482.ドラゴンと飛ぶ
いつも書籍で書くライアスとレオポルドのやり取りを意識して書いてみました。
タクラの港湾事務所で、ライアスは贈りものを前に頭を悩ませていた。
「これらはどうすればいいと思う?」
「難しく考えることはない、刺繍入りタオルはマグダが喜ぶだろうし、魔導ペンは軽くてオーランドも使いやすそうだ。感謝状のたぐいはダグに送って、どう返事をすればいいか助言をもらうといい」
レオポルドは手際よく仕分けした贈り物の山を、ライアスに差し示す。
「私もこういった一方的に送りつけられる物が、想いを押しつけられるようで苦手だった。だが用意するほうにしてみれば、相手のことを考えて贈り物を探す時間も楽しいのだそうだ」
「ほう、これも楽しみのひとつというわけか」
レオポルドはこくりとうなずき、贈り物のひとつを手にとる。
「彼女への贈り物で頭を悩ませてから、私も少しだけその気持ちがわかるようになった」
「お前にしちゃ、たいした進歩だな」
ライアスは素直に感心した。無関心かつ冷淡にも思えたあのレオポルドが……という驚きがある。
かと思えば長いまつ毛を伏せて、精霊のような美貌の主は悩ましげなため息をついた。
「そんなことはない。彼女が何を喜ぶかさっぱり分からん。私が贈ったピアスやネックレスよりも、ボロボロのベストと割れた瑪瑙の乳鉢を大切にしているぐらいだ」
「何だそれは」
銀の髪をかきあげて、レオポルドはふっと笑った
「さぁな。だが私は彼女が喜ぶことを、ひとつだけ知っているから」
その笑みのやわらかさに、港湾事務所でも何人かがバサバサと書類をとりおとした。
ふだんのレオポルドをよく知るバルマ副団長とマリス女史がここにいたら、ふたりとも目を丸くしただろう。それか顔を見合わせて、ハイタッチでもしたかもしれない。
(やはりこれでよかったのだ……)
婚約したことでレオポルドは明らかに変わった。彼女ならこいつを幸せにしてやれる。そう確信したからこそ、想いを手放したのは間違ってはいない。
「俺としてはお前をからかうネタが増えるのは大歓迎だ。それで彼女につく護衛騎士の選定についてだが……考えは決まったか?」
黄昏色の瞳が一瞬揺らいだ。いつもなら決断が早い男も、この件に関しては決めかねているようだ。
「……迷っている」
ネリアには魔術師団からローラ・ラーラがつき、竜騎士団からも護衛騎士を派遣する。彼女との相性もよく信頼できる人物……候補は何人かいるが、ライアスはその決定をレオポルドにゆだねた。
「竜騎士はな、迷ったときはドラゴンの背で考えるんだ。お前もこい」
竜騎士ではないレオポルドに、ドラゴンの乗りかたを教えたのはライアスの父ダグだ。もちろんダグは竜騎士見習いならだれもがやる、ドラゴンの世話やエサやりまで彼にきっちりと教えこんだ。
だからレオポルドは海遊座に転移しても、竜騎士たちと同じように鱗の手触りや目の色でアガテリスの体調を確認し、その背にまたがって感覚共有を発動する。
ドラゴンは飛ぶだけで世界を把握する。
最初は奇妙な感覚だ。視野が一気に広がり、ほぼ三百六十度、世界を見渡せる。空を吹く風からドラゴンの嗅覚や聴覚、触覚を介して、いろんな感覚が流れこむ。
濃厚に感じるのは生き物の気配。タクラの街に暮らすひとびと、海を回遊する魚たち……港を飛び交うキール。エサかそうでないかぐらいの区別しかないドラゴンの感覚を、人間の情報で補っていく。
守るべきものと、そうでないもの。
エクグラシアにおいてドラゴンたちは、地上を見守る大地の守護者だ。竜騎士たちがそういう風に育ててきた。ドラゴンと感覚を共有する一方で、人間の感覚も与えて共存をうながしていく。
竜騎士たちがいなくなればドラゴンはいずれ完全な野生に戻り、〝竜王〟と呼ばれる群れの長が五百年前に交わした契約など、忘れてしまうかもしれない。
竜王ミストレイにまたがるライアスは、アガテリスを駆るレオポルドにエンツを飛ばした。
「海に潜るぞ」
「ああ」
レオポルドは短く返事をして、アガテリスに感覚を伝える。体はしっかりと固定具でドラゴンとつながっているから、波がうねる深く青い海に、タクラ上空からそのまま飛びこんだ。
金の竜騎士と銀の魔術師がそれぞれドラゴンの背に乗り、海中を進めば巨大な二匹のドラゴンにあわてて、魚たちが銀の鱗をきらめかせて逃げだした。
風を介して伝わっていた感覚が、水を介したものに変わる。地上よりもさらに無数の命がうごめく気配に、自分が人間だということすら忘れそうになる。
ふたたび海から飛びだして、しずくをまき散らしながら空へと舞いあがれば、海遊座に小さな人影が見えた。
「ライアス、レオポルドー!」
赤茶色のふわふわとした髪をなびかせて、ネリアが一生懸命手をふっている。銀と薄紫の刺繍がある、レオポルドに合わせたかのような白いコートを着て、耳につけた紫陽石のピアスがきらりと光った。
守るべきものと、そうでないもの。
彼女は……守るべきものだ。レオポルドの感覚は、まさしくアガテリスに伝わったのだろう。
「ヤーンさんにこっちだって聞いて。わぶっ!」
こちらに走ってきた瞬間、アガテリスの翼に抱きこまれて、小さなその姿は消えた。
しばらくしてもがくように翼の間から顔をだしたネリアは、アガテリスの首筋をなでながら、ふしぎそうに首をかしげる。
「もぅ、アガテリスは何でわたしを抱っこしたがるのかなぁ」
ネリアを抱っこしたがるアガテリスは、腹をなでてもらいたがるミストレイにくらべればまだマシだ。ライアスがそう考えていると、自分の首に手をやったレオポルドが彼女に教えた。
「私がよくやるから『楽しそうだ』と思ったのだろう。感覚共有で伝わるからな」
「えっ?」
ネリアの目がまんまるになり、光が射しこんだ瞳の輝きが増した。みるみる顔が赤くなり、おずおずとたずねる。
「えと……もしかして、レオポルドも楽しいの?」
「ああ」
こくりとうなずくレオポルドに、ネリアはぎょっとした顔をして後ずさる。
「腕広げて何待ちかまえてるんですか⁉」
「こないのか」
「いきません!」
真っ赤になって怒鳴りかえしたネリアは、そのまますっぽりアガテリスの白い翼に隠れてしまう。ライアスは心の中でツッコミを入れた。
(ネリア、レオポルドとアガテリスはまだ感覚共有中だ。つまりそれはレオポルドの腕に、すっぽり納まっているのと変わらない)
だがドラゴンの感覚越しだと、体格差もあって子猫でも抱いているような気分になる。心なしか肩を落としたレオポルドが、ライアスから見てもおもしろかった。
(うん、分かる。できたらナマがいいよな)
そんなことを考えていたら、銀の魔術師は無表情にぽそりと言った。
「これはこれで楽しいな」
(そういえばこいつは小動物が好きだった……)
子どものころからネコやウポポ、雪兎を見つけるとじっと観察し、逃げないとわかれば手を伸ばす。小さな体にふれてもいじるというより、ただその温もりを味わうようにしっかりと抱いていた。
ミニサイズのネリアを抱っこするような感覚を、ライアスと違ってレオポルドは楽しめるようだ。
ヴヲオオォ!
ネリアを抱きこむアガテリスのまわりを、ミストレイがのっしのっしと歩き回りながら、「自分もなでろ」と言わんばかりにうなり声をあげる。
ヴ……ウヲォッ⁉️
自分の腹にドスっと一発、拳を打ちこみライアスは共有を切った。












