47.魔道具ギルド
ようやく魔道具ギルドに着きました。
王都では『ネリィ』で通せても、正式な契約は『ネリア・ネリス』の名前でする必要がある。その際、自分だけでは心もとないし、成人している人物に立ち会ってもらいたかった。
こんな用件でライアスやレオポルドには頼れないし、錬金術師団で付き添ってくれそうな人物といえば……。
ユーリ・ドラビス、君に決めた!
当のユーリは迷惑そうにしていたが、ちゃんとついて来てくれた。
「ここが魔道具ギルド……」
メロディに連れて来られた五階建てのその建物は、見上げると上に向かって徐々にすぼまっていく形をしていて、外側から見た感じ、重厚で古めかしい石造りの佇まいで、歴史ある建造物らしかった。
けれど、メロディが入り口でギルド会員の証になっているブローチをかざし、重々しい扉を開けて中に入ると、その印象は一変する。
(森の中⁉︎)
小鳥たちがさえずり、木洩れ日の中そよ風に吹かれて、人々が切り株に腰かけたり、ブランケットの上で寝そべったりして仕事をしている。足元は落ち葉や小枝、苔むした岩などもあり、柔らかい土の感触といい、とてもここが魔道具ギルドとは思えない。
(えっ?室内なのに……木洩れ日とかそよ風って……これもまさか魔道具?)
『いらっしゃいませ!魔道具ギルドへようこそ!』
一羽の青い小鳥が飛んできてさえずった。
「メロディ・オブライエンよ、ギルド長と約束があるの」
『かしこまりましたオブライエン様、ご案内致します』
小鳥が前を飛ぶのについて、わたし達は歩きはじめる。
「メロディさん、この小鳥って……これも魔道具?」
「可愛いでしょ?案内とか書類運びとか、ちょっとしたゴミ捨てとか、雑用を片付けてくれるのよ」
見ていると切り株に座っていた人から書類を差しだされた小鳥がそれをくわえて、別の場所で大きなサルノコシカケの上に座っている人の所まで運んでいる。
そうかと思うと、ブランケットを敷いて寝そべっていた人が、突然起き上がって『不合格!』と叫んでいる。どうやら『安眠まくら』の試験中だったようだ。試験結果を受け取った小鳥が飛んでいく。
「オートマタなの?」
「錬金術師の作るオートマタより、もっと仕組みは簡単なものよ。単純作業をする魔道具に、幻影の術式をかけて小鳥に見せているの。場面が変われば熱帯魚になったりするわよ?」
「場面も変わるの⁉︎」
「そう。今は森の中だけど……サンゴ礁だったり、砂漠のオアシスだったり、草原だったり……いろいろ変わるの。ここは魔道具ギルドの『顔』ですからね、客を驚かす仕掛けがたくさんあるのよ」
「へええ!」
ちょっとそれ、テーマパークみたいじゃない?何度も来てみたいかも!小鳥について大木のうろに入ると、苔むした床がせり上がった。どうやら二階に上がるエレベーターのようだ。おお!エレベータのボタンが光るキノコ……って、なんか楽しい!サンゴ礁バージョンはどうなるんだ?
「それと、働いてる人間が退屈しないように……って意味もあるかな。ギルドの業務といったら……市販されている魔道具の苦情受付とか、新しい魔道具の申請や許可、安全性の検証……といった地味な書類仕事が多いのよ。ずっと同じ作業だと集中力が落ちるでしょ?『森の中』は森林浴しながら仕事してるみたいだ……って評判がいいの」
「『洞窟の中』は不評だったな……鍾乳石に地底湖……幻想的でいいと思ったんだが、書類を持ってコウモリが飛び交うのが評判悪くてね……やあ、オブライエン、待っていたよ」
二階に上がると、ガッチリした体格のいかつい男性が、待ち構えていた。何というか、『ザ・職人』といった雰囲気のガテン系のおっちゃんだ。野太い声で挨拶される。
「ビル!今日はよろしくね!」
「そちらのお嬢さん方もはじめまして。魔道具ギルド長をしているビル・クリントだ。ニーナとミーナは先に着いている。あと契約事だから、公証人も呼んでおいた」
そして通されたギルド長の部屋には、ニーナとミーナともうひとり、かっちりとしたスーツを着込み、きっちりと髪を引っ詰めた人物が居た。
「「ネリィ!今日はよろしくね!」」
「公証人をしております、アイシャ・レベロと申します。本日はよろしくお願い致します」
扉が閉じたのを確認して、わたしは居住まいを正す。さぁ、これからは『ネリィ』じゃなくて、『ネリア・ネリス』だ。
「『錬金術師』をしております、ネリア・ネリスと申します。こちらこそよろしくお願い致します。こちらは同僚のユーリ・ドラビス」
「ネリア・ネリス……?」
ビル・クリントが聞きとがめ、問うような視線をメロディに投げかけたが、メロディは軽く肩をすくめただけだった。ビル・クリントの眉間に深いシワが刻まれる。
七名全員が円卓に座ると、アイシャ・レベロがそれぞれの用意した書類を配りはじめた。
「ではまずこちらが、ニーナさんとミーナさんの出した『収納鞄』の仕様書、そしてこちらがネリアさんの書いた『収納鞄』の術式……収納スペースの容量別に『二泊三日用』『七泊八日用』の二種類となってます……それとメロディさんの店に卸す専売契約書ですね」
各自、書類をめくっていく。
「わぁ、デザイン可愛いですね!完成が楽しみです」
「ネリィも術式を随分削ってシンプルにしてくれたのね!これなら鞄に組み込みやすいわ」
「『七泊八日用』は自分でも絶対欲しいのよ!仕入れが楽になるもの!」
「……いかがですか、ギルド長?」
「そうだな……安全性の検証をする必要はあるだろう……同じ製品の収納空間同士が繋がってしまわないか……とか、術式の効果が切れた時、中の物はどこに行ってしまうのか……とか」
「空間同士が繋がる事はありません……この場合の収納空間は、それぞれの鞄に属しているので」
「ほう」
「それと、術式の効果が切れた場合は、空間に物がしまえなくなるので、その場であふれて出てきます。どこかに行ってしまったりはしません……検証済みです」
「ふむ……それなら、十分製品化はできるな」
「契約書自体にも、問題はないかと思われますが……」
「ギルド長の意見としては、懸念が二つある」
ビル・クリントはトントンと書類を叩きながら、言葉を続けた。
「ひとつは、この魔道具はかなり売れるだろう、という事だ。商売が大きくなり過ぎる危険がある。そうしたらメロディやニーナ達だけで捌けるのか?もしも注文を捌ききれなくて、転売が横行したり、粗悪な模造品が出回ったらどうする?」
「それは……」
ニーナさん達が言葉に詰まると、ビルはわたしの方に向き直った。
「もうひとつは、『ネリア・ネリス』あんただ」
(わたし⁉︎)
「俺はこの間魔道具師の会合で、あんたの名を聞いた。王都錬金術師団の新しい師団長……『ネリア・ネリス』……それで、間違いないか?」
「……間違いありません」
「そして、俺はこうも聞いた。『ネリア・ネリス』は誰も素性を知らない『謎の人物』である、と。なんと魔術学園の卒業生でもないらしい……違うか?」
「……違いません」
なんだか雲行きが怪しい。ガッチリとした体格のいかついオッサンが真正面から睨んで来るのは、山がそびえ立つような迫力がある。
「つまり、あんたで信用できる部分は、『錬金術師団長』の肩書きだけって事だ……!」
「ちょっと!ビル!」
メロディのとがめるような声を無視し、ビル・クリントは腕組みをすると、こちらを睨みつけ雷が落ちるような声で吠えた。
「さあ!これに対して、どう答える?ネリア・ネリス!」
今日、ぼんやりTVを見ていたら、横浜流星さんが、ライアスやレオポルドと同い年(23)でした。そうかあの2人、このぐらいの年回りの青年なのか…としげしげ眺めてしまいました。
「ネリアは師団長なのに、魔道具ギルドでのこの扱いはおかしい」と、何度かご質問いただいたのでお答えしておきます。第8話でのメロディとの会話でも触れていますが、魔道具師には魔道具師の誇りがあります。
錬金術師への反発もありますし、グレンが指名し国王が認めたからといってネリアがすぐに恭しく迎えられるわけではありません。レオポルドやライアスは若くして師団長として認められていますが、彼らも努力しています。












