494.リョークの過去
後半、書き直しました。
リョークは拳を握りしめたまま、うつむいてポツリポツリと話しだす。
「俺は……グワバンで修行して魔道具師になったんでさ。そのまま働くつもりだったんだが、親父が病気になって、畑の面倒を見る者がいねぇから町へ戻ってきた」
町に魔道具店を開き、リョークは畑の世話をしながら父親の通院や看護を続けた。
「領主のガルロシュ様はそんな俺に目をかけて、『町で唯一の魔道具師だ』と領主館に置かれた魔道具の手入れや、いろいろな仕事を任せてくださった」
「だから地方の魔道具師にしては、手馴れていたのか」
握りしめていた拳を開き、指を動かしながらリョークは苦い笑みをこぼす。
「今はもう……手が言うことを聞かねぇが、当時は俺も一生懸命やっていたから」
リョークはもういちど食器に描かれたリコリスの紋章を見つめ、懐かしそうな眼差しでぐるりと室内を見回した。
「たびたび領主館にお邪魔した俺のことを、『灰色の貴婦人』と呼ばれたアメリア様も、かわいがってくださって……俺もよくここで庭を見ながら、お茶をご馳走になったんでさ」
「灰色の貴婦人?」
アナが口をはさんで、リョークはうなずいた。
「そうです。やわらかな灰色の髪に穏やかな眼差しで、ヌーメリア様が店にお越しになった時は、息が止まりそうになった」
店の入り口に立ち、まばたきをしてリョークを見つめる灰色の瞳は、まさしくアメリア・リコリスで。
「動けませんでした。そのまま力が抜けて立っていられなくなって……俺はヌーメリア様の顔も見られず、ひたすら謝り続けた」
「ヌーメリアもそれを知っておるのか」
「へぇ。全部、洗いざらい話しました。ガルロシュ様が従弟からプレゼントされた、真新しい魔導車でアメリア様と出かけられたときも、俺がそれを整備して……どこもおかしなところはなかった。けれど事故が起きてブレーキが利かなかったと。俺は事故の残骸を持ち帰って調べて……そしたら魔導回路の一部がすっぽり抜け落ちてて。俺は気づかなかったんです!」
「それは今もあるのか?」
カータ副団長の問いに、リョークはうなずいた。
「はい、俺の工房に。ヌーメリア様は何だか複雑な形の魔法陣を使って、それを調べておいででした」
「……レブラの秘術を用いたか」
何かに耐えるように唇をかみしめ、それでもリョークは言葉を絞りだした。
「領主様を死なせた魔道具師の元に、仕事を持ってくるヤツなんかいない。それでも親父の世話があったから、俺はこの町を出ていかず、畑仕事で何とか食いつないで……でもしまいには酒ばかり飲むようになって、腕はすっかりなまっちまった」
「リョークさん……」
うなだれるリョークにアナが声をかけたところで、カーター副団長はふたたびグリドルのスイッチを入れると、鍋に具材を放りこんだ。
「リョーク、どれだけ悔いても過去は変わらん」
「へぇ」
すぐにクツクツとあぶくを立てはじめた鍋から、副団長はそっと白い細かな泡となって集まるアクをすくう。
「だが未来は変えることができる。前を向け」
「そうよリョークさん、あなたにはまだやることがいっぱいあるんだから」
アナがリョークを励ますと、リョークは両手で潤んだ目を隠すようにして、手のひらでゴシゴシと顔をこすった。
「ヌーメリア様と同じだ。ヌーメリア様も俺の話を優しく聞いてくださって、同じことを。それから『工房を片づけ私たちを手伝ってほしい』と……夏祭りの準備を。それで俺は忘れかけていた、魔道具師への情熱を思いだしたんです」
「それで花火というわけか」
「俺が魔道具師になったのは、だれかが喜んでくれたからだ。ずっとずっと……『俺がガルロシュ様やアメリア様を死なせた』と後悔してて。それでも花火を町のみんなが楽しんでくれて。俺にもまだだれかを喜ばせる力が残っているんだと」
目に力が戻ってきたリョークに、副団長は重々しくうなずいた。
「手を動かせ、リョーク。死んだ領主たちやヌーメリアに償うとしたら、お前にはこの町で魔道具師を育てる義務があると思え」
そう言って副団長は冷めてしまったリョークの取り皿に、加熱の魔法陣をかけて温めた。
「へ、へぇ」
リョークは手を伸ばして器をとり、おずおずと火の通ったディウフを口に入れる。味の沁みたディウフは口の中でほろりとほどけた。
「すまねぇ、すまねぇガルロシュ様、アメリア様……」
長年抱えていた胸のつかえがとれたのだろう、泣きながら食べ、食べながら泣く。リョークの年は四十ぐらいだろうか、カーター副団長とあまり変わらない。どちらかというとクマみたいな大男が泣きながら、それでも鍋をつつくのをやめない。カディアンは気の毒になってリョークの背中をさすった。
「う、うまい、です……ぐすっ」
「そうだろう、私のダシは海猫亭秘伝だからな!」
「ホントにうまい……止まらねぇ」
「そうだろう、そうだろう!」
「あなたったらホントすごいわねぇ」
得意そうなカーター副団長をアナがほめそやして、広間にはホッとした空気が漂った。
副団長はアナとメレッタの顔を見た。
「私は明日、リョークの工房を見てこようと思う。家族旅行なのにすまないな」
「いいのよ。スタッフの人たちを帰しておいてよかったわね」
アナはのんびりと答え、メレッタもうなずく。
「そうよ、ヌーメリアさんのことなら、私たちだって無関係じゃないもの。カディアンだって気になるでしょ?」
「ああ。オーランド、この件は既に調査済みか?」
カディアンが硬い表情で補佐官のオーランドを振りかえると、淡々とした答えが返ってきた。
「はい。夏にヌーメリアの依頼で、テルジオが補佐官をひきつれて精査しましたから」
「そうか、では報告書は……」
「ここではなく王都にございます」
「では取り寄せてくれ。テルジオが調べたのなら、兄上もご存知だろう。俺も知りたい」
銀縁眼鏡をキラリと光らせて、オーランドは眉をひそめた。
「研修の内容には入っておりません。余暇を潰すことになりますよ。まだ殿下は成人されておりませんし、そこまでなさらずとも」
「いい。兄上ならぜったい首を突っこむ。俺はあの兄上が考えることを、先読みしなきゃならないんだ」
「……かしこまりました」
夕食の後、カディアンはオーランドと領主の書斎だった部屋で、領地運営の研修を受けた。各地からあげられる陳情への対応、税収を記した帳簿の見方、領内を流れる河川の管理や街道の整備……領主や執政官の仕事にはさまざまなものがあり、小さくても国家の運営とそう変わらない。
「うへぇ……」
朝の鍛錬で体を、昼は魔道具の修理で手を、そして今は研修に頭を使う。ヘトヘトのカディアンは弱音をこぼした。
「こんなの、兄上はやってなかったよな」
「ユーティリス殿下は在学中に済ませられたそうです」
「これを⁉」
「そうです。殿下もしっかり励んでください」
さらりと告げられた内容に絶句していると、さらにドサドサと数冊のファイルが積まれた。
「兄上がすごすぎるんだよ!」
「あやつは別にすごくはない。研究棟に来たときは、ただの子どもだった。オーランド、ちょっと確認したいことがある」
「何でしょう」
書斎に入ってきた副団長とオーランドが、部屋のすみで遮音障壁を使って話しはじめ、カディアンはとりあえず出された課題を片づけるのに集中した。
もしもふたりの話が聞こえていたら、驚愕していただろう。
「どこまでやるつもりだ」
慣れた手つきで遮音障壁を展開したオーランドに、副団長はギロリと視線を向けた。
「どこまで、とは?」
「とぼけるな。竜騎士修業に執政官の研修……王太子の対抗馬として育て、国王にでもするつもりか」
「…………」
「メレッタも巻きこまれることになる。答えろ!」
副団長の怒号に、オーランドはかぶりを振った。
「国王にするのではありません。『国王になれる人材を育てろ』、そう陛下と王太子殿下から命じられております」









