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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪
番外編

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488/560

488.ジェイの果樹園

短編集①が4/26に発売されます。

8、9巻も制作決定!

皆様の応援、本当にありがとうございます!

発売日にはもうひとつお知らせがあります。

 タクラ郊外にあるという果樹園までは、ドラゴンの翼だと一瞬だった。わたしたちは上空を周回して、タクラ湾を望む崖にぽつんと建つ一軒家を見おろす。


 金色の実をつけた緑の樹々に囲まれ、海に面したバルコニーがある二階建ての家に、ジェイは暮らしているらしい。わたしはアガテリスの背から身を乗りだす。


「家はあれだけだね」


 指させばレオポルドはアガテリスを駆りながら、徐々に高度を下げていく。


「この辺り一帯がジェイの果樹園だ。崖の下に小さな波止場があるだろう、あそこから収穫したものをタクラに運んでいるらしい。魔力持ちならではの器用さだな」


「魔術師って、ずっと魔術師なのかと思ってた」


「そんなことはない。ジェイのような例は珍しいが、塔を辞めて魔術学園の教師に転職した者もいる。竜騎士はもっと早く四十ぐらいで職を辞す。よほどのことがなければ、どちらも転職先には困らない」


「へぇ、意外と流動的なんだ」


「ああ。だが一介の魔術師なら転職もできるが、師団長だとそうもいかない」


 地表を見つめていたわたしは、そのひと言に顔を上げた。


「そうもいかないって?」


「どうしたって国家の中枢にかかわるから、簡単には辞められない。だからライアスもためらった」


「ライアスが竜騎士団長になるのをためらったの?」


 アガテリスの脚が大地をとらえる。着地の衝撃は思ったよりも少なく、レオポルドが竜騎士としてもきちんと訓練を受けたのが分かった。


 アガテリスが翼をたたむと、息をついた彼はゆるく首を振る。


「いいや、竜王戦を制して竜騎士団長になるのは名誉なことだ。それについては覚悟もしていたろう。だがおそらくきみには、師団長を続けてほしくなかったろうな。私も最初きみには、いろんな選択肢があると思っていた。今では『選択肢はない』と言ったきみの事情を理解しているが」


 そう言って目を細めたレオポルドは、ライアスに合図を送って固定具を外すと、わたしの体を抱きかかえてドラゴンから飛び降りた。


「ちょっ⁉」


 てっきり地上に転移するかと思っていたのに、空中にいくつもの魔法陣が展開し、レオポルドは必死にしがみつくわたしを抱えて、ゆっくりふわふわと着地した。


「ねぇっ、飛び降りる必要あったの⁉」


 風にあおられた銀の髪が吹き流しのように上空に流れ、薄紫の瞳を輝かせたレオポルドは、わたしを抱える腕に力をこめる。


「きみがしがみつくほうが、うれしいし温かい」


「そのためだけに、びっくりさせないでよ!」


 しがみついていた腕を解き、わたしがポカポカと彼の肩を叩いても、ちっとも響かないようだ。筋肉強化もしていない魔術師のくせに、何でこんなにがっちりしてるんだろう。


 一部始終を見ていたライアスが、軽々とミストレイから飛びおりてレオポルドに話しかける。


「楽しそうだな」


「着地を楽しめるように術式を工夫してみた」


 いやいや、わたしはちっとも楽しくないから!


「ネリアはそうでもなさそうだぞ?」


 気づかうようにわたしを見おろすライアスに、レオポルドの腕の中で硬直したままコクコクとうなずくと、レオポルドは驚いたように目を見開いた。


「あれだけライガを乗りこなすくせに、飛びおりるのが怖いのか?」


「ライガは座っているだけだもん。墜ちるとしても一瞬だし」


「その感覚もどうかと思うが……」


 ライアスが苦笑していると家からでてきた、長い黒髪をひとつにまとめた男が、わたしを地面に下ろしたレオポルドに顔をしかめる。


「ドラゴン二体の来訪とは何事か……と思えばお前か、レオポルド」


「ひさしぶりだな、ジェイ」


「ミストレイもいるってことは、そっちは竜騎士団長だな」


「ああ。ライアス・ゴールディホーンだ。よろしく頼む」


 不機嫌そうにライアスも見たジェイは、アメジストのような濃い紫の瞳で、わたしに探るような視線をよこした。


「で、そっちのケサランパサランぽいお嬢ちゃんは……」


「私の婚約者だ」


「こん……」


 驚いて絶句したジェイに、レオポルドは無表情にうなずく。


「婚約者のネリア・ネリス錬金術師団長だ」


 ジェイが信じられないといったようすで、わたしたちふたりを見比べる。


「ケサランパサランが錬金術師で……しかも師団長で婚約者ってお前……対抗戦で錬金術師団に負けて、その身を差しだしたってウワサは本当だったのか⁉」


「それはものすごい誤解ですっ!」


 とんでもない誤解をわたしは速攻で否定した。しかもなんでケサランパサランなんだろう。


(ハッ、もしかしてわたしの髪ボワボワなんじゃ⁉)


 あわてて頭に手をやれば、ドラゴンの背で風に吹かれたのがいけないのか、赤茶の髪がみごとなボワボワだった。


「いやあぁ、しょっぱなからわたし、怪しい人になってる!」


 待ってほしい。アガテリスから飛びおりる五秒前に戻って、人生をやり直させてほしい。


 びっくりしてレオポルドにしがみついてないで、エルサの秘法を使うんだった!


 もちろんそんなくだらない理由で時が巻き戻るはずもなく……。べそべそとエルサの秘法を使うわたしに、いまさらのように彼は首をかしげる。


「きみがどんな姿でも私は気にしない」


「わたしは気にするの!」


 黙っていれば『精霊のよう』と評されるヤツの隣に、頭ボワボワで立ちたくはない。


 婚約者とか死ぬほど恥ずかしいし、できたらモブでいたいのに!


 真っ赤になってレオポルドに言い返していると、ジェイが気まずそうに謝ってきた。


「失礼した、レディ。それにしてもよくこんなのと婚約する気になったな」


「あっ、えと……彼の愛情表現は分かりにくいですけど、そのっ、ちゃんとわたしに気持ちを伝えてくれているので……むしろ、わたしのほうがうまく言葉を返せなくて、困ってるというか」


 モゴモゴと返事をすれば、ジェイがヒュウと口笛を吹く。


「驚いたな。王都新聞を読んだ時は師団長同士の婚約なんて、絶対政略的なもんだろうと思ったのに」


 居住区でいっしょに暮らしはじめた頃には、こんなに心が変化するなんて思ってなかった。眺めるだけでよかったのに。


 そのとき家の中からクスクスと笑う声がして、茜色の髪をした女性が顔をだす。


「みなさん、果樹園へようこそ。妻のモイラです。ジェイ、お客様を果樹園に案内して差しあげて。戻ってきたら海を見ながらランチにしましょう」


「モイラ」


 返事はしたものの渋い顔になったジェイに、レオポルドは淡々と率直な感想を口にする。


「結婚していたとは意外だ」


「お前に言われたかないね。こっちだ、複数の品種を組み合わせて植えている」


 ぶっきらぼうに言い返し、ジェイは先に立って果樹園へと歩きだした。下草がなく、きれいに整地された土地に、等間隔をあけて黄金色の実をつけた樹木が植えてある。


「すごい……この木を全部ジェイさんが?」


「ああ、果樹栽培に適した土地を探した。日当たりがよくて、海のそばだから雨もよく降る。陸路は不便だが船を使えば作物も運べる。こんなところに果樹園を造ろうとするヤツは、俺ぐらいだから土地も安かった」


 ライアスが感心したように、崖からどこまでも続く果樹園を眺めた。


「これだけの広さで魔力持ちとなれば、領地持ちの貴族と変わらないではないか」


「領民がいないから貴族とは違うが、土地を管理するために魔力は役立っている。ほら、よく見ろ」


 ジェイの言った通り、果樹園のあちこちに魔法陣が敷かれていて、水やりや下草とり、虫除け……とさまざまな働きをしているようだ。


「すごい……ここ、ヴェリガンを連れて来たいかも」


 ヴェリガンの研究室で見る魔法陣は、植物に寄り添う感じだけれど、ここのは作物をきちんと育てるために作られたもので、魔術師だったジェイの描く魔法陣はとてもよくできていた。


「ヴェリガンといったらあの、塔を花だらけにしたヤツか?」


「花だらけは知りませんけど、ヴェリガンはすごいんですよ。対抗戦の最優秀殊勲者なんですから!」


 変な顔をしたジェイに、わたしがあわてて説明すると、彼は目をむいてレオポルドを問いただした。


「最優秀殊勲者ってお前……対抗戦であのヒョロヒョロしたのに負けたのか⁉だからその身を差しだしたのか……」


「それはものすごい誤解ですっ!」


 真っ赤になって否定するわたしの横で、レオポルドは気まずげにジェイから目をそらす。


「私も己の不見識を恥じている」


「俺もそれについては何とも言えないな」


 銀の魔術師と金の竜騎士……エクグラシアの誇る双璧が、ふたりそろってしょっぱい顔をした。

ページ下部にあるリンクから跳べる公式サイトでは、表紙となったヌーメリアとアレクのエピソード『青の少年』をお読みいただけます。よろづ先生の描かれたヌーメリア、優しそうですね!

『サイン本の企画はありますか?』というご質問を頂いたので、問い合わせてみました。

編集長「可能性としてなくはない」……とのことです!

ご要望は公式サイトからお送りください。

練習しながらお待ちしております...〆(・・*)

挿絵(By みてみん)

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