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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪
第十一章 ネリアと夜の精霊

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469.奈々の記憶

 高校二年から三年にあがる春休み……お好み焼き屋さんのバイトで貯めたお金で、同じ部活のミカとタイチとリョーヘイの四人で、東京の大学を見学した。


 それは口実でホントはテーマパークで遊ぶのが目的。わたしは張りきってみんなに説明する。


「ポップコーンはエリアごとに味がちがうんだよ!」


「ぜんぶ食いきれるわけないだろ」


 背が高いリョーヘイはよく食べるくせに、メニューを見ては『たっか!』と叫んでいる。スイーツはどれも可愛いけれど、高校生のお財布には優しくない。


「みんなで食べれば一瞬だよぉ。わ、すごい。ここ動くようになってる!」


 荷物になるからおみやげは最後だけど、お目当てのポップコーンバケットをいちばんに買った。


「お前それ……バイトの時給より高いぞ。ポップコーンだってぜってーぶちまける未来しか見えない」


「リョーヘイ、うるさい!」


「あきらめなさいよ、奈々は食いしん坊なんだから」


「ミカってばひどっ!」


 けれど結局アトラクションに並んでいる間に、みんなの腕がにゅにゅにゅと伸びてきた。


「あ、ちょっと。みんな遠慮なさすぎ!」


「や、私ポップコーンなめてたわ」


「ブラックペッパー……実に奥深い味だ」


 ミカが指先に残った塩をぺろりとなめると、渋い顔でタイチもうなずき、リョーヘイが肩をすくめる。


「何種類もあるっていうからさぁ、俺らだって奈々に協力してんだよ」


「ひとつかみがでかーい!」


「俺の手はもともとデカいの!」


 わしっとつかんでいくリョーヘイの手に文句を言ううちに、ポップコーンはあっというまになくなった。


「もぅ……楽しみにしていたのに味わうヒマもなかったよ……ホント一瞬だった」


 カラになったバケットを抱えてしょんぼりするわたしに、ミカがケラケラ笑う。


「次のヤツはさ、リョーヘイに買ってきてもらいなよ」


「おう、パシリやってやる」


「それならいいけどぉ。じゃあ次は甘いやつ、チョコレート味のこれね!」


 むくれたのは一瞬で、わたしはウキウキと次のポップコーンを選んだ。


「おふたりさん、仲のよろしいことで」


「そんなんじゃねぇよ……いってくる!」


 ミカがひやかすと、リョーヘイはぶっきらぼうにいって、わたしからひょいっとバケットを取りあげた。可愛いキャラクターをあしらった入れ物も、背が高い彼が持つと小さく見える。


 人ごみに消えるうしろ姿を何となく見送っていると、ミカがわたしのほっぺをつついて、にんまりと笑う。


「奈々ってば名残り惜しそうに見送っちゃってぇ。リョーヘイもいっしょに来られてよかったね」


「ひゃっ。そ、そんなんじゃないよ」


 もごもごと返事をすれば、ミカがむふふと生暖かい目でわたしを見る。


「まーたまた、すぐ真っ赤になっちゃって」


「これは日に焼けたの!」


 ミカとタイチはつき合っているけれど、わたしとリョーヘイは小学校からの腐れ縁だ。高校で同じ部活になったのだって偶然で、先輩たちは優しいのにリョーヘイがいることだけが不満だった。


 中学で成長が止まったわたしとちがい、リョーヘイは高校に入ってぐんぐん背が伸びた。お腹がすくのか学校ではいつも何か食べていて、わたしがバイトするお好み焼き屋にも、部活帰りにミカやタイチといっしょによくやってきた。


 だけどそれだけで、学校ではあまり話したこともない。ミカはタイチを肘でつつく。


「タイチ、あの話奈々にも教えてあげたら?」


「俺の口からは何とも……奈々ちゃんに話したってバレたら、リョーヘイに殴られる」


「何の話?」


「あたしたちがつき合ったキッカケ、リョーヘイなんだ」


 ミカはタイチと手をつなぐと、ふふっと彼に笑いかけた。


「そうなの⁉」


 タイチも照れくさそうにうなずく。


「奈々ちゃん旅費を貯めるってバイトしてて、あんまり部活こなかったから、リョーヘイが寂しがって……俺たちを強引に誘ってお好み焼き屋さんに通ったんだ」


「えっ、それ初耳なんだけど!」


「奈々ってさ、学校だとおとなしいのに、バイトだとハキハキしてて元気いっぱいでしょ。けっこう意外だったみたいで。アイツいつも奈々のこと目で追ってたんだから」


「それは仕事だと思うとスイッチ入るっていうか……でもわたし、バクバク食べるリョーヘイしか見ていないけど」


 高校生には数万稼ぐのだって大変なのだ。忙しく働いて、たまにちらりとみんなを見れば、リョーヘイは一心不乱にお好み焼きを食べていて、目が合ったことなんてない。


「そこが素直じゃないんだよなぁ、アイツも。奈々ちゃんがテーブルに近づくと、急に下向いてバクバク食いだすんだから」


 タイチが教えてくれて、ミカはつないだ手をうれしそうに掲げてわたしに見せる。


「リョーヘイはずっと働いてる奈々を見てるしさぁ、あたしたちもただお好み焼き食べて、ダベってるだけじゃヒマだから、なんとなく?」


「そんなの、知らない……」


 信じられない気分でつぶやけば、ミカもタイチと目を見合わせて苦笑する。


「このままずっと気づかれないんじゃ、リョーヘイもかわいそうかなって」


「そういうとこがリョーヘイなんだけどな」


「あとでさ、あたしもタイチと思い出作りたいし、リョーヘイといっしょにおみやげ選んだら?」


 どうやら別行動を提案されたらしい。


「うん……」


 しっかりと手をつないだふたりの邪魔をするわけにもいかなくて、わたしがうなずいたところにリョーヘイが戻ってきた。


「リョーヘイ、こっち!」


「ほらよ。奈々の髪目立つよな。遠くからでもすぐわかった」


 小学生の時から伸ばしはじめた髪は、もうすぐ腰まで届く。渡されたバケットからは甘い香りがする。


(ミカにタイチにリョーヘイも……みんながいてすごくうれしかった)


 何だか懐かしいような気がして、急に胸が締めつけられる。わたしはあわてて変な気分を追い払った。


「髪はだいじにしてるからね。洗うと乾かすだけで三十分はかかるし大変なんだよ。でも大学にはいったらヘア・ドネーションするんだ」


「何それ」


「寄付だよ寄付。カツラの材料になったりするの。でももしかしたら漆塗りの刷毛かも」


 人間の髪はいろいろな用途があるのだ。


『人の体は素材として使える。爪や髪すらも……』


(……え?)


「てことは切るのか……ふうん」


 一瞬、リョーヘイとはちがう、よく通る低い声が聞こえた気がした。わたしがまばたきをするとミカがいう。


「三年になったら部活は引退だけど、バイトも辞めるんでしょ。またみんなで勉強しよ」


「うわ、勉強になるかなぁ」


 わたしが抱えているのはチョコレート味のポップコーンが山盛りのバケットで。みんなの笑顔や今歩いて通りの石畳から響く靴音も、ひとつひとつよく覚えていて。


(……覚えていて?)


 不安になってわたしはリョーヘイを見た。背が高い彼は実験器具の扱いがていねいで、乱暴な口調のわりに慎重なところもあって。


(……ちがう、わたしこのとき不安なんて感じてない。)


 チョコレート味のポップコーンは甘いせいか、わたしとミカでほとんど食べてしまった。


「じゃ、二十時にスフィアで待ち合わせしよ。タイチとおそろでお土産買うからさ、きみたちも気を利かせなさい」


「はーい」


 手をつないで人ごみに消えるミカとタイチを見送って、リョーヘイをふりむけばムスっとした表情の彼と目が合う。


 時刻は十七時頃。アトラクションももうひとつぐらいは乗れそうだし、ご飯を食べてお土産を探してもいい。


「えっと……リョーヘイ、どこ行こっか」


「お前の行きたいとこでいいよ、俺わかんねぇし」


 上目遣いに首をかしげて問いかければ、彼はそっぽを向いた。カラになったバケットを抱え、わたしはほほをふくらませた。


「やっぱり何か怒ってる」

ありがとうございました!

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