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【オドゥ・イグネル】

挿絵(By みてみん)

(絵:よろづ先生)

「怒ってねぇよ!」


 リョーヘイはブスっとしたまま返事をすると、グシャグシャと自分の髪をかき乱した。


「顔がニヤけないようにしようとすると、歯を食いしばる必要があるんだよ!」


「何それ。楽しんだもんがちなんだし、いっぱい笑ったほうがいいよ」


 速度をあげて走るジェットコースターから轟音と嬌声が聞こえる。ミカたちはテーマパークの奥にある、タイルで作られた幾何学模様が美しいエリアに向かって行った。


(鉢合わせしたくないから、わたしたちは海側に向かったんだっけ……)


 先に立って歩きだせばリョーヘイも黙ってついてくる。受験しても東京の大学に合格するかはわからない。タイチは地元の国立大を狙っていた。


(リョーヘイはどうするんだろう……)


 受験の話は気楽なようでデリケートな話題だ。ピリピリしている子はすごくピリピリしているし、この夢みたいな場所で、そんな話もしたくない。


 ――それにわたしは結局、受験なんてしなかったし……。


「うわぁ、すごい!」


 演出なのかオイルのようなにおいがする、ひんやりした通路を抜けて視界がひらけると、入り江には船が浮かんでいた。


 建物には明かりが灯りはじめ、茜色から美しい紫へのグラデーションがかかる空を、飛行機のナビゲーションライトが点になって進んでいく。水平線の向こうは都会の空らしい淡い紫に染まっていた。


「わたし大好き……この黄昏色をした空。ここで見られるなんて最高!」


「お前さぁ、こんな場所で『大好き』とかいうなよ。勘ちがいすんだろ」


 笑顔でふりかえるとリョーヘイは怒ったようにボソボソ言う。わたしは思いっきり叫んだ。


「勘ちがい……してもいいよ!」


「え……」


 べつにミカに影響されたわけじゃないけれど、そのときのわたしはいい気分だったのだ。理科室でリョーヘイとケンカしたことなんて、すっかり忘れるぐらいには。


 彼は目を丸くして、それから困ったようにあたりを見回して、怒ってるような顔でぶっきらぼうにいう。


「だったら……手ぐらいつなごうぜ」


「……うん」


 わたしが手を伸ばせば、彼の手はおそるおそる伸びてきて、それからわたしの指にきゅっと絡みついた。


「……ていうか手に汗かいてない?」


「俺がさっきのひとこというのに、どれだけ緊張したと思って……」


 リョーヘイの抗議がじわじわと、実感となって押し寄せる。こんなのはじめてだ。


 でも意識する前は……そう、小学校に入学したばかりの遠足とかで、手をつないだような気もする。リョーヘイはボソッとつぶやいた。


「お前、ちっこいけど……やっぱ手もちっこいのな」


「そっちがおっきすぎるの!」


 ちっちゃかった男の子は、今ではすっかりわたしの背を追い越して、もう絶対に追いつけない。


「兄貴より背が高いかも」


 笑顔で彼の横顔を見あげれば、チラッとわたしを見おろしてまたそっぽを向いた。


「ここで兄貴だすのかよ。ぜんぜんムードでねぇ」


「そんなことない……そんなことないよ。ちゃんとドキドキしたし、うれしかったよ?」


「過去形かよ!」


 憎まれ口がいつものリョーヘイらしいのに、つないだ手は汗ばんでいて。わたしはうれしくなって、その横顔に話しかける。


「また来たいね。でもまずは受験がんばらなきゃ!」


「……死ぬ気でがんばる」


「やだ、死なないでよ!」


 リョーヘイがつないだ手にグッと力をこめた。


「あのさ……もしふたりとも大学受かったら、そのときは」


「うん?」


 けれど彼は首をひねって、言いにくそうに口をゆがめた。


「あーいや、合格したら言うわ。だから覚悟しとけ!」


「なぁに、その果たし状みたいな言いかた」


「うっせ、俺の限界なの。いまアタマ沸騰しそうになってんだから!」


「ねぇ、帰りたくないなぁ」


 わたしにホテルの窓から手を振る観光客の人影が見えた。イタズラっぽく言えばリョーヘイも視線の先を追い、すぐに頭をぶんぶんと振る。


「バカヤロ、タイチたちと合流したら夜行バスで帰るかんな。そんな金もねぇし」


 怒ったようにいうリョーヘイに、トン……と肩でぶつかった。


「いまさぁ、ちょっとだけ考えたでしょ?」


「行くぞ、欲しいみやげがあるって言ってたろ?店が混み合う前に行くぞ!」


 急に急ぎ足で歩きはじめたアイツに、わたしはあわててついていく。


「あっ、わたしもバイト先におみやげ買わなきゃ!」


 速い歩調に小走りになると、しっかり手は繋いだままで、彼は歩くスピードを緩めてくれた。そしてボソボソと乱暴な口調でいう。


「俺、お前の喜ぶ顔が見たかっただけだから、それでじゅうぶんなんだよ。これいじょう俺を欲張らせんな」


「はーい」


 一緒にこの景色が見られただけで、うれしくて楽しくて幸せな気持ちで。


 手をつないで見あげた空はきれいな黄昏色で、やっぱりそれはわたしのいちばん大好きな色だった。


 ――もっと。もっと話したかった。横顔でいいから見ていたかった。黄昏色の瞳はなぜかいつも、あの日と同じく心をザワつかせた……。





 帰りの夜行バスはミカが横に座って……わたしはブランケットにくるまって眠っていた。タイチとリョーヘイは前の席で。


 意識を取り戻したとき、自分がどこにいるかわからなかった。


(あれ……みんなは?)


 身動きしようにも体がびくともしない。たしかバスの座席に座っていたはずなのに。むせ返るような鉄臭さとガソリンの臭い、そして血の香りがした。


 遠くからわたしを呼ぶ声が反響する。


「奈々ぁっ、奈々ぁああ!」


「危ないっ、きみっ、離れなさいっ!」


(リョーヘイ……?)


 返事をしようとして、声をだせないことに気づく。こんどはミカの声がした。


「お願い、奈々がまだ中にいるの。脚を挟まれてて、私では動かせなくてっ!」


「きみも怪我をしてるだろう!」


(……どうなって?)


 複数のザワザワした声が遠くで響く。体に当たる布の手触りはたぶんバスの座席なのに。


「やだあぁ、離してよぉっ!タイチお願い、奈々を!」


 ――わたしはだいじょうぶだから。


「ダメだ、ここから早く離れろっ。ガソリンに引火する!」


「待って!奈々ぁっ!奈々あぁっ!」


「早く、少しでも遠くに!」


「急げ……火がっ!」


 ――わたしはだいじょうぶだから。


 ――だからみんな早く逃げて。


 痛いはずなのに何も感じないのは、記憶の残像だからだろうか。ぼんやりとただ目に映るものを焼きつけた。


 バスの通路の床には散らばった荷物、リュックにはリョーヘイと買ったばかりの、キーホルダーが揺れている。クリスタルがついたおそろいの……。


 ――旅行、楽しみにしてたのにな。


 真っ暗な中で光るキーホルダーを見つめた。次の瞬間、わたしは炎と衝撃に包まれ、熱い……と思うヒマもなかった。


 ――そして、わたしだけ異世界に。





 だれかの手が優しく頭をなでる。視界が涙でにじみ、それがだれの手かもよくわからない。穏やかな声が上から聞こえる。


「だいじょうぶ?」


「生きてた……」


「ん?」


 わたしはポロポロと涙をこぼしながら、体を痙攣させるようにしてしゃくりあげた。


「リョーヘイもミカもタイチも……生きてた。助かったんだ……あの事故から逃げだしてた!」


 思いだすのも怖くて考えないようにしていた。楽しみにしていた旅行、誘ったのも後ろめたくて。


「よかった……みんな無事で……」


「自分のことより友だちの心配?」。


「だってずっと気にかかっていたから……あの事故でみんなは死んでしまったんじゃないかって」


 あきれたような声には聞き覚えがある。泣いているわたしの頭をなでながら、優しくたずねられた。


「きみの名前は?」


「松瀬……」


「マッセ?」


 奈々、と答えようとして。聞き返してくるイントネーションに引っかかりを感じた。


(さっき、わたし何て考えた?)





 ようやく意識がハッキリと覚醒する。わたしは手術台のような簡素なベッドに寝かされていた。


 視線だけで部屋を見回すと、周囲の壁には素材がぎっしりと詰まれた棚と、ビン詰めの標本がならぶ。目の焦点がこげ茶の髪をした男の顔に合わさった。


「オドゥ・イグネル……」


 オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけ、深緑の瞳を穏やかに細めた。

奈々にも動きがあるようです。

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