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471.オドゥの提案

「ここは?」


「僕の工房。グレンのとは比べ物にならないけど」


 オドゥは体の下に腕を差しいれ、わたしを抱き起した。彼が差しだした水を、わたしは素直に受けととる。グレンの三重防壁はちゃんと働いていて、体には傷ひとつない。


「いま、わたしの記憶をのぞいた?」


「すこし……君は最後まで友だちを心配していたね」


 悪びれもせずに答える彼を、わたしはにらみつけた。夢見で記憶を呼び覚まされるのは、気分のいいものじゃない。


「記憶をのぞくのは禁術だよ」


「ごめんね?」


 覚醒したとたんに、わたしを呼んでいたみんなの声がぼんやりとして、顔もはっきりと思いだせなくなる。さっきまであんなに明瞭に聴こえていたのに。もう遠く遠く離れてしまった。


 手が届かない世界……腕を伸ばせばつかめそうだった、クリスタルの飾りがついた、おそろいのキーホルダー……みんな置いてきてしまった。


『あーいや、合格したら言うわ。だから覚悟しとけ!』


 あのときリョーヘイに、わたしは何て答えたんだろう。果たせなかった約束、あのときの後悔


 。デーダス荒野で地平線に浮かぶふたつの月のように、この世界はわたしに迫ってくる。逃げだそうにも、どこにも行くあてはない。


「でも、忘れていたことをちゃんと思いだせた……」


 腕でゴシゴシ目をこすって涙を拭き、わたしはコップの水をゴクゴク飲み干す。


「ふふっ、きみはやっぱりたくましいね、僕が差しだした水を、ためらいなく飲み干すなんて」


(生きて、いる。水をほしがるわたしの体は生きている)


 ひと息ついて、わたしはオドゥの昏く沈んだ深緑の瞳を見返した。いくら奈々の姿をしていても、ここにいるのは〝ネリア・ネリス〟だ。


「わたしの名前を聞きだそうとしたの?」


 わたしが向こうの世界に置いてきた、本当の名前……彼がそれをほしがる理由なんてひとつしかない。


「デーダスにある工房を封印したキーワードが知りたくて。この世界の言葉じゃなかったからね、カマを掛けてみたんだけど……当たり?」


「あなたはデーダスの家には侵入できても、工房には入れなかったのね」


 彼が引きだしたい情報がある限り、わたしはまだ生きていられる。オドゥはわたしの髪に目を留めた。


「きれいな黒髪だね」


「わたしの外見が変化した理由はどうして?」


「きみがレイメリアに似ているのは、それがグレンにとって再現しやすかったからじゃないかな。魂の器にふさわしい体を術式で指定するのに、数値は具体的であるほうが成功率も高くなる」


 彼は淡々と答えながらも、切なげに顔をゆがめた。


「何年もたったせいで、家族がどんな姿をしていたか、僕の記憶はもうあやふやだったんだ」


 夢でたとえ会えたとしても、覚醒したとたんに顔も声もぼんやりとして、はっきりと思いだせなくなる。


 記憶から再現しようと思えばできるけれど、さっきわたしが体験したように、記憶をのぞくのは不快な作業だ。ふたりにはそのほかに、急ぐ事情もあったらしい。


「たまたま星の配列もそろっていてね、今を逃すとつぎのチャンスは何十年も先になる。だから強行した。けれど成功するかは半信半疑だった。怖いもの見たさもあったけれど、僕の魔力はほとんど奪われて、グレンがいなかったら確実に死んでいた」


 彼はうっとりとしたように目を細める。不気味さを感じながらも、わたしは彼に口をはさまない。


「僕たちは異界から、〝命〟を持った〝肉体〟……生命体を呼びだした。事が成ったとき、僕の体は衝撃でふっ飛ばされて、地面に転がりながら考えた。実験に使うのも大変だろうなって……きみの体はただの焦げた肉塊にしか見えなかった」


 わたしは転移で力を使い果たし、魔力の器は空っぽだった。わたしをこの世界に定着させるために、グレンは〝星の魔力〟とわたしをつなげた。


「異界から喚び寄せた瀕死の体を使うために、そこに宿る命はいらない。けれどグレンは〝死者の蘇生〟よりも、きみを救うほうを選んだ……最初は許せなかったよ。もちろん僕が浅はかだったけど」


 オドゥは人生を賭けていたのに、協力者だったはずのグレンが、土壇場で彼の前に立ちはだかった。


「このまま僕とふたりで暮らさないか。僕ならアイツのかわりに君の面倒がみられる」


「前にも断ったでしょ、それは」


 首を横に振ってもオドゥは引き下がらなかった。


「僕はグレンみたいに君を閉じこめたりしない。世界中をふたりで旅して回ろう。きみがまだ見ていない、すてきな場所がいっぱいあるよ」


 わたしは、手を伸ばしてオドゥを止めた。そっと彼のほほに触れて問いかける。


「オドゥ待って……あなたは何でそんなに悲しそうなの?」


「僕が……悲しそう?」


 意外そうにまばたきをする彼は、わたしではなく違う存在を見ているようだった。


「うん、とっても悲しそうだよ。願いをかなえる話をしているのに……本当はかなわない望みだと、分かっているんでしょう?」


「かなわない望みだって?」


「そうだよ。召喚できた体がひとつだけでは、あなたの望みはかなえられないもの」


「きっときみの記憶をのぞいたせいだ。きみの切なさに引きずられたせいだよ。僕はちっとも悲しくなんかない!」


 勢いよく否定したオドゥは、わたしを振りかえると薄く笑う。


「ひとり召喚するのに、僕とグレンのふたりがかりでも死にかけた。けれどきみが協力してくれるんだろう?」


「え?」


「無尽蔵と言われる〝星の魔力〟を使い、きみが召喚を行えばいい。そうしたら異界から何人でも呼び寄せられる。生きていれば助けるし、死体ならば研究に使う。どのみち錬金術で運命を捻じ曲げなければ、きみと同じく死ぬ運命の体だ」


 何でもないことのように語り、オドゥは瞳の深緑色を濃くした。どくん、とわたしの鼓動が跳ねた。


 この世界にきたときのこと、さっきのぞいた記憶……。わたしはあの世界にいたのでは、きっと助からなかった。


「グレンはいつでも僕の前に立ちはだかる。僕にはきみ以上の存在を創りだす自信がない。グレンの命を賭けた最高傑作……こうしてきみが生きて動いているだけで、奇跡以外の何物でもないよ」


「ダメだよ。わたしは……無理、協力しない。わたしみたいな存在を作りたくない!」


 それで助かる命があるのだとしても。


「協力してくれたら、もとの世界に送り返してあげてもいいよ」


 オドゥの提案にわたしは目を見開いた。あの世界にふたたび戻れる。


「そんなことが……」


 夢から目覚めたばかりのわたしには、彼の誘いは甘くしびれるようで、一瞬ドアを開ければそれだけで、もとの世界に戻れるような錯覚さえ起こさせる。


「そうだね、莫大な対価が必要だ。けれど〝星の魔力〟は無尽蔵だし、それに……きみ以外にだいじなものなんてこの世界にないよ」


 ああ、ダメだ……まだオドゥはからっぽのままなんだ。だから可能なら体をいくつ召喚しても平気だし、世界が滅びようと気にしない。


「たとえ帰る方法があるとしても。この世界が壊れるほどの対価が必要なら、わたしはそれを望まない!」


「きみの望みは……『魔術師の杖を作りたい』だっけ。あいつを消せば、そんな願いいらないよね」


 オドゥの深緑色をした瞳の色が深く濃く……底知れぬ淵のように感情を見せない色をたたえる。


「すぐに済むよ。きみはここで待ってて」


「待って……オドゥ!」


 わたしの叫びもむなしく、彼の姿は虚空に消えた。同時に魔力封じが展開し、わたしの体から力が抜ける。意識を失う直前、わたしは記憶の中で形を成した彼へ、必死で呼びかけた。


 ――レオポルド!

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