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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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467.港の見えるカフェ

【奈々とレオポルド】

挿絵(By みてみん)

(絵:よろづ先生)

 そういえばわたしはお城の舞踏会に招待されるぐらいの、いいとこのお嬢様だと彼に思われているんだっけ。


 レオポルドは師団長の黒いローブではなく、竜騎士が着る紺色の騎士服を着て、髪は邪魔にならないよう束ねている。いつもつけている護符も外しているから、パッと見では魔術師とわからない。


(この人、目立たない格好もできるんだ……)


 返事もせずにポカンと彼をながめていると、花屋のテレサさんがあわてて、わたしたちのあいだに割ってはいってくれた。


「ちょっと、お嬢さんは相談をするためにウチへひとりできたんだよ。手を離してあげておくれ!」


「相談?」


 わたしの肘から手を離した彼に、テレサさんは説明する。


「そう、『男の人に贈るならどんな花がいいか』って。そういう話はお供がいたら聞きづらいだろ。だからお忍びで……ねっ?」


 一生懸命にとりなしてくれるテレサさんに、わたしもコクコクと必死にうなずくしかない。


 彼はようやく厳しい表情をやわらげ、店頭に並べられた色とりどりの花へと視線を向けた。


「贈る花を……」


「レ、レオポルドさんは、もらうとしたらどんな花がいいですかっ!」


 聞いちゃった。贈るのはネリアだもん、わたしが聞いたっていいよね。答えを待っていると彼はあごに手をあてて考えこむ。


「花……」


「花じゃなくても、船乗りさんたちには実のなる鉢植えが人気らしいですっ!」


 受け売りだけどそういうと、彼は店先に置いてある鉢植えにも目を向ける。そんなわたしと彼を交互にみくらべて突然、花屋のテレサさんが叫んだ。


「ああっ!もしかしてお嬢さんが〝夜の精霊〟⁉」


「はい⁉」


 彼女はポンと手を打ち、納得したようにうなずく。


「黒髪に黒い瞳で好奇心旺盛……ってまさしく〝夜の精霊〟じゃないか。行く先々でトラブルに巻きこまれて、そのたびに銀の魔術師があらわれて彼女を助ける。王都新聞に特集記事がのってたよ!」


「あ、いや、その……」


 たしかに行く先々でトラブルに巻きこまれるけど、それは四番街の大劇場で評判だという劇の話じゃないかなぁ。


 彼は黄昏色の瞳をわたしに向けてくる。


「ひとまずここを離れよう、少し話がしたい」


 そういって彼はわたしに逃げるスキを与えず、転移魔法陣を展開した。





 転移したとたんゴミゴミした市場街から、眼下に港の絶景が広がる場所にでる。


「わ、すごい」


 タクラ上層にあたる貝殻のように港を覆うドームの先端、空に突きだすような場所に造られたカフェで、テルジオに渡された記録石でもオススメされていた。


 テーブルを縫うように歩く彼に注目する人はおらず、窓際のテーブルにわたしたちは案内された。


(なんで?)


 顔にでていたのが伝わったのか、彼はおかしそうに口の端を持ちあげた。


「〝認識阻害〟だ。その魔法陣を使った眼鏡を見る機会があって、術式を解析した。眼鏡がなくても使える」


「……天才ですね」


 そういえばこの人、天才魔術師だったよ!


 注文を終えたところで、彼がわたしにむかい頭をさげる。


「まずはきみに謝罪したい、夜会ではすまなかった」


「へっ、あの?」


 めんくらっていると彼は心配そうにたずねてくる。


「夜会のことが話題になったのは知っていたが、とくに手を打たなかった。私は婚約したが……きみは縁談に差し障りがあったのではないか?」


「だいじょうぶです、お気になさらず。ご婚約……おめでとうございます」


 わたしはワタワタと両手をふって否定し、何とか言葉をしぼりだす。


「あぁ」


 彼はうなずくと椅子の肘置きに片肘をついて、そのままぼんやりと海を眺める。


(少し話がしたいって……謝罪のことだったのかな)


 それにしても婚約者がいる男性がこんなところで、別の女とお茶しているのってどうなんだろう。


 浮気かっていうとネリア・ネリスはわたしだけど、でも今は奈々なわけで……。


 風が彼の髪をなぶるけれど、黄昏色の瞳は淡い空の色を映してやわらかい色彩をしていた。


「あの、見晴らしもよくてステキなカフェですね」


 思いきって話しかけると、彼は海を眺めたまま深くため息をつく。


「本当はここに彼女を連れてくるつもりだった。タクラにいるあいだに何とか時間を作って……」


 わたしは内心ダラダラと汗をかく。


「それなら彼女さんとくれば……」


「彼女には逃げられた。タクラに向かう数日間、目を離しただけでこの有り様だ。戻ってきたらまるで別人になっていた」


「そ、そうですか……」


(これわたし、バレたら殺されるのでは⁉)


 入れ替わったのはリリエラのせいだけど、わたしのせいもあるわけで……何と言いわけすべきかわからず、頭の中でグルグルしていると、彼はとんでもないことを言いだした。


「正直、手を焼いている。コートやローブを脱がせるぐらいならまだしも、ボタンをはめたり靴下を脱ぐのにも私の手を借りようとする」


「はぁあ⁉」


 わたしは椅子がガタンとなるのもかまわず、思いっきりテーブルに手をついて立ちあがり身を乗りだした。


「わっ、わた……彼女がそんなことを⁉」


「ああ」


 彼はわたしを見上げてまばたきしただけで、淡々とうなずきコーヒーカップを口に運ぶ。


 カフェ中の注目を集めてしまったことに気づいて、わたしはストンと腰をおろした。


「それはすみません……」


「きみが謝ることじゃない」


「そうだけど同じ女子として恥ずかしいというか」


 いや自分として恥ずかしいけれど……リリエラ何やってんのよぉ!


「おまけに人前でもおはようやおやすみのキスをねだってくる」


 聞き捨てならないセリフに思わず顔をあげ、わたしは食い気味に彼へとつめ寄った。


「したんですか?」


「何を?」


「おはようやおやすみのキスですよ、彼女としたんですか?」


「できるわけがなかろう!ライアスや我が師ローラ・ラーラの前でだぞ!」


 彼の眉間にぐっと寄ったシワに、このときほど安心したことはない。もしもデレデレされたら、さすがにいたたまれない。不安で勝手に言葉が口からこぼれでた。


「よかったぁ……でもふたりきりだったら……」


(バカバカ、わたしったら何聞いてんの!)


 これ、ぜったい聞いちゃいけないヤツ。どんな答えが返ってきてもいたたまれなくなるヤツ!


 耳をふさぎたい気分のわたしに、低くよく通る声が滑らかに疑問を解消してくれた。


「彼女とはふたりきりになってない。タクラに滞在しているのはサルジアに渡る準備のためだ。婚約したばかりとはいえ師団長の寝室は、それぞれ別に用意されている」


「あ、そうですか」


 何となくホッとすると、彼は黄昏色の瞳をキラリと光らせた。


「サカってるとでも思ったか?」


「レオポルドさんっ、お下品っ!言いかたがお下品ですよっ!」


「ふん」


 ふいっとそっぽを向いたレオポルドはすぐに肩を揺らし始め、笑いながらわたしを横目で見た。ちょっ、流し目になってるから、それ!


「きみはすぐ真っ赤になるな。魔導ランプではわからなくとも、昼の光ではごまかせまい」


「大笑いするとこですか、そこ……」


 わたしがむくれていると、銀の髪をかきあげながら彼は晴れやかに笑う。


「失敬、いい気分転換になった」


「気分転換……」


 そういえば彼の全身を包んでいた、緊張感のようなものがだいぶやわらいでいる。


「あの、なぜわたしに?」


 いまのわたしはドレスだって着ていない。会ったのは夜会のとき一度きりだ。


「その長い黒髪は目立つが、最初に気づいたのは声だ。花屋の店先で『ひゃあああ!』と叫んでいたろう。間抜けな感じが彼女の声によく似ていた」


「間抜けな感じ……」


 彼女とはだれのこと、なんて聞かなくてもわかった。失礼な言い方なのに、続けられた彼の言葉にわたしは何も言えなくなる。


「一瞬、彼女がそこにいるかと思い、必死に人ごみをかきわけて探したらきみがいた。供も連れずたったひとりで。思わず肘を捕まえていた」


 海を見ていた黄昏色の瞳が、まっすぐにわたしへと向けられた。


「私がずっと探していたのは……きみだったのかもしれない」

書籍版とは内容が違います。

どちらのパターンも大事に書けた場面で、気にいっています。

お読みいただきありがとうございました!

【ネリアと奈々】

挿絵(By みてみん)

(絵:よろづ先生)

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