492.カディアンがんばる
よろしくお願いします!
旧リコリス邸領主館は、王都より派遣された執政官の公邸となっていた。冬期休暇で執政官は王都に戻り、代わりにカーター一家がカディアンやオーランドと一緒に滞在している。
朝起きればカディアンは、オーランドと庭で日課の鍛錬をはじめる。
「ふむ、体もだいぶ温まってきましたな」
「あのさ、俺は錬金術師団に入団するから、もう竜騎士になる修業はしなくてもいいんじゃ……」
おずおずとカディアンが言えば、オーランドは銀縁眼鏡のつるをクイッと持ちあげ、キラリとレンズを光らせた。
「レオポルドもアガテリスを駆ります。錬金術師がドラゴンに乗っても問題ありますまい」
「へっ⁉」
サーッと青ざめたカディアンに、オーランドは眼鏡を外してケースにしまうと、さらに追い打ちをかけた。
「念のためアーネスト陛下やユーティリス殿下にも相談しましたが、『かまわん』『カディアンならやれるだろ』と仰せで」
「父上も⁉兄上まで⁉」
いつのまにかカディアンの知らないところで、彼の竜騎士修業が決定していた。ガシッと両の拳を打ちつけ、オーランドの全身から闘気が立ち昇ると、彼の背丈は何倍にも増したように見える。
「不肖ながら私、留守がちだった父に代わり、ライアスの鍛錬も行いました。必ずや殿下を竜騎士以上の竜騎士にしてみせます!」
「いや、俺は……」
それよりも花のスケッチをしたり、メレッタの花飾りを編んだりしたい。せっかくの旅行だしメレッタともうちょっと、いろんなことをしてみたい。
だが妄想にひたるヒマもなく、オーランドの目がクワッと見開かれた。
「構え!」
「はひっ!」
反射的に体勢をとったカディアンに、すかさずオーランドが肉薄する。
「でやああああぁーっ!」
「ひいいいぃっ!」
鍛えあげた拳が矢継ぎ早に繰りだされ、その素早い動きにカディアンは悲鳴をあげた。
「やっ!とうっ!ていっ!」
「いやっ、待って!やめてっ!」
泣きそうになりながら鍛錬の成果か、全部ガシガシと受けとめるカディアンに、オーランドの目がまさしく野獣のごとくギラついた。
「まだまだぁっ!」
「うごおぅっ!」
オーランドの拳がみぞおちに決まり、吹っ飛んだカディアンの体は庭の木にぶつかって転がった。
「お立ちください、殿下。それでも〝赤の儀式〟をこなした王族ですか」
「ひいいぃ!」
指をバキバキ鳴らしながら近づいてくるオーランドに、腹をさすってカディアンは気絶したくなった。
庭で繰り広げられる激しい鍛錬を、朝のお茶を飲みつつ室内からぬくぬくと鑑賞するのが、アナの日課になっている。
「ふたりとも熱心ねぇ」
「ああいう時のオーランドさんて、ふだんと別人よね」
そう言いながらメレッタも、朝食のパンをぱくりとかじった。
「それにしてもすごい量の魔道具ねぇ」
夏に晩餐会が開かれた広間で、アナは目を丸くする。リョークというリコリス在住の魔道具師が、申しわけなさそうに頭をポリポリとかく。
「すまねぇ、執政官の旦那がおふれを出したもんだから、町中から集まった魔道具が、俺んトコの工房に入りきらなくて」
カーター副団長が重々しくうなずいた。ヌーメリアは夏に修理した魔道具を、ちょっと見てもらいたいと依頼しただけだが、壊れた魔道具を見ると放っておけない性分の彼は、最高に燃えていた。
「問題ない。足りない部品はオーランドが手配するし、メレッタやカディアンにも手伝わせる。私の技術も衰えておらんことを見せてやるわ!ふはははは!」
そう言って悪役笑いをしながら、クオードは手にした魔道具をサクサクと仕分けしていく。カディアンの前にはどんどん壊れた魔道具が積まれた。
「こ、こんなに?」
青ざめるカディアンに、クオードの檄が飛ぶ。
「口を開くヒマがあれば、さっさと手を動かせ!」
「は、はいっ!」
たしかに考えるヒマはなかった。マウナカイアの海洋生物研究所にあった魔道具と違い、リコリスの町から集められたものは雑多だ。ひとびとが生活で使うものもあれば、農作業で使われる物もある。
「ありがとうございます殿下、俺も手伝いますんで」
カディアンに頭を下げるリョークに、アナが心配そうにたずねた。
「でもリョークさん、あなたもお休みなんじゃ?」
リョークはへへっと笑った。
「俺は今までがずっと休業してたようなもんで。王都の魔道具師から技術を盗むいい機会だし、俺もそろそろ弟子を取ろうと思ってまして。この町には魔道具店が一軒しかねぇから、グワバンまでみんな行っちまう」
「そんなご事情がおありなのねぇ」
「でもヌーメリア様が戻ってこられて、アレク様は王都で学ばれるというし、リコリスの町だって悪くねぇ。王子様がやってきて修理した魔道具なんて、みんな家宝にしますよ!」
「家宝とかそんな……」
顔を赤くしたカディアンに、メレッタがにっこり笑いかけた。
「だいじょうぶよ、カディアンはいつも仕事がていねいだもの」
仕事はあるものの、ようやくメレッタと過ごせるから、魔道具を手にしたカディアンの気分はちょっと浮き立つ。
「うん、俺さ……あんまりほめられたことなくて。いつも『すごい』ってほめられるのは兄上で、俺は『カディアン殿下はそれでいいですよ』って。『それでいい』って……及第点なんだろうけど、何やってもパッとしなくて」
「そんなことないと思うけど……」
たしかにカディアンは王子様だという以外に、学園で目立っていたかというとそうでもない。レナードやアイリのほうが優秀だったし、体術はグラコスが強かった。
「でも絵を描いたり、レース編みにもチャレンジしたりして気づいたけど、俺……手を動かすのが好きなんだ。だから魔道具の修理も楽しいし、やっぱりカーターさんはすごいよな」
(やだ、可愛い……)
くしゃりと照れたように笑うカディアンがすごく可愛く見えてしまい、メレッタは不満そうに唇をとがらせて文句を言った。
「……カディアンてばずるい」
驚いたカディアンは慌てて食いさがる。
「えっ、なんで俺が『ずるい』んだよ。兄上にもよく『お前はずるい』って言われるんだ。どうしてなのかずっと気になってて……教えてくれよ!」
「知らないっ、ユーリ先輩のいう通り、ホントずるいわ!」
「ええええ⁉」
ほほを染めてプイっとそっぽを向いたメレッタに、わけもわからずカディアンは青くなった。












