481.魔女たちを驚かせたもの
3巻が発売して、今日でちょうど2年です。
夜にライアスとミストレイの話を投稿する予定です。
体がふわりと浮き、重力を感じなくなる。かと思えばボフッと雪山に突っこんで、わたしたちは雪だらけになりながらタクラの街を走り抜ける。
市場に建ちならぶ店のひさしを滑走すれば、びっくりした顔で二階の窓から見物していたおじいさんと目が合った。
「うわっぷ、口に雪が……っ!」
手が使えないから頭をぶんぶん振って雪をはらうと、レオポルドが小さく舌打ちをした。
「タイムロスした」
「そう思うんなら、まともなコース走ろうよ!」
「これはこれで、おもしろい」
「おもしろがるなあぁ!」
わたしが抗議する叫び声は、すごい勢いでうしろに流れていく。結局、わたしの耳にはレオポルドの声だけが届いた。
「あはははっ!」
彼は肩を揺らして笑っていた。街の傾斜を利用してスピードをつけ、建物の起伏を利用して冬の空に跳ぶ。移り変わる景色、目を丸くしてレースを見守る街のひとびと、真っ白な新雪にソリが鮮やかな赤い軌跡を描く。
きっと彼も楽しんでいる。だけど、だけど……肩を揺らしているから、笑っているんだろうと思えるのに。
(顔が見えなーい!)
それどころか風にあおられた彼の髪が、ベチベチとわたしの顔にあたる。視界がさえぎられるうえに、地味に痛い。それよりも!
(どんな表情なのよおぉ⁉)
しがみついているこの状態じゃ、肩越しに顔をのぞきこむなんてできないし、レオポルドに振り返ってくれとも言えない。
ガコン!
もう空中分解するんじゃないか、というぐらいの勢いで雪を蹴散らし、ソリがまたダイナミックに空を飛んだ。
「ひゃあああぁっ!滑って、お願いだから滑って。空を飛ぶんじゃなくて!」
「あはははっ!」
彼はまた肩を揺らして笑ってる。レースが終わったら、絶対文句を言ってやる。雪を降らす前の渋い顔はどこに置いてきたのよ!
ズシャアアアッ!
ソリは屋根ふたつを軽々と飛び越して、その向こうに雪煙をあげて着地した。あおりでその場にいた見物客が、何人か雪ダルマになる。
視界がひらけたとたん、コースをきっちり守って滑り切った、アンガス公爵夫妻が一着で港にゴールするのが見えた。
ゴール地点に待機していた三魔女は、見物客とおなじくびっくりした顔をこちらに向けている。
そこへすごい勢いでわたしたちのソリは突っこみ、ローラとフラウがそれぞれ金切り声をあげて、転移して逃げた。
二着でゴールしたわたしたちがソリから降りると、逃げていたローラとフラウ、それに建物の中でぬくぬく見物していたリリエラが集まってきた。ローラとリリエラは思いっきりおどろいている。
「いや、おどろいた。まさかレオ坊が笑顔でゴールしてくるとは」
「ホントだよ。顔面が凍りついたように、何してもいつも無表情だったのに」
もしかして魔女たちをおどろかすって、レオポルドが笑うだけでよかったんじゃ……。当の本人はソリを降りたとたん、いつものすんっとした無表情に戻っている。さっきまで肩を揺らして笑っていたくせに、結局わたしも見てないよ!
「あたしゃ、スピードにおどろいたよ。笑いながら減速なしで突っこんでくるなんざ、年寄りを殺す気かい!」
「試練には打ち勝たねばなりませんから」
フラウの抗議にもレオポルドは無表情に、淡々と返事をしただけだった。つぎに三着でディンとニーナがゴールし、ひたすら安全運転のヴェリガンはのろのろと最後にゴールした。
とうとう三魔女たちは降参して、わたしたちは〝幸運〟を授けてもらった。ほわんと体が温かな光に包まれて、なんだか運気が上昇したような気がする。
「試練じゃなくともおもしろそうだ。つぎのレースは僕もやりたいです」
三着でゴールしたディンにコツを聞いたユーリがやる気を見せると、優勝カップを手にしたアンガス公爵がニヤリとわらった。
「ほほぅ、挑戦は受けて立つぞ!」
「あなた、ムリしないで……」
「何を言うか、ムリなどしとらん。まだまだ若い者には負けん!」
フラフラして侍女に支えられながら止める公爵夫人に、公爵が強がってみせると、公爵夫人はひとこと叫んで気を失った。
「あなたがよくても私は限界なんです!」
フォトがバシバシと撮影され、明日のタクラ新聞にはさらなる話題を提供したことだろう。
そのあとはレース形式ではなく、思い思いに雪ゾリを楽しみ、ユーリは街の子どもたちを乗せて滑って大人気だった。
ニーナが用意した染料は雪どけとともに消えるので、思い思いに雪の街を真っ白なキャンバスに見立てて絵を描きだす人、屋根からダイブして積もった雪にヒト形をつけて遊ぶ人、チームに分かれて本格的な雪合戦を始める人たちもいて、いつも休港日は静かになるタクラの街は、一日中とてもにぎやかだった。
駅前広場の雪かきをした竜騎士団は、余った雪でホテル・タクラ前の駅前広場にミストレイの大きな雪像を造りあげ、そこも人気のフォトスポットになった。
ミストレイの雪像はしあげにライアスが風魔法で磨いたから、冬の日差しに鱗がピカピカと光り輝いている。本物は海遊座で雪玉を転がしてアガテリスと遊んでいたみたいだ。
わたしは滞在先だったホテル・タクラの前で、雪ダルマと雪ウサギを作り、ちょこんとならべて置く。
レオポルドとふたりで雪像のところでフォトを撮ってもらい、祝福でまだポカポカしているわたしは、ゴキゲンな気分で彼に話しかけた。
「雪ゾリレース、楽しかったね。大魔女たちみんなおどろいてたし」
「ああ。私も楽しかった」
こくりと静かにうなずくレオポルドは、いつもどおり威厳たっぷりの魔術師団長姿だけれど、その表情はいつもよりやわらかい。
そう、わたしは大勢で雪遊びがしたかった。デーダス荒野ではふたりだったけど、どうせ遊ぶなら人数が多いほうが楽しい。
子ども時代をずっと部屋に閉じこめられてすごしたレオポルド、彼にとってはじめての雪遊び……やっぱり楽しいんだってことが伝わったのならそれでいい。
楽しい思い出でどんどん上書きしていくんだ。
ホテル・タクラの前でもキトルを入れたダルシュが配られていて、わたしたちはふたりで鼻を赤くしてスープを飲んだ。
「あのさ、レオポルドの背中ってさ……おっきいね。しがみついたらドキドキしちゃったよ!」
ふとレースの最中に感じたことを話したら、彼はピキリと固まり、しばらくしてからふいっとそっぽを向いた。












