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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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476/560

476.休憩室

『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』

9巻の挿絵②では船上結婚式を描いて頂きました。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

よろづ先生によるキャラクターデザイン(ヴェリガンとヌーメリア)

「まぁ、あれは花嫁衣裳だからね。染めた男は責任取らないと」


「もちろんです」


 うなずくレオポルドの視線が何となく痛いけれど、ヌーメリアのドレス姿にわたしもみんなも大興奮で大喜びだった。


「ヌーメリア、とってもきれい!」


「やっぱり私の仕事は完璧ね!」


「本当にお美しい……」


「あ、フォト撮ろうよ。みんなでと、ヌーメリアとも!」


 舞踏会はなくとも楽団は呼ばれていて、その演奏に合わせてふたりは恥ずかしそうにダンスを披露した。


 わたしは知っている。もっと慎ましやかでいいと主張するふたりに、ローラとフラウが頑として譲らなかったのだ。


 ヌーメリアにはミーナの〝履くだけで華麗にステップが踏めるヒール〟があったけれど、ヴェリガンはライアスから特訓を受けた。竜騎士たちはみんな踊り慣れているからね!


 ライアスが女性パートをやって、彼に姿勢からステップの足さばきに、顔の向きや視線の動かしかた……それはもうみっちりと特訓した。


 ヴェリガンは最初うまく踊るどころか、ライアスにぶら下がっているみたいだった。


 いまの彼は堂々と、それでも真っ赤になりながら、ヌーメリアの腰に手を添えて、ダンス中ずっと口を動かしている。


 いつも口数が少ないのに、あんなに何を話しているんだろう……と思ったら、すれ違いざまにブツブツと声が聞こえてきた。


「右、左、右、右。くるっと回ってホールド……」


 頭の中でステップの順を追うのに、ヴェリガンは必死だったらしい。ヌーメリアの顔を見たら、彼女は必死に笑いをこらえていて。


 結局たまらず笑いだしたヌーメリアが、満開の笑顔で踊る会場は、いっきに華やぎに包まれる。


「さすがに会話術までは手が回らなかったが、様になってるじゃないか」


 ライアスが満足そうに特訓の成果を見守って、発泡酒のグラスをかたむけた。





「ねぇ、レオポルド」


「なんだ」


 わたしは船の甲板で手すりにもたれて、波打つ海面を見下ろした。


「人はつらいことや悲しいことがあっても、それを上回るようなうれしいこと、楽しいことがあれば上書きされるよね。苦しみや悲しみは消えることがなくても、人は……笑うことができるよね」


「ああ」


 見上げれば黄昏色の瞳が揺れていた。たぶんふたりとも同じ人物のことを考えている。


 ――オドゥ・イグネル。みんなそろっているのに、この場にただひとりいない、彼のことを。





 ハルモニア号でわたしにあてがわれた部屋はとても広くて、リビングに書斎、寝室にクローゼットまでついている。そんな部屋でレオポルドとふたりで休憩し、ソファーに座ってお茶を飲むのは落ちつかない。


「あのさ、このまま船上で披露宴を兼ねた晩餐会だけど、初対面の人も多いから、レオポルドのこと頼りにしてるね」


「ああ」


 さっきからいつにも増して無言だったレオポルドが、ようやく口を開いた。


「少しだけ、きみとだったらどうだったろう……と考えていた」


「はいっ⁉」


 彼はおかしそうに口の端を持ちあげる。


「そろそろ現実に考えてくれてもいいと思うがな」


「えっ、はい……そうだね」


 そんな未来を現実に。わたしたちは前に進んでいる。


「きみの瞳はペリドットでできていると言っていたな。今も陽光が当たるとそれだけできらめく」


「……!」


 夜会のときわたしは楽しんで踊りながら、「バレたら絶対殺される!」とビビりまくっていた。今ならバレても殺されないだろうか……恐る恐る彼を見あげれば、カチリと視線がぶつかった。


(めっちゃ怪しんでるよね。限りなくクロとか思ってそう……ていうか、バレてる?)


 彼の指が伸ばされ、わたしのあごに手をかけると、黄昏色の目が瞳を探るようにのぞきこんだ。


 彼が見ているわたしの瞳は、今もピアスのペリドットみたいに、キラキラと輝いているのだろうか。しばらく観察してから、彼はためらうように口を開いた。


「本来は黒、それも虹彩に茶が混じった?」


 いつかは話そうと思ってた。伝えるタイミングとかいろいろ考えて……ちがう、〝奈々〟を隠しておきたかった。〝ネリア・ネリス〟じゃなくなったら、何もかもガラガラと崩れてしまうような気がして……。


「うん。黙っててごめんなさい」


 唇をぎゅっとかんでうつむけば、彼は小さくため息をついた。


「ならば黒曜石と紫陽石を組み合わせるべきだったか……」


 そう言って取りだしたビロードの平たい箱を、彼はわたしによく見えるように目の前でフタを開けた。あふれだす輝きにわたしは目を丸くする。



 そう言って取りだしたビロードの平たい箱を、彼はわたしによく見えるように目の前でフタを開けた。あふれだす輝きにわたしは目を丸くする。


「えっ、これって……」


「石が余ったからな、作った」


 それは紫陽石とペリドットを組み合わせたネックレスで、首のまわりをぐるりと取り囲むようになっており、今身につけているピアスとは段違いの豪華さだ。わたしはびびって涙目になる。


「余ったって……これ、貴重な宝石なんでしょ。わたしに変なプレッシャーかけないでよおぉ!」


 ペリドットは貴石と呼ばれる石で、魔力親和性も高いから重宝されるけれど、それほど珍しくはない。


 だけど紫陽石は色味が複雑で、とくにレオポルドの瞳みたいな輝きを内包した石は、値段がつけられないほど高価だと聞いた。


 レオポルドはすっとソファーから立ち上がり、わたしの後ろに回りこむと、しゃらりとネックレスを首にかけて留め金をとめる。


「石はただの石だ。それにこれは……ナナ、きみが身につけねば意味がない」


「そ、そうなんだけど……」


 どうやら彼はわたしの手を離さないでいてくれるらしい。


「ようやくきみの名を呼ぶことができる。マイレディ、ナナ」


 胸の奥底から何かが湧いてくる。それが喜びだとわかるのにそれほど時間はかからなかった。わたしは彼にせがんだ。


「もういちど……もういちど呼んでくれる?」


「望むなら、何度でも。ナナ……きみは本当に欲がないな」


「え?」


 彼は長い指でわたしの胸元を飾る紫陽石のネックレスを弾いた。


「職人たちが腕をふるった紫陽石のネックレスよりも、ただ名前を呼ばれるほうがうれしそうだ」


「や、ネックレスもうれしいよ。うれしいけど……そうだね、あなたに名前を呼んでもらうほうがうれしい。でもわたしの願いごとはそれだけじゃないよ」


 こんどはわたしから指を伸ばして彼のほっぺをつつく。


「わたしの名を呼んで、あなたが笑ってくれたらうれしいな」


 ――わたしだけに見せて、あなたの笑顔を。


 彼の口元からふわりと広がったほほえみ、夕暮れを迎えた黄昏色の空を映したような瞳は、魔導ランプの明かりを受けて輝いて。それはわたしだけの宝物。


 おかげで晩餐会に遅刻しそうになったわたしたちは、気恥ずかしさ満点だったけど……それはまた別のお話。


夜会の話から二百話たってようやく奈々と呼ばれました。

挿絵(By みてみん)

絵:よろづ先生

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