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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
カーター副団長一家のリコリス温泉旅行
497/560

497.兄と弟 後編

コミカライズへの応援ありがとうございます!

続報を楽しみにお待ちください!

「オーランド兄さん、負けちゃったね」


 ライアスと手合わせを終えたばかりのオドゥが、フラフラと立ちあがったオーランドに話しかけてきた。 


「ああ。すごい一撃だった」


「ま、ね。あいつとんでもない化け物になるよ」


 そういってオドゥは銀髪の少年に視線を向ける。レオポルドは今度はひとりで受け身の練習をはじめ、ころころと地面を転がっていた。


「あきらめないんだよな、あいつ。体が軽いから投げ飛ばされることが多くてさ。受け身をかなり練習したみたいだ。今じゃライアスだって手こずることがある。魔術を組み合わせたら、どんな攻撃が飛びだしてくるかわからない」


「オドゥでも手強いと思うのか」


「ああ。ライアスよりもね」


 オドゥはライアスやレオポルドとは違う。最初からオーランドよりも強く、彼も〝弟〟だと思わずに、拳のぶつかり合いに集中できた。オーランドを打ち負かすようになったライアスでさえ、いまだにオドゥを苦手としている。


 汗をぬぐいながら水を飲むオドゥに、オーランドは聞いた。


「なぜそう思う」


 ライアスだって毎日きちんと鍛錬をしている。オーランドの目から見ても、竜騎士になれる素質はじゅうぶんある。弟よりもレオポルドのほうが手強いと、オドゥが感じる根拠を知りたかった。


 オドゥは森の奥でひっそりと水をたたえる、底知れぬ淵のような謎めいた深緑の瞳で、オーランドを見上げた。


「身体的能力が上か下かじゃなくて、勝負は勝つか負けるかだからさ」


「どういうことだ?」


 ふっと息をつき浄化の魔法を使って汗を飛ばすと、オドゥのこげ茶色をした髪が揺れた。


「ちょっとズルなんだけどさ……僕はこうやって手合わせをしながら、ライアスの裏をかいて、僕に対する苦手意識をすりこんでいる。けれどレオポルドにはそれが効かない。あいつは何でもよく見ているんだ」


 ごくふつうの平凡な風貌の少年に戻った彼から、先ほど手合わせを終えたばかりの、野獣みたいな凶暴さはなりを潜めたが、その口からこぼれた言葉は物騒だった。


「僕にはレオポルドの裏はかけない……あいつを出し抜くには何か別の要素がないと」


 なぜかオーランドは背筋がぞくりとした。オドゥの目つきは同級生を眺めるそれではなかった。その言葉の裏を返せば、ライアスならいつでも出し抜けるということになる。


「驚いたな。いつもそんなことを考えているのか?」


「そういうわけじゃないけど、身近だからね。動きとかも観察しやすいし……ついクセなんだ」


 そういってオドゥは、鍛錬場のすみに生えるガトの木で、枝にとまる一羽のカラスを見あげた。


「今ここにいる全員が敵になったら、どうやって生き延びるかを考えろ……父さんにそう教わった。勝つのって結局、生きるってことだからさ。父さんは負けちゃったけど」





「オーランドさん、だいじょうぶ?」


 明るい茶髪に紫の瞳を持つ少女が、心配そうにオーランドをのぞきこんでいて、オーランドはハッと我に返った。メレッタは横でオロオロとしている婚約者をじろりとにらむ。


「カディアンてば、やりすぎじゃない?」


「えっ、だっていつもは俺のほうが、ぶっ飛ばされるのに」


 風魔法が使えるカディアンは、防御のときも自然と風の守りが発動する。ライアスと同じで激しい戦闘に身をさらしても、それほどダメージを受けない。いくら体を鍛えても、格闘の技術を学んでも……オーランドには得られなかったスキルだ。


「夏よりはだいぶ強くなられました。まだまだ殿下は強くなりますよ」


 苦笑しつつ取りだした眼鏡をかけ、レンズをきらりと光らせて保証すれば、カディアンはうれしそうな顔をする。


「へへっ、毎日鍛錬したもんな。キツかったけど。少しは兄上に追いつけたかな」


「ユーティリス殿下の実力は、たいしたことはありません」


 あっさりといい放ったオーランドに、カディアンは目をむいた。


「えっ⁉」


「あのかたは……ごまかすのがうまいだけです。鍛錬もそれほどしていません」


「ウソだろ⁉」


 本気で驚いているらしいカディアンに、オーランドは冷静に指摘した。


「考えてもみてください。毎日鍛錬などしていたら、錬金術師団で研究する時間はありません」


「そりゃそうだけど……俺、兄上に勝てたことなんて一度もないぞ?」


 ふしぎそうに首をひねるカディアンを見てオーランドはふと、昔オドゥが鍛錬場で言った言葉を思いだす。


『ちょっとズルなんだけどさ……僕はこうやって手合わせをしながら、ライアスの裏をかいて、僕に対する苦手意識をすりこんでいる』


 あの王子はだいぶオドゥに、鍛えられているようだった。


「苦手意識があるのかもしれませんね、無意識に体が委縮するような」


「そうなのかな……けど兄上はいつだってすごいんだ!」


「あのかたがすごいのは……」


 あなたがいるからですよ……と言うのはやめて、オーランドは無言で立ちあがった。弟というヤツはいつだって、キラキラした目で一心に自分を追いかけてくるくせに、追い越してしまった時にはもう自分を見ていない。


 まっすぐに前を向いて、未来を見つめて走っていく。だがぼうぜんとして途方に暮れたような表情をされるぐらいなら、きっとそのほうがいい。


 それに追い越されまいと、必死に努力した自分の人生だって、振り返ってみれば悪くはない。


 オドゥみたいに意識してすりこんだつもりはなかったが、ライアスはいまだにオーランド相手だと緊張するようだ。


「いいなぁ、私はひとりっ子だから、お兄さんとか憧れちゃう。ユーリ先輩もすっごくステキよね!」


 カディアンが情けなさそうに眉を下げた。


「俺も、少しは兄上に近づけたかな」


「そうですね、今の調子で努力されればいつかは」


 賢いユーティリスと素直なカディアン、どちらが王位にふさわしいかという問いに、答えることは難しい。ただ歴史というものは一本の線しかなく、途中にいくら分岐や選択肢があろうと、紡ぎだす未来はひとつしかない。


『たのむよ』


 いつか追い越される、そうわかっていて相手を鍛えあげる。オーランドにも覚えのある感覚だが、彼に依頼してきた赤髪の青年はその顔に、ふだんは見せないやんちゃな表情を浮かべていた。


『僕はちょっと危なっかしいことがしたいんだ。今はカディアンがいてくれれば安心だって思える。あいつさ、いい顔つきになってきたろう?』


 その危なっかしいこと……はちょっとどころではなく、きっと国を揺るがすようなことだろう。


『勝つのって結局、生きるってことだからさ』


 なぜかオドゥの言葉が、オーランドの頭をかすめた。

コミカライズを見たい!楽しみ!と思われましたら、どうか評価ボタンをお願いします!漫画家さんへの応援にもなりますm(_)m

いずみノベルズ様より献本を頂きました!綺麗に撮れたかな?

華やかな花火、ヌーメリアとアレクの表情がとてもいいですね!

挿絵(By みてみん)

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