身なりにもかまわなくなり、肝臓をやられて肌は土気色になり、白目は黄色く濁る。飲んだことを後悔しても、酒を断てば禁断症状で手が震えだす。
(己の腕を守ったのか……)
カーター副団長は両開きのメタルケースから、一本の魔導ドリルを手にとった。
「何もない田舎だと思っていたが、いい道具を使っているな」
「リコリスの町に戻るとき、俺の師匠がくれたんです。『俺はもう年で引退するから、そっくりくれてやる』って」
「ほぅ」
リョークは困った顔で頭をポリポリかいた。
「ウソなんですけどね。親父が倒れて急に俺がリコリスに帰ることになったから、師匠も道具を用意するヒマがなくて、俺にそっくり道具を渡して、しばらく共同工房を利用していたそうです。だからどんなに困っても、どうしても手放せなくて」
「いい師匠だな」
「へぇ」
メタルケースのなかには、今では手に入りにくくなった工具もあった。
錬金術師団に入団しても、自分の道具を手放せなかった副団長にも、師匠の心意気が伝わる。
王都育ちのカーター副団長は魔道具ギルドで講習を受けながら、三番街にある大手の魔道具工房で働いていたから、世話になった講師や先輩はいても、師匠と呼ぶべき人物はいない。
リョークは薄暗い工房を進み、奥にある物置の扉を開けると、そこにカーター副団長を招きいれた。
「ご覧になりたい、とおっしゃっていた物はこれです」
覆っていた布を外せば、あらわれたのは魔導車の駆動系だった。
外殻や人が乗る座席などもなく、ただ魔導車の車輪を回すための心臓部。
「これか」
カーター副団長はしゃがんでそれに手をふれた。焼け焦げた跡や変形した所もあり、これが使われた魔導車の事故が凄まじかったことがうかがえた。
「事故からずっとここに……処分することもできなくて」
「ヌーメリアはこれを見たのか」
「お見せしました。俺が謝らなきゃならない、ただひとりの方ですから」
「彼女はどうした」
「俺にはちょっと読み取れない、こう……複雑な形の立体的な魔法陣を描かれて、ただじっとしておられました」
「立体的……やはりレブラの秘術を用いたか」
魔道具の記憶を読み取る〝レブラの秘術〟は、複雑で緻密な立体の魔法陣を構築しなければならず、術者の技量を必要とするため、使える者が限られている。
魔術師団長ぐらいしか使えないが、ローラ・ラーラからそれを習ったヌーメリアの動機は、魔道具修理のバイトを効率的にやって金を稼ぐためだったという。
(彼女も苦労しているからな……)
残念ながらカーター副団長にレブラの秘術は使えない。だからリョークに問いを重ねた。
「他には何か彼女は言っていたか?」
聞かれたリョークは何かに耐えるようにグッと歯を食いしばって、焼け焦げた駆動系を眺めてから口をひらいた。
「カーターさん、これはここ数日一緒に働いてみて、あんたが信用できる人だと思えるから言うんだが……」
「何だ」
「ヌーメリア様は泣いてなさった。ひと言も声を漏らさず、ずっとずっと静かに涙を流して。そして最後に糸が解けるように構築した術式が崩れて消えたあと……」
――魔道具の記憶を呼び起こせ。
かすかに残る魔素の流れを読み取り、命なき魔道具に残る記憶をこの目で……。
ヌーメリアは魔導車になっていた。
運転する人物の手つきは危なっかしく、慣れてない感じだ。あまり整備されていない土の道で大きめの石に乗り上げ、車体が大きくバウンドした。
「きゃっ!」
「ごめん、アメリア」
細くて白い指がシートベルトをつかみ、ギュッと握りしめる。
「もぅ、ガルロシュったら気をつけて。ヌーメリアを置いてきて正解だったわ、まだ小さいあの子だったら、窓から飛び出て転がっちゃうわよ」
窓から吹きこむ風にあおられた灰色の髪を抑え、アメリア・リコリスは運転している夫のガルロシュに文句を言った。灰色の瞳は優しげで、ふっくらした唇には控えめに朱を塗っている。
夫は軽く肩をすくめて、楽しそうに前を見つめていた。
「ヌーメリアはメラニーが見ていてくれるから。おかげで僕らはこうしてドライブが楽しめる」
「そうね、でも新品の魔導車なんてどうしたの?」
「従弟がくれたんだ。あいつの事業は最近景気がいいらしい」
「メラニーの夫の?」
アメリアは不審そうに眉をひそめた。
「そうだ。グワバン〜リコリス間の魔導バス、もっと本数を増やすには道を整備しなきゃいけない。だから視察に必要だろうって。あいつも故郷のことを考えてくれているんだな」
「そうね。もし本当にそうならありがたいけど……最新式の魔導車なんてとても高価な物よ。もらってもいいのかしら」
「そんなことより、こうしてふたりで出かけるのは、ヌーメリアが生まれてから初めてなんだ。今は楽しもうじゃないか」
ガルロシュは楽しそうにスピードをあげ、助手席のアメリアは悲鳴をあげる。
「ガルロシュ!あなたがスピードを上げて小石を跳ね飛ばすたびに、私のお尻はバウンドするのだけど⁉️」
「ああ、ごめん。つい楽しくて。許してくれるかい、僕の可愛い奥さん」
おどけた夫の調子に、アメリアはつい吹きだして眉をさげた。
「私を無事に可愛いヌーメリアの元へ、送り届けてくれたら許してあげるわ」
魔導車は整備されていない田舎道を、ガタゴトと車体を揺らしながら進んで行った。













