478.甲板での相談
「そうさね、この年になるとちょっとやそっとじゃ驚かなくなる。あたしらをアッと言わせてもらおうか」
「あら、いいわね」
「ば、ばあちゃん……驚かせたら、心臓止まる、んじゃ……」
ヴェリガンがぽそぽそ抗議した小さな声は、〝緑の魔女〟の一喝にかき消された。
「おだまり!ふたりの愛と絆を鍛えてやろうという、この婆心をムダにするんじゃないよ!」
「迷惑な……」
わたしの隣に座るレオポルドが、渋い顔で額を押さえた。
「レオポルド、こういうことあるって知ってたの?」
「私の師だからな。だが大魔女が三人もそろうとは予想外だ」
「ふうん」
わたしはこの場にそろった三人の大魔女を見回した。みんな人生&人魚経験どたっぷりの面子だ。驚かせるって何やればいいかわかんないけど……。
「わかりました、その試練受けましょう」
わたしの宣言にレオポルドは目を見ひらいた。
「まて!」
「だってレオポルドがいてくれるんでしょ。ふたりで乗り越える試練っておもしろそうじゃん」
にこっとしただけでレオポルドがピキリと固まり、わたしが目の前で手を振っても反応がない。それを見たローラが目を丸くした。
「おや、弟子が固まってるトコなんざ、ひさしぶりに見たよ」
「ほぉ、つまりはかなり動揺したんだね」
「まぁ、全幅の信頼をあっさりポンと預けられたら動揺するよねー」
「へえぇ、これがレオポルドの動揺したところなんだ」
ややあって、まばたきをしたレオポルドが恨めしそうにローラを見た。
「おもしろがっている場合ではありません」
「や、何というか……緑のババアじゃないけど、長生きしたかいがあったよ」
「ふん、若作りにしちゃ素直じゃないか」
「あたしも。脚生やして陸にあがったかいがあったよ」
「なんと気楽な……」
リリエラまでローラに同意して、レオポルドの眉間にまたぐぐっとシワが寄った。もぅ、せっかくさっき伸ばしたのになぁ。
「ともかく今は食事を楽しみませんか。それにみなさんのお話を聞かせてください」
「へぇ、このカップルは女が主導権を握るんだね」
「レ、レオポルドが尻に敷かれ……」
笑いをこらえきらないローラを、レオポルドがジロリとにらむ。いや、尻に敷いた覚えもないけれど……この人しゃべんないから、かわりに仕切っているだけで。
試練を受けるのはわたしたちと、ヴェリガンとヌーメリア、それにニーナとディン、アンガス公爵夫妻と決まった……って。アンガス公爵夫妻⁉
「公爵夫妻も参加するんですか⁉」
顔色を青くしている公爵の横で、公爵夫人はニコニコとうなずいている。
「当然でしょう?三魔女の祝福が得られるんですもの。祝福はいくつあってもいいですからね!」
「でもその前に試練があるんですよ?」
「そのぐらい乗り越えられなければ公爵など名乗れませんわ。ねぇ、あなた?」
コクコクとうなずく公爵、ものすごく顔色が悪いけれど。そんな感じで和やかに晩餐会は終わった。
「わっふ、海風がきつい!」
わたしはハルモニア号の甲板で、手すりにつかまって青くうねる海を眺めた。
ここは港湾都市タクラ、港を覆うようにびっしりと建物が建ちならび、空がないと言われる港町だ。
ちょっとした掘り出し物が買える、入り組んだ路地になっている市場では、エキゾチックな織物や異国の珍しい魔道具などが買える。
隣国サルジアとも国交はないけれど、貿易までは禁じられていないらしく、サルジアの装束や黒髪の人物もけっこう見かけた。
「何をするつもりだ」
「茶会と同じなんだね。晩餐会の余興……みんなが楽しめればそれでいいんだと思う」
それよりもレオポルドの大きな手が、わたしの腰をがっちりとホールドしている。ちょっと待って、腰に男の人の手があるって……何かむずがゆい!
「うわ、ネリア真っ赤だぁ……」
彼にひっつく体勢になってるわたしを、ユーリが目を丸くして見ているからなおさら恥ずい。
そしてレオポルドの手はわたしの腰から動かない。これ、定位置なのかなぁ。手がここにあるってことに慣れるってどうしたらいいんだろう?
「〝魔女のお茶会〟と〝魔女の試練〟って関係あるの?」
「〝魔女のお茶会〟は恋する魔女を応援するもの、〝魔女の試練〟はふたりの愛情を試すものと言われてる。試練を乗り越えれば祝福が与えられる。三人の魔女が必要なのは三がいちばん世界を安定させる数字だからだ」
「へぇ、最後だけいきなり数学っぽい」
「精霊の婚姻にも由来している。火、水、風、土……世界を構成する四つの属性、そのうちのどれかが恋をした場合、残りの三つは応援し……そして試練を与える側に回る」
「精霊の婚姻……」
「きみが向かおうとしている国も精霊の婚姻が行われた場所だ」
「あ、もしかして大地の精霊?」
「ああ」
そっか。これも世界を理解する第一歩なんだ。きっとやってみれば何かわかるはず。
「あのさ、レオポルドって雪あんまり好きじゃないよね」
「北のアルバーン領では雪など珍しくもない」
凍てつく大地で育った婚約者の返事はそっけないのに、その手は腰に貼りついている。うーん、これ……いつになったら慣れるんだろう。
「でもデーダスでは楽しそうだったじゃん」
「あれは……きみが楽しんでいたからだ」
そこで彼はわたしを見おろした。がんばって見あげるけれども顔が近い。宝石みたいにきらめく黄昏色の瞳にすっと影が差し、眉間にぐっとシワが寄った。
「まさか……」
「そのまさか。あれならローラだってレオポルドがやるとは思わないでしょ?」
こいつら、どこまでも仲がいいな……って思います。












