475.船上結婚式
「〝ニーナ&ミーナの店〟でございます。ドレスをお持ちしました」
「ニーナさんっ、ミーナさんっ、ありがとうございます!」
ドレスをホテル・タクラに運んできたニーナたちを、わたしが走って迎えにいくと、ミーナが苦笑して注意する。
「ネリィったら変わらないわねぇ。レディはパタパタ走ったりしないものよ」
「す、すみません……」
「ちょっと……どうしちゃったの」
あわてて立ちどまったわたしを、ニーナは真剣な目つきで頭のてっぺんから足の先まで眺め、子爵夫人らしくもなく腕組みをして、難しい顔で仁王立ちになった。
「えっとニーナさん、どうかしましたか?」
おずおずと聞けば、ミーナまでこめかみに手を当てて、悩ましげにため息をついた。
「これほどとは……デザインをもういちど練り直す必要ありそうね」
「ええ、もちろん。私のドレスは完璧でないといけないのよ」
ニーナの目つきがぐっと険しくなった。えっ、何がまずいの⁉
「サ、サイズは変わってませんよ!」
焦ったわたしは必死に訴える。今朝だって鏡でチェックしたのだ。数値はそんなに変わってない……はず!
「そうね、見たところサイズは変わってないわ」
「ですよね。ドレス着るの、すっごく楽しみです!」
ドレスでレオポルドにエスコートされるなんて、王城での夜会みたい。またあのときみたいに……ふたりで笑い合えたら。
思いだして赤くなったわたしのほっぺを、ニーナは悔しそうに唇をかみしめ、指を伸ばして遠慮なくつまむ。
「……いひゃひゃ、ひょっほ、にーにゃひゃん!」
「その瞳の輝き、肌のツヤ……妖精度まで上がってるじゃない。何をどうやったらそんなにキレイになるのよ!」
「ひりまへんよ!」
「わかってるわよ、原因は彼よね……それに小粒のくせにキラリと光るピアスの存在感……このままじゃ私のドレスが、ますます霞むわ!」
悲壮な顔で叫ぶとニーナは、がりがりと頭をかきむしった。
「え、ニーナさんが作ってくれるドレスなら、みんなかわいいですよ?」
フォローしたつもりなのに、ニーナをさらにギンッと殺気立った目つきでにらんでくる。
「私のドレスはそれを着た人物の印象を、残像のように見る者の心に刻むのよ。バランスだって計算してるの!」
「ひゃいぃ……」
何なの、何のバランスが崩れたの。よくわかんない……わたしは涙目で解放されたほっぺを両手でさする。
「まぁ、とりあえずヌーメリアさんもいっしょに衣装合わせをしましょう。デザインの修正はそれからね」
「お願いします」
ミーナのとりなしで、わたしたちは奥へ向かう。けれどドアを開けたとたん、回れ右をしたくなった。
長い白髪をキリリと束ねた前魔術師団長のローラ・ラーラが、シワくちゃのおばあちゃんに向かって一喝する。
「ヌーメリアはあたしが特別に目をかけた子だってのに……相手が気にいらないね!」
「ウチの大事な孫にケチつけようってんなら、その白髪ひっつかんで全部引っこ抜いてやるよ、この若作り!」
ホテル・タクラの最上階で、ローラとバチバチと火花を散らしているのは、ヴェリガンにくっついてやってきた〝緑の魔女〟だ。ローラは金色の瞳をすっと細め、口の端を釣りあげた。
「やれるものならやってみな、フラウ。大魔女たるもの外見だって、それなりに気を使うべきだろ。老いぼれの姿をしたまんまで出歩いているなんてね!」
「シワってのは人生の年輪と同じで、このシワの数だけ英知が詰まってるのさ。ツルッツルの顔したあんたは、脳ミソもツルッツルなんだろうさ!」
ソリが合わないどころじゃない、大魔女同士がののしり合っている……。
「ば、ばあちゃん。落ちついて」
オロオロする孫とちがい、祖母はどもりもせずタンカを切っている。これが年の功ってやつかしら……。〝緑の魔女〟フラウの怒りは、かわいがっている孫にも向かった。
「ヴェリガン、あたしゃお前にもガッカリしたよ!」
「ひっ!」
飛びあがったヴェリガンは、祖母にひとにらみされただけでガクガク震えだした。
「いきなりヌノツクリグモの巣を送ってきて、布を織ってほしいっていうからさぁ……てっきり花嫁衣裳だと思ったのに。ヌーメリアちゃんに贈ったんじゃないなんて。甲斐性なしの孫ですまないねぇ」
「いえ、私はそんな」
「あ、あれは……その……」
ヴェリガンが助けを求めるように、わたしのほうを見る。それはきっとあれだ。わたしが植物園で手にいれて、ドレスに仕立てちゃったヤツだ……。
「〝蜘蛛の衣〟といえば、魔力でしか染まらない特別な布だっけ。〝緑の民〟が花嫁に贈るものだろう。へえぇ……まだ贈ってなかったのかい。それで婚約者って言えるのかねぇ」
面白そうにつぶやかれたローラのひと言に、その場にいる全員がビシリと固まった。何人かの視線がわたしに集中し、何となく汗をかく。
みんなで収穫した蜘蛛の巣だったし、そんな特別な布だなんて思わなかったんだもの!
「あれは婚礼に間に合えばいいんだよ!」
ローラに向かってかみつくように叫んだフラウは、シワだらけの手でヌーメリアの手を取ると猫なで声をだす。
「安心しておくれ。あの子の尻を叩いて、ちゃあんと樹海でヌノツクリグモの巣を採ってこさせたからね」
「うっ、うっ、これですうぅ……」
ヴェリガンは見たことのある灰色の布を取りだした。それでおたくのお孫さん、ズタボロなんですね……。
「アタシが丹精こめて織った布だよ。ヌーメリアちゃんに似合うように仕立ててもらおうね。もうホントにうれしいよ。この婆が生きているうちに、孫の晴れ姿が見られるなんて」
そういいながらフラウは孫の背をどん、とヌーメリアのほうへ押しだした。ヴェリガンはあわあわしながら、灰色の布を必死にヌーメリアに差しだす。
「こ、ここここここれっを……き、ききききき……ヒイック!」
しゃっくりが始まったヴェリガンは、もうかわいそうなぐらい、緊張で涙目になっている。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ……あにょ……ぼ、ぼきゅ……の、のっ、のっ、のっ!」
「ヴェリガン……これを私のために採ってきてくださったんですか?」
ヌーメリアがそっと、緊張でぶるぶる震える彼の手を取った。
「う、うん」
涙と鼻水を垂らしながらうなずくヴェリガンの顔を、ヌーメリアは自分のハンカチで優しく拭いた。
「うれしいです。私にこんな幸せな日がやってくるなんて思わなかったわ」
「し、幸せ……?」
灰色の魔女はにっこり笑った。
「ええ、とっても」
「しまらないプロポーズだねぇ」
ローラはあきれたけれど、こんなところがやっぱりヴェリガンらしくてホッとする。
タクラでの結婚式は船上結婚式となった。
結婚式の演出は竜騎士団がひと役買ってくれた。サルジアに向かうために用意されたハルモニア号のデッキに、白竜アガテリスに乗せられたドレス姿のヌーメリアが飛来するという。
ニーナが用意した黄緑色のドレスはスクエアカットになっている上品なドレスだ。結婚式から晩餐会まで出席できるようになっている。
わたしをエスコートするレオポルドも、濃い黄緑をあしらった衣装を身につけて、こんなことでも婚約したんだって実感する。
(でもレオポルドに魔術師の黒いローブがいちばん、似合ってるかも……ってわたしってば何考えてんのー!)
ひとりでほっぺたをベチベチしていたら、彼が首をかしげて銀髪から光がこぼれた。
「いこうか、マイレディ」
花嫁衣裳を着てあらわれたヌーメリアは、灰色の髪と瞳、それに身につけたドレスまでくすんだ灰色だ。けれど今日の彼女は、そんな自分の姿を気にすることもなく堂々としていた。
ヴェリガンは緊張で真っ青になったまま、しゃっくりをせずに直立不動で彼女を待ちかまえている。もちろんアレクもおめかししていて、フリルがついたタイを恥ずかしそうに締めている。
花嫁のしたくを手伝ったニーナやミーナ、アイリも参列していて、全員が船上のふたりを見つめる。
「互いの道を合わせ、ともに歩むことを誓います」
誓いを交わしたヴェリガンがヌーメリアの手を取った瞬間、灰色だったドレスが濃い青に染まり、クリスタルビーズがまばゆく輝いて、甲板では歓声とともに祝砲と花火が打ち上げられる。
「ああやって使うのか……」
固まるわたしの横でレオポルドがぼそりといい、ニーナまでもが得意そうにそっとささやきかけてくる。
「ホントは布の段階で染めるの。けれど夜会にあらわれた〝夜の精霊〟みたいにしたらって、彼にアドバイスしたのよ」
「そ、そうなんだ」
(ぎゃあああ!変な演出くわえないでえぇ!)












