472.土人形
銀の魔術師は、突然の衝撃に握っていた杖を取り落しそうになった。
(……彼女の声だ!)
頭が割れそうに痛いが、それだけはわかった。彼女の姿を見失ってから、レオポルドはオドゥを追ってドラゴンを駆り、タクラ郊外をマール川に沿って北上中だった。黒々とした大地のどこに、オドゥたちが潜んでいるのか見当もつかない。
「頭突きよりも酷い攻撃だな……」
ずっとそばにいろと望む、その願いに応えると決めても、彼女はすぐに遠くへ行こうとする。
「レオポルド、どうした?」
ライアスからのエンツにレオポルドは返事をせず、自分の杖にセットされたペリドットの核を見つめた。この杖に彼はこれまで何度も助けられてきた。
(彼女を救いたい。力を貸してくれ……)
心の中でつぶやいた願いは、だれに対してのものだったのか……ライアスとミストレイにまたがるユーリから、エンツが飛ぶ。
「この近くです。オドゥがタクラで僕を案内したのは、彼の工房じゃなかった……ただの拠点、隠れ家です」
レオポルドが凍えるような声を発した。
「だからお前は彼女を囮にしたのか?」
「工房の場所を探るためには、彼が自分で向かうように、仕向ける必要があったんです」
ライアスが険しい表情でうなった。
「オドゥに連れ去られたのは予定通りということか」
レオポルドはため息をついて、アガテリスからもたらされる情報に感覚を合わせた。
「彼女の声が聞こえた」
「ピアスもないのに?」
「……助けだしたら、こんどこそ絆を結ぶよう努力する。オドゥが彼女を害する恐れがないと言えるのか」
レオポルドは殺気をみなぎらせてユーリをふり返る。それほどにさっき聞こえた彼女の叫びは切羽詰まっていた。
「僕がサルジアに行く前に、ハッキリさせたかったんです。彼は味方か、それとも敵なのか。でないと彼を頼りたくなる。だからネリアも彼女なりの方法で確かめようとした」
黄昏色の瞳が強い光を放った。
「我々にひと言の相談もなくか⁉」
「僕もネリアも……オドゥを信じたかったんです。彼の親友であるあなたたちだってそうでしょう。ネリアだってそれを承知で、だから……何があってもオドゥを助ける方向で動くと。それがグレンの遺志でもあるからと。あなたのためですよ、レオポルド。それにグレンのためでもある」
気の強いユーリは赤い瞳でレオポルドをにらみつけた。
「レオポルド、オドゥはずっとネリアが、だれかに心を動かすのを待っていた。彼女が婚約したから、彼も行動を起こしたのだと思います。何かあるはずです。用心してください」
「……わかっている」
カレンデュラで得た情報、ネリアの正体……オドゥ自身の口から、語らせなければならないことがある。ライアスはエンツで矢継ぎ早に竜騎士たちに指示を送った。ユーリはポケットから小さなボタンを取りだす。
「タクラでアイリたちに頼んで〝妖精のボタン〟を、オドゥの服に縫いつけてもらったんです」
ユーリは魔法陣を展開して裁縫妖精を呼びだした。
「ほらこのボタン、ひとつだけつけ忘れちゃったんだ。今夜中に縫いつけたい……お願いできるかな?」
パタパタと小さな羽をはためかせ、妖精は受けとったボタンを両手で抱える。
「行きますよ!」
妖精の道は突然ひらく。それは転移魔法陣のように、座標を指定するものではない。神出鬼没の妖精が気まぐれに通り抜ける、獣道のようなものだ。行く先だって定かではない。
ユーリだってレオポルドだって、ふだんだったら絶対飛びこんだりしない。それにライアスまでついてきたのは、三人ともそれぞれに必死だったからだろう。
つぎの瞬間、タクラからまとわりついていた潮の香りが消え……三人はタクラではない場所に立っていた。どこかのんびりとした、あきれたような声が降ってくる。
「レオポルド、お前さぁ……何でオマケまで連れてくんの?」
大きく枝を広げた木の上から見おろしてくる男に、レオポルドは怒鳴った。
「オドゥ……彼女はどこだ!」
レオポルドの詰問にも動じず、オドゥは困ったように肩をすくめただけだ。
「何でネリアもよりによって、ライアスでなくお前を選ぶかなぁ。僕はさぁ、ネリアがだれかを愛して、生きることに執着してくれれば、それでよかったのに」
レオポルドがオドゥへと一歩近づく。
「彼女の体については、デーダスで知った」
「そう。グレンの息子だというだけで、それにふれられるお前の存在が、つくづく腹立たしい」
こげ茶の髪をしたかつての同級生は、学園でよく見せたような不敵な笑みを浮かべた。
「防御を固めろっ!」
すかさずレオポルドが杖を地面に突き刺し、魔法防壁を張る。ライアスも風の盾を瞬時に形成した。反応が遅れたのはユーリで、周囲に防壁を展開したものの、師団長ふたりに守られる形になる。
「何があるというんですか⁉」
いつもとまったく違う三人の雰囲気を感じとり、手にしたルエンをみがまえたユーリに、ライアスが低い声で警告した。
「オドゥだからと油断するな。あいつは遠慮なく急所を狙う。生死をわけるさじ加減は……あいつの気分次第だ」
「知ってるかい、命がけでやる危険な遊びはめちゃくちゃ楽しいってことを!」
オドゥが楽しそうにクスクス笑うと、ぼこぼこと盛りあがった地面から、いくつもの土人形がむくりと身を起こす。
「楽しいな。父さんと遊んだときみたいだ。ゴーレムの研究を認めたのは、お前たちだからな。命令に忠実でソラみたいな判断力もある。おもしろいだろう?」
土人形はバラバラと襲いかかってきた。ライアスが突風を喚び、その体を吹き飛ばしても、地面にぐしゃりと崩れた土の山からまた塊が立ちあがる。
「キリがないぞ!」
「クソッ、ルエンも効きません!」
ユーリが護身用の魔道具から光る刃をだして切り裂いても、ボロボロと土くれに変わるだけで、しばらくすればまた土人形ができあがる。
「どけっ!」
防壁の中でレオポルドは、銀の髪が魔力の波動にあおられた。彼が氷の魔法陣を展開すると一気に気温が下がり、土人形たちがビシビシと凍りつき、土に霜柱が混じる塊になった。
「レオポルド、僕らまで凍らせる気ですか⁉」
「邪魔だっ!」
ユーリが抗議してもレオポルドは一喝するだけで、オドゥから視線をそらさない。
ビキビキと音を立てて、土人形は氷ごと動こうとしたが、氷がそれを飲みこむように成長したものの、やがて微動だにしない氷像となって動きをとめた。それを見越したのかオドゥが動き、ライアスが叫んだ。
「レオポルド!」
凍りついた土人形をそのまま利用し、オドゥが死角からレオポルドに襲いかかる。
ガキィッ!
斬りかかってくる刃を杖で受けとめる、逆の手から繰り出された別の刃がレオポルドの髪を切る。銀の魔術師は器用に杖を回転させ、オドゥの攻撃を弾き返す。
ヒュウ、とオドゥが感心したように口笛を吹いた。
「いいねぇ。殺し合いはマジでやらないとな」
「私の命を狩ってどうする」
深緑の瞳が昏くかげった。
「……ネリアに絶望を与える」
「何?」
眉をひそめたレオポルドに月の光を反射してオドゥの白刃が放たれ、それを体ごと風の防御をかけたライアスが受けとめる。余裕をみせていたオドゥが初めて、口の端に浮かべていた笑みを消した。
「ライアス……」
「少々、ソラにけいこをつけてもらった」
ギラリと青い瞳を光らせたライアスに、オドゥが毒づいた。
「どこまで鍛えるつもりだよ!」
ソラとの鍛錬も欠かさなかった、オドゥは考えなくても体が動く。魔術のスキをかいくぐり、レオポルドの杖と打ちあった。喚びだされた冷気に、ノドが凍りつ息が止まる。
「オドゥっ!」
「……なぜ炎を使わない。お前の負けん気の強さを、僕は気に入っているのに」












