490.竜騎士レオ
なんとマッグガーデン様よりコミカライズ決定しました!
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「それがジェイさん?」
「職業体験で塔にやってきたこいつは、まだほんのチビだった。魔力の制御に苦労していて、護符で固めなければ、まともに生活もできなかった。だが入団してきたときには、すでに化け物だった」
「化け物……」
はじめて会った時、レオポルドもわたしのことを『化け物』と呼んだ。ふり向いたジェイが自分の手をひらくと、そこからきれいな魔法陣の陣形がふわりと浮かぶ。
「こいつに広域魔法陣を教えたのは俺だ」
天候すら操る広域魔法陣をレオポルドに教えたのは、師団長のローラではなくジェイだという。
「魔力の強さ、それを制御する力、術式を構築するスピード……どれが欠けても成り立たない。魔力の強さはこいつが上だが、塔での経験は俺のほうが勝っていた」
「じゃあジェイさんには、ずいぶんとお世話になったじゃない」
そのわりに偉そうなレオポルドに文句を言うと、彼は無表情に首をかしげた。
「あれは世話になったというか……」
「まぁ、ちがうな。俺は単に自分の力を見せつけようとしただけだ。その時点で俺も冷静じゃなかった。自分より下だと思っていた相手が、脅威となって立ちはだかる。このままでは師団長になれないという焦りがあった。ローラ・ラーラもお前を可愛がったしな」
「…………」
「レオポルドはジェイさんのこと意識してた?」
精霊のように超然として見える彼は、少し昔を思いだすように遠くを見た。まばたきで薄紫の瞳は複雑に色を変える。
「いいや。今なら私にもジェイの気持ちが分かるが……当時はローラの指導についていくだけで必死だった」
「だれだって負けたくない。だから自分に有利な条件で勝負を持ちかけた。師団長たちが魔力を捧げる竜王神事に倣い、魔力勝負をした。容赦なく叩きのめすつもりでな。結局、叩きのめされたのは俺だ」
「それはちがう。あれの勝負はついていない」
レオポルドはわずかに眉を寄せて、ジェイの言葉を否定した。
「どういうこと?」
「たがいの魔力圧に耐えながら、魔法陣を維持するのは集中力を要する。神経をすり減らす勝負でジェイの陣形がほころび、端から崩れていった。その時点で続行不可能になった」
淡々と語るレオポルドに、黒髪の元魔術師は吐き捨てるように言う。
「俺のほうが実力は上だった」
「ああ」
静かに彼の言葉にうなずくレオポルドを、ジェイは意外そうに振りかえる。
「否定しないんだな」
「魔術師としての力は、実戦経験もあるジェイのほうが、まちがいなく上だった。学園時代は己の魔力に振り回され、いつもギリギリで耐え抜いた。とっさに魔力の制御が狂わなかったのはそのためだ」
ジェイは肩をすくめた。
「……結果がすべてだ。自分のミスに動揺した俺の術式は崩れ、情けないことに魔力暴走をひき起こした。しょせん師団長の器じゃなかったんだ。数ヵ月療養して……そのまま復帰せず、俺は塔を辞めた」
「それがなぜピュラル農家に?」
わたしの質問にジェイはようやくニヤリと笑った。
「俺は食事をする気力も失って、ただ医局のベッドで寝ていた。ピュラルだけが食えたんだ。もう一生これだけ食って過ごそうと思ったら、栽培するのがてっとり早いだろ」
「なるほど」
わたしはピュラルの実を眺める。野生のものとちがい、きちんと手をかけて育てられた果物は、ジェイが真面目に取り組んだ結果だろう。
「それに塔でさんざん努力して、それでもうまくいかなかった。まったく違うことをやりたくなった。世話になったローラには悪いが、俺は今の生活が気にいっているし、塔に戻る気はない」
それまで黙って話を聞いていたライアスが声をあげた。
「待ってくれ。たしかにレオポルドたちは、ようすを見て来てくれとローラ・ラーラに頼まれはしたが、きみを塔に呼び戻せとは言われていない」
「……俺は魔術師団というものをよく知っている。師団長が何の目的もなく動くことはない。それはローラにもレオポルドにも言えることだ」
「レオポルド、そうなのか?」
「…………」
ライアスの確かめるような問いかけにも、レオポルドは無言のままだった。ジェイは先に立つと今来た道を戻りはじめた。
「すくなくともこいつは、ローラ・ラーラの意図を理解しているはずだ。俺がそれに乗りたくないってのもな」
「ローラ・ラーラの意図?」
ジェイのいうことがわからず首をかしげると、彼は困ったように笑った。
「俺の口からは、ちょっとな。こんな土地だからモイラは客をもてなすのが好きだ。メシを食ったら帰ってくれ」
家に戻るとそのまま、海に面したバルコニーに通される。モイラは山積みになったピュラルの実を指さした。
「ドラゴンたちにピュラルの実をあげてもいいかしら?」
「かまいません。ありがとうございます、レディ」
ライアスがさわやかな笑顔を見せると、照れたモイラは恥ずかしそうに、両手で自分のほほを押さえた。
「やだ、レディなんてガラじゃないわよ。うれしいわ、ドラゴンにピュラルを食べさせたなんて、実家の父さんに自慢できるわね」
「お父さん?」
「父もピュラル農家なの。父が経営している果樹園に、ジェイが『栽培法を教えてほしい』と訪ねてきたのよ。それが縁で結婚したの」
そういってモイラはピュラルの実を、パカッと開いたミストレイやアガテリスの口に放りこんでは、きゃっきゃと無邪気に喜んでいる。
「……女性の好みもだいぶ変わったのだな」
とんでもないことを言いはなつレオポルドに、ジェイの顔色が変わった。
「おまっ、ここで塔時代の話を、ひと言でも話したらぶっ殺すぞ」
「話す気はないが、今のお前では殺せまい」
「聞こえてるわよ、ジェイ」
そのひと言でジェイを黙らせたモイラは、わたしにウィンクして大きなスープ鍋から、湯気を立てるキルシュを器に注いだ。
「ごめんなさいね、ジェイったら口が悪くて。でも天気がいいし、日当たりのいいベランダで食事ができるよう、彼が寒さ対策の結界を張ったのよ」
「たしかに……ひなたぼっこしているみたいにポカポカです!」
「でしょう。私たち仕事が終わると夕方は、いつもここでぼんやり海を眺めるの。ジェイはここからの景色が大好きだから、みなさんにも見てもらいたいだろうと思って」
「そう言われたら俺がまるで、のんびりしたヤツみたいだろ」
不思議だけどジェイもモイラの前では、すねた子どもみたいになる。
ムンチョのから揚げにピュラルの汁を絞って食べ、ピュラルの輪切りを漬けた、温かいスパイス入りのホットクマルはまろやかで、わたしたちは話し好きなモイラと、王都やタクラの話をしながらなごやかに食事をした。
めいめいの皿がカラになり、魔力持ちの食事らしく浄化の魔法を使って皿をきれいにしたあと、レオポルドはおもむろに話を切りだした。
「術式を構築し、己の魔力を極限まで高めていく……そんな塔での暮らしとはまったく違う。ここに根を下ろし、果樹園を守っていきたいという意志は理解した。だがそれを曲げてもジェイ、お前に助力を乞いたい」
苦い顔をしたジェイは目をつぶり、大きく息を吐きだした。
「やっぱりそう来たか。いいか、俺はここで果樹園を守るという……」
「ジェイ、行ってらっしゃいよ」
彼の言葉を途中でさえぎったモイラは続けた。
「やり残したことがあるんでしょ、魔術師として。師団長自ら訪ねてくるなんて、あなたも感じるものがあったはずよ。果樹園は実家に連絡して手伝いを寄越してもらうわ」
「モイラ……」
「ジェイ、頼む」
レオポルドが頭を下げて、モイラへ言い返そうとしていたジェイは凍りついた。顔をゆがませ、握った拳を震わせると、テーブルをドンと叩く。
「あのクソババァ……お前が頭を下げたら俺は断らない、そう見越してやがったな」
「ジェイ」
たったひと言、レオポルドは呼びかけただけだった。それをギロリとにらみ返してジェイは続ける。
「レオポルド、塔で過ごしていた頃の俺は、ホントの俺じゃなかった。『そうありたい』と思い描いていた理想の姿ではあったが……力も才能も何もかも失った俺に残されたものは、唯一……ホントの俺自身だけだった」
「ああ、理解できる」
「……錬金術師団長」
「はいっ!」
突然呼びかけられたわたしが背筋を伸ばすと、ジェイはさっきまでとは打って変わって、キビキビとした調子で話しだす。
「ヴェリガンと緑の魔女をここに寄越してくれ。数日で引継ぎを終えたら、タクラに出頭する。それでいいな?」
「は、はいっ!」
そこでようやくわたしは気がついた。
(この人、レオポルドに似ているんだ……)
魔力を使う時のクセや、厳しい顔をした時の目の光……瓜二つというほどではないけれど、何となく思い起こさせる。
そんなことを考えていると、ザッとレオポルドが立ちあがり、ライアスもそれに倣った。
「では用は済んだ。モイラのもてなしに礼を言う。タクラに戻り、ラーラに報告する」
「私からも礼を。ミストレイやアガテリスもピュラルの実に満足したようだ」
「あっ、わたしもごちそうさまでした。ピュラルかきも楽しかったです!」
ほほえんで聞いていたモイラは、最後に慌ててあいさつしたわたしのセリフに目を丸くした。
「あなたったら、師団長にそんなことやらせたの?」
「やるとは思わなかったんだよ」
むすっと答えて、ジェイはわたしの顔をじっと眺めた。
「ようやくわかってきたぞ。そもそもあんたが災厄の原因だな」
「わたし⁉」
ジェイの言うことがさっぱりわからない。けれどレオポルドは彼にうなずいた。
「理解が早くて助かる」
何で⁉
その後タクラに戻ったわたしたちは、ローラにジェイと会って果樹園で過ごしたことを報告して、ヴェリガンと緑の魔女をライアスが送り届けた。
数日たってからジェイがローラを訪ねてきたその意味を、わたしがようやく知ったのは船の甲板でだった。
「ネリア、きみに同行する竜騎士レオナルドを紹介する」
「は?え?は?」
ライアスに紹介されたのは黒髪の、数日前にみんなと食事をした男性で……だけど彼は魔術師だったはず。
「マイレディ、我が剣をあなた様のために使うお許しを。どうか『レオ』とお呼びください」
レオナルドと紹介された竜騎士はスッとひざまづき、わたしが着ているローブのすそに口づけを落とす。
「えっ、レオ……?」
聞き覚えのある声にぎょっとしてライアスを見れば、彼は少しだけ困ったような顔でわたしに告げる。
「カーター副団長の考えだ」
「えっ、カーター副団長の⁉」
慌ててローラといっしょにいるはずの、わたしの婚約者を振りかえれば、銀髪を背に流した男が仏頂面で立っている。
「こんな時に魔術師団長を務められる人物と言ったら、こいつだけだからね」
銀の魔術師は胸に手を当て、ていねいに頭を下げた。黒いローブの胸にある煉獄鳥の魔石も、いつもつけているもので。そう、いつもの彼なのに……。
「お帰りをお待ちしております。ラーラ前師団長」
「ん。頼んだよ」
いや、そうではなく。わたしのそばに竜騎士として立っているのは……本来はあかん人では?
サルジアに狙われているかもしれない銀髪の……。
口をパクパクして言葉がでないわたしに、黒髪の竜騎士レオはにっこりと涼しげな笑みを浮かべた。
「どこまでもお供しますよ、マイレディ」
いや、そうではなく……。それじゃあかんのでは?
ねえっ、ホントにそれでいいの⁉
内心パニックになっているわたしの気持ちなどお構いなしに、船はタクラを離れた。
よろづ先生からもお祝いイラストをいただきました!ありがとうございます!
いっしょに作品を創りあげてきただけに、『キャラクター原案よろづ』とクレジットされるのが本当に嬉しいです。
果たしてコミカライズで読者さんは喜んでくださるだろうか……正直迷いました。出版社まで出向き、なろう版を最新話まで読破しての打診と伺って決意しました。
1巻分を1年半かけて連載して頂けるそうです。その先は評判次第……ということで目指すは10年連載!(7巻ラストまでそれぐらいかかります)
そちらの準備もありまして、更新が不定期ですみません!(平伏
タクラ編の改稿も8巻発売までには終わらせます。
8巻の表紙はオドゥとユーリで行くと、よろづ先生にもお伝えしています。
あと1,2巻の改訂作業を進めています……〆(・・;)
購入済みの電書は自動的にアップデートされます。
紙書籍はすみません、稀少な初版ということでご容赦下さい。
裏で何かしら作業はしているので、ご意見ご要望はいつでもどうぞ!
やる事いっぱいですが、ひとつひとつ片づけていきます(^^)9









