469.奈々の記憶
高校二年から三年にあがる春休み……お好み焼き屋さんのバイトで貯めたお金で、同じ部活のミカとタイチとリョーヘイの四人で、東京の大学を見学した。
それは口実でホントはテーマパークで遊ぶのが目的。わたしは張りきってみんなに説明する。
「ポップコーンはエリアごとに味がちがうんだよ!」
「ぜんぶ食いきれるわけないだろ」
背が高いリョーヘイはよく食べるくせに、メニューを見ては『たっか!』と叫んでいる。スイーツはどれも可愛いけれど、高校生のお財布には優しくない。
「みんなで食べれば一瞬だよぉ。わ、すごい。ここ動くようになってる!」
荷物になるからおみやげは最後だけど、お目当てのポップコーンバケットをいちばんに買った。
「お前それ……バイトの時給より高いぞ。ポップコーンだってぜってーぶちまける未来しか見えない」
「リョーヘイ、うるさい!」
「あきらめなさいよ、奈々は食いしん坊なんだから」
「ミカってばひどっ!」
けれど結局アトラクションに並んでいる間に、みんなの腕がにゅにゅにゅと伸びてきた。
「あ、ちょっと。みんな遠慮なさすぎ!」
「や、私ポップコーンなめてたわ」
「ブラックペッパー……実に奥深い味だ」
ミカが指先に残った塩をぺろりとなめると、渋い顔でタイチもうなずき、リョーヘイが肩をすくめる。
「何種類もあるっていうからさぁ、俺らだって奈々に協力してんだよ」
「ひとつかみがでかーい!」
「俺の手はもともとデカいの!」
わしっとつかんでいくリョーヘイの手に文句を言ううちに、ポップコーンはあっというまになくなった。
「もぅ……楽しみにしていたのに味わうヒマもなかったよ……ホント一瞬だった」
カラになったバケットを抱えてしょんぼりするわたしに、ミカがケラケラ笑う。
「次のヤツはさ、リョーヘイに買ってきてもらいなよ」
「おう、パシリやってやる」
「それならいいけどぉ。じゃあ次は甘いやつ、チョコレート味のこれね!」
むくれたのは一瞬で、わたしはウキウキと次のポップコーンを選んだ。
「おふたりさん、仲のよろしいことで」
「そんなんじゃねぇよ……いってくる!」
ミカがひやかすと、リョーヘイはぶっきらぼうにいって、わたしからひょいっとバケットを取りあげた。可愛いキャラクターをあしらった入れ物も、背が高い彼が持つと小さく見える。
人ごみに消えるうしろ姿を何となく見送っていると、ミカがわたしのほっぺをつついて、にんまりと笑う。
「奈々ってば名残り惜しそうに見送っちゃってぇ。リョーヘイもいっしょに来られてよかったね」
「ひゃっ。そ、そんなんじゃないよ」
もごもごと返事をすれば、ミカがむふふと生暖かい目でわたしを見る。
「まーたまた、すぐ真っ赤になっちゃって」
「これは日に焼けたの!」
ミカとタイチはつき合っているけれど、わたしとリョーヘイは小学校からの腐れ縁だ。高校で同じ部活になったのだって偶然で、先輩たちは優しいのにリョーヘイがいることだけが不満だった。
中学で成長が止まったわたしとちがい、リョーヘイは高校に入ってぐんぐん背が伸びた。お腹がすくのか学校ではいつも何か食べていて、わたしがバイトするお好み焼き屋にも、部活帰りにミカやタイチといっしょによくやってきた。
だけどそれだけで、学校ではあまり話したこともない。ミカはタイチを肘でつつく。
「タイチ、あの話奈々にも教えてあげたら?」
「俺の口からは何とも……奈々ちゃんに話したってバレたら、リョーヘイに殴られる」
「何の話?」
「あたしたちがつき合ったキッカケ、リョーヘイなんだ」
ミカはタイチと手をつなぐと、ふふっと彼に笑いかけた。
「そうなの⁉」
タイチも照れくさそうにうなずく。
「奈々ちゃん旅費を貯めるってバイトしてて、あんまり部活こなかったから、リョーヘイが寂しがって……俺たちを強引に誘ってお好み焼き屋さんに通ったんだ」
「えっ、それ初耳なんだけど!」
「奈々ってさ、学校だとおとなしいのに、バイトだとハキハキしてて元気いっぱいでしょ。けっこう意外だったみたいで。アイツいつも奈々のこと目で追ってたんだから」
「それは仕事だと思うとスイッチ入るっていうか……でもわたし、バクバク食べるリョーヘイしか見ていないけど」
高校生には数万稼ぐのだって大変なのだ。忙しく働いて、たまにちらりとみんなを見れば、リョーヘイは一心不乱にお好み焼きを食べていて、目が合ったことなんてない。
「そこが素直じゃないんだよなぁ、アイツも。奈々ちゃんがテーブルに近づくと、急に下向いてバクバク食いだすんだから」
タイチが教えてくれて、ミカはつないだ手をうれしそうに掲げてわたしに見せる。
「リョーヘイはずっと働いてる奈々を見てるしさぁ、あたしたちもただお好み焼き食べて、ダベってるだけじゃヒマだから、なんとなく?」
「そんなの、知らない……」
信じられない気分でつぶやけば、ミカもタイチと目を見合わせて苦笑する。
「このままずっと気づかれないんじゃ、リョーヘイもかわいそうかなって」
「そういうとこがリョーヘイなんだけどな」
「あとでさ、あたしもタイチと思い出作りたいし、リョーヘイといっしょにおみやげ選んだら?」
どうやら別行動を提案されたらしい。
「うん……」
しっかりと手をつないだふたりの邪魔をするわけにもいかなくて、わたしがうなずいたところにリョーヘイが戻ってきた。
「リョーヘイ、こっち!」
「ほらよ。奈々の髪目立つよな。遠くからでもすぐわかった」
小学生の時から伸ばしはじめた髪は、もうすぐ腰まで届く。渡されたバケットからは甘い香りがする。
(ミカにタイチにリョーヘイも……みんながいてすごくうれしかった)
何だか懐かしいような気がして、急に胸が締めつけられる。わたしはあわてて変な気分を追い払った。
「髪はだいじにしてるからね。洗うと乾かすだけで三十分はかかるし大変なんだよ。でも大学にはいったらヘア・ドネーションするんだ」
「何それ」
「寄付だよ寄付。カツラの材料になったりするの。でももしかしたら漆塗りの刷毛かも」
人間の髪はいろいろな用途があるのだ。
『人の体は素材として使える。爪や髪すらも……』
(……え?)
「てことは切るのか……ふうん」
一瞬、リョーヘイとはちがう、よく通る低い声が聞こえた気がした。わたしがまばたきをするとミカがいう。
「三年になったら部活は引退だけど、バイトも辞めるんでしょ。またみんなで勉強しよ」
「うわ、勉強になるかなぁ」
わたしが抱えているのはチョコレート味のポップコーンが山盛りのバケットで。みんなの笑顔や今歩いて通りの石畳から響く靴音も、ひとつひとつよく覚えていて。
(……覚えていて?)
不安になってわたしはリョーヘイを見た。背が高い彼は実験器具の扱いがていねいで、乱暴な口調のわりに慎重なところもあって。
(……ちがう、わたしこのとき不安なんて感じてない。)
チョコレート味のポップコーンは甘いせいか、わたしとミカでほとんど食べてしまった。
「じゃ、二十時にスフィアで待ち合わせしよ。タイチとおそろでお土産買うからさ、きみたちも気を利かせなさい」
「はーい」
手をつないで人ごみに消えるミカとタイチを見送って、リョーヘイをふりむけばムスっとした表情の彼と目が合う。
時刻は十七時頃。アトラクションももうひとつぐらいは乗れそうだし、ご飯を食べてお土産を探してもいい。
「えっと……リョーヘイ、どこ行こっか」
「お前の行きたいとこでいいよ、俺わかんねぇし」
上目遣いに首をかしげて問いかければ、彼はそっぽを向いた。カラになったバケットを抱え、わたしはほほをふくらませた。
「やっぱり何か怒ってる」
ありがとうございました!









