表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
カーター副団長一家のリコリス温泉旅行
496/560

496.兄と弟 前編

コミカライズ決定にお祝いの言葉をありがとうございます!

続報を楽しみにお待ちください!

 届かないと思っていたものに手が届いた瞬間、超えられないと思っていたものを超えてしまった瞬間、人はこんな顔をするのだろう。


 第二王子のぼうぜんとした表情に、オーランドはそんなことを考えた。彼の体はカディアンの拳にふっ飛ばされ、庭石に激突したばかりだ。


 身体強化は使えても、オーランドは風魔法による防御ができない。衝撃で横隔膜が硬直し、しばらく息ができなかった。


「オーランド、俺……」


 心配そうに眉を寄せてカディアンは、ゆっくりした足取りで、そろそろと近づいてくる。まるで今にもオーランドが飛びかかるのではないかと、警戒しているようだ。


「届くとは思わなかった。俺、勝てたのか?」


「ええ。私は王城勤めの文官で、ライアスとは根本的にちが……ゴホッ」


 言いながら、オーランドは腹を抑えたままむせた。


「オ、オーランド⁉」


「だいじょうぶ、です……グッ」


 吐き気がこみあげ、脂汗がにじみ出そうになるのを懸命にこらえる。どんなにとりつくろっても、カディアンの目に浮かぶ、気づかうような視線に己の無様さを自覚する。


 こういうとき自分が〝兄〟なのだと、つくづく思う。


 どれほど体を鍛えても、どれほど稽古を重ねても、相手が〝弟〟だと感じると、ギリギリのところで踏みとどまってしまう。


 向こうはそんなことおかまいなしに、がむしゃらに突っこんでくるのに。


 それでいて自分を打ち負かしてしまうと、ぼうぜんとして途方にくれたような表情を浮かべるのだ。


 まるで目の前に倒す敵がいなくなって、目標を見失ってしまったような顔で。





 一度目はライアスだった。


 十二歳で魔術学園に入学して受けた魔力適性検査で、風の属性がないとわかったとき、手元のファイルに何やら書きこんでいるロビンス先生に、オーランドはそれでもすがった。


「訓練で属性を伸ばすことはできませんか?」


 丸眼鏡に口ひげがトレードマークのロビンス先生は、ユーモアのセンスもあって生徒たちに人気がある。落ちこんでいる生徒がいれば、穏やかに冗談も交えながら励ましてくれる。


 だがその時の彼は違っていた。小さくため息をついたあと、オーランドの青い目を見てきっぱりと告げた。


「残念だがね、ハッキリ教えたほうが君のためだろう。属性を伸ばせる子はその属性の〝芽〟を持っている。不安定で変幻自在な魔力を、その方向に誘導してやるのだ。だが君にはそれがない」


「訓練でも……どうにもならないと?」


 ロビンス先生はパタリとファイルを閉じた。


「君の魔力はとても安定しているし、体格、骨格ともに恵まれている。望めばどんな職業にもつけるよ……竜騎士以外はね」


「でも僕は……」


 それきり言葉がでてこなかった。たった今見せられた結果を塗りかえられるなら、何度だって検査にチャレンジしただろう。竜騎士になるため弟もつき合わせて、毎朝欠かさず鍛錬をした。いまだに発現する気配のない風魔法も、学園に入れば使えるようになる……そう信じていた。


「君のお父さんは竜騎士だったね。君も竜騎士になりたかったかい?」


 ――なりたかった、なんてものじゃない。なるものだと思っていた。


 月の光より冴え冴えとした白銀のミスリル鎧、ドラゴンの背ではるか地上を見おろし、天高く飛ぶ竜騎士たち。家に遊びにくる父の同僚たちはみな気さくで、幼いオーランドをかわいがり、時には稽古をつけてくれた。自分もあんな風になるのだと……。


 そのあと先生と何を話して、どうやって帰ったのかも覚えていない。ぼんやりしていたところで、弟とケンカになった。きっかけはささいなことだったのに、むしゃくしゃしていた気持ちがそのまま拳にうつったのだろう、手加減せずに殴り飛ばした弟の顔が苦痛にゆがむ。


 ハッとするヒマもなかった。次の瞬間にはごうという音とともに、オーランドの体が庭にふっ飛ばされていた。


 気がついた時は庭にひっくり返って、澄み切った青空を見あげていた。きっといつものパトロールだろう、おたけびをあげながら舞う白竜はうんと高く飛んでいて、乗っているのがダグかどうかもわからない。


 空のような蒼玉の瞳を持つ弟のライアスが、蒼白な顔でオーランドをのぞきこんでいた。


「兄さん、ホントにごめん。俺、うっかり魔力を使っちゃったみたいで!」


 泣きそうな顔で必死に謝る弟の後ろで、家からでてきた母のマグダがのんびりと言う。


「あらあら、そろそろライアスにも魔力制御の腕輪がいるかしらねぇ」


 いつも兄弟げんかをすれば、真っ赤な顔で悔しそうに向かってくる弟が、今日に限ってはオロオロと母の顔を見て取り乱している。


「俺、そんなつもりじゃなくて。兄さんがケガするなんて!」


 ――ケガ?


 痛みはまったく感じず、オーランドがあたりを見回せば、金の髪がパラパラと落ちていた。額に手をやると前髪の一部が短くなっていて、指に赤い血がつく。マグダがしゃがんで額の傷をしらべた。


「ざっくり切れたわけじゃないし、だいじょうぶよ。かまいたちが目に当たらなくてよかったわ」


「かまいたち……」


 かまいたちは風の属性。そういえばライアスがはしゃぐと、そのまわりでときどき木の葉が踊る。


「俺っ、消毒薬とってくる!」


 バタバタと家に駆けていく弟を見て、オーランドは悟った。


(あいつは竜騎士になれるんだ……)


 不思議と悔しくも悲しくもなかった。





 二度目は……そう、サラサラした輝く銀髪に黄昏色の瞳をした少年だった。


(まるでミスリルみたいだな)


 初対面の時はそう思った。月の光を閉じこめたような銀色は、竜騎士たちが着る鎧の色と同じ。


 ライアスと同級生だというが、体格は成長期前の子どものそれで、声も澄んだボーイソプラノをしている。細い体にそれほどパワーがあるとも思えず、最初は軽くいなすつもりだった。


 こんな小さな子にまさか……と思ったが、オーランドはあっさり負けた。オドゥに体術を教わったらしく、体の大きさを生かして懐に飛びこみ、くりだす打撃は強烈だった。小さな拳に風魔法を乗せていたとは後で知った。


「まいった。俺も弱くなったな……」


 鍛錬も大切だが、そのころのオーランドは、文官になるための勉強時間を増やしていた。体がなまっていたのかと、鍛錬メニューの見直しを考えていると、レオポルドは首を横に振る。


「違う」


 さらりとした銀髪から、それだけで光がこぼれた。


「あなたはとても強い。だから僕は勝てた」


「どういうことだ」


 意味がわからなくて聞き返したオーランドに、レオポルドはぽつりと答える。


「強い人には負けたくない、から」


 色素の薄い唇をキュッとかみしめ、大きな黄昏色の瞳はいつもより強い光を放つ。


「負けるのは悔しい。踏みつけにされるのは、絶対にイヤだ」


 そういって拳を握る姿に、やっぱり悔しいとは思えなかった。淡々としているレオポルドは、ライアスのようにぼうぜんとはしていなかった。自分の勝利を知ってもなお、強くなりたいと思っている顔だった。


(俺は負けても悔しくないから、強くなれないんだろうな)


 オーランドはふと思った。

コミカライズを見たい!楽しみ!と思われましたら、どうか評価ボタンをお願いします!

なろうで読める『魔術師の杖』シリーズはページ下部のこのイラストからどうぞ。

挿絵(By みてみん)

(イラスト:よろづ先生)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆MAGKAN様にてコミカライズ準備中!続報をお待ちください☆☆
WEBコミックMAGKAN

☆☆『7日目の希望』NovelJam2025参加作品。約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
9巻公式サイト
『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天

☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
シリーズ公式サイト

☆☆作詞チャレンジ(YouTubeで聴けます)☆☆
↓「旅立ち」↓
旅立ち
↓「走りだす心」↓
走りだす心
↓「ブルーベルの咲く森で」↓
ブルーベルの咲く森で

↓「恋心」↓
恋心

↓「Teardrop」↓
Teardrop
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ