477.ハルモニア号での晩餐会
ハルモニア号で晩餐会が開かれているフロアは、魔導シャンデリアがいくつもぶらさがり、甲板で演奏していた楽団がすでに流れるような旋律を奏でている。
港湾都市タクラは貿易港でもあるから、海の幸を使った海鮮料理が有名だ。異国のスパイスを使った辛味のあるスープは、スプーンでかき混ぜていただく。
向かいに座るアンガス公爵夫人がにこやかに前菜の皿を示した。
「ネリア様、こちらもいかが?タクラ名物の貝をオイルで和え、ピュラルのしぼり汁をかけたものですの。シンプルながら奥深い味わいですのよ」
鮮やかなブルーの縁どりに金彩がほどこされた皿には、目にも美しい料理が並んでいる。
「いただきます!」
港でわたしがめっちゃむいた貝じゃん!
きみたちこんなところで活躍してるんだね!
タクラ暮らしの苦労をともにした仲間と再会を祝して、淡い金色の発泡酒をくぴりと飲んで、貝をぱくりといただく。
んー、肉厚で海のエキスたっぷり。コリコリした歯ざわりもたまらない。
わたしの隣でレオポルドは彫像のように、キレイな姿勢で黙々と食事を続けている。やっぱり人前だとさっきみたいな甘いムードは、一切ないのが彼らしい。
そう考えると、さっきのレオポルドはちょっとかわいかった……って、そういうことを考えてる場合じゃない!
油断なく彼が周囲に目を光らせているのには訳がある。
何しろこの場には王太子であるユーリのほかに、アンガス公爵夫妻、そして三人の大魔女たちという、魔道学的におかしいぐらいの魔力の持ち主がそろっている。
「その中でも……いちばんおかしいのがきみだが」
「う……レオポルドってば心配性だなぁ。ただご飯食べるだけじゃん」
またぱくりとひと口。ん〜この味わい、たまんない。細かな気泡が絶え間なく生じるグラスを傾け、金色の液体をこくりと飲む。
わたしの婚約者はすぐ眉間にシワを寄せるけれど、いったい何が心配なんだろう。
「……きみは王太后陛下の茶会で何も学んでいないのか?」
「テーブルマナーを学んだよ?」
今もちゃんとできているはず。それこそレオポルドがつきっきりで指導してくれた。まったくお茶もお菓子も味わえなかったけど、今はちゃんと食事が楽しめる。わたしはカラフルなつぶつぶがたくさん入った、ゼリー寄せに目を輝かせた。
「そうではなく……」
彼はこの場にそろった三人の大魔女たちに、警戒するような目を向けた。
〝白の魔女〟ローラ・ラーラ
〝緑の魔女〟フラウ・ネグスコ
〝海の魔女〟リリエラ
いや、まぁ迫力があるったら。前魔術師団長を務めたローラの顔を知らない者はいないし、逆に樹海からほぼ出てこないフラウはフラウで注目を集めていて、妖艶な美貌のリリエラは、謎めいた微笑を浮かべて貝をつついている。
正直、この三人がだれよりも目立っていて、小柄なわたしなどすっかり霞んでいる。わ、ゼリーが口の中でしゅっと溶けてなくなる。スープを固めたものらしく、さっとうま味が広がった。カラフルなつぶつぶはよく煮こまれた野菜らしく、甘くて舌でつぶせる柔らかさだ。
「おいしい!」
落っこちそうなほっぺを押さえてモグモグしていると、スープをすすっていたフラウが顔をあげ、バチリと目が合った。 〝緑の魔女〟は顔をくしゃっとさせて、わたしに話しかける。
「いつもウチのヴェリガンがお世話になっているね、お嬢ちゃん」
「そうですね、まずは朝ちゃんと起こして、ご飯を食べさせるところから始めました」
「ヒッ」
まじめに答えるとヴェリガンがフォークとナイフを落っことし、フラウが孫の顔を見る。
「ヴェリガン」
「な、何……ば、あちゃん」
「お前、朝はちゃんと起きれなかったのかい?」
「そ、あの……ヒィック!」
「あ、でもアレクが起こしてくれましたから。それにヌーメリアと組むとすごく熱心に働いてくれるの」
しゃっくりを始めた彼のかわりに、わたしが教えるとフラウは盛大にため息をついた。
「王都でもまれれば、少しはまっとうになるかと思ったのに」
「ヒィック、うう……」
しゃっくりが止まらず縮こまるヴェリガンに水を差しだして、ヌーメリアが優しくその背をさすっている。わぁ、何だか夫婦っぽい。職場でのふたりを見慣れているだけに、寄りそう距離感が新鮮だ。
なんだかうれしくなって見ていると、フラウは不思議そうにわたしを眺めている。
「これまた……いじりがいがありそうなお嬢ちゃんだね」
「私の婚約者によけいなことを教えないでいただきたい」
眉間にシワを寄せたレオポルドがピシャリと言い、フラウは実に魔女らしくヒーッヒッヒと笑う。
「ローラ、あんたの弟子に対する教育は、なってないんじゃないか?」
長い白髪をキリリと結んだ美魔女はけだるげに返事をする。
「フラウ、あんたこそ孫に何かひとつでも、役に立つことを伝授したの?」
「そりゃあ直伝の秘術をいくつもね」
「そのろくでもない秘術とやらで、塔の魔術師は大迷惑をこうむったんだけどね」
「おや、塔の魔術師とやらはそんなに軟弱なのかい。ヒーッヒッヒ」
バチバチと火花を散らすふたりの魔女に、リリエラがのんびりと釘を刺す。
「ネリアはあたしの上司だし。秘書であるあたしがちゃあんとお世話するわ」
「しなくていい。いいか、きみもこの三人には影響されるな!」
待って、レオポルドもにらみを利かさないで。なんでそう好戦的なの!
でも夫婦とか婚約者って、公の場ではひな人形みたいにセットで見られるんだね……ちょい気恥ずかしいな。
わたしはのん気な感想を抱いたけれど、そっと見あげる彼の横顔は厳しかった。凍てつくような声で師であるローラに話しかける。
「この席で〝試練〟を授けるつもりですか」
白髪を束ねた美魔女のローラが金の瞳を光らせた。
「そうだよ。三人の魔女たちが必要なのは〝魔女のお茶会〟もそうだけどね。恋人たちには苦難を乗り越えるための〝魔女の試練〟を授けようじゃないか」
「ヒーッヒッヒ。これがやりたくてヴェリガンを急かしたからね」
フラウはシワだらけの顔をゆがめて喜び、リリエラも面白そうにぺろりと自分の赤い唇をなめた。
「へえぇ……まだそんな古い風習が残ってたんだ」
「そう警戒しなさんな。試練を乗り越えたものには魔女たちから〝祝福〟を送る。これだけの大魔女がそろう機会なんてめったにないからね。ほかにも〝祝福〟を得たい者は名乗り出るがいい」
晩餐会の会場がざわりとした。












