466.テレサの花屋
「うん、やっぱ観にいってよかった!」
わたしは〝竜騎士団の演舞〟が終わる前に港を離れ、中層に向かって歩きはじめた。
転移魔法に慣れてしまうと、階段の上り下りがつらく感じる。
「体力ないと……きつっ!」
ヌーメリアといっしょに、広い王城をよくウォーキングしたけれど、走り込みでもしたほうがいいのかも……でも、わたしはもともと体育会系ではないのだ。
「ライアスもレオポルドも、ドラゴンにひょいひょい乗るけど、あの人たちの体力どーなってるの?」
街角で息をつくと目の前に〝テレサの花〟という看板の花屋がある。冬だから生花よりもリースやドライフラワーといった飾りが多く、春に咲く花の球根や種の袋もカゴに積まれて並んでいた。
(そういえば花って男の人にも贈るのかしら……)
ショーウィンドウに顔を近づけて花を眺めれば、お店の人に話しかけられる。
「いらっしゃい、どの花にするの?」
「あっ、えっとすみません。その……何を買うとかまだ決めてなくて」
この人がテレサさんなんだろう。彼女はほほに手をあてて首をかしげた。
「あらぁ、決まらないってことは自分のじゃないのかしら。もしかして贈りもの?」
「ええ。たとえば男性に贈るとしたら、どんな花を選べばいいですか?」
やり過ごそうと思ったのに、つい『贈りもの』という単語に反応してしまう。
(何にするかいろいろ考えたっていいもんね)
心の中でそんな言い訳をしながら、もじもじと質問すればテレサさんは楽しそうに笑った。
「ふふふっ。意中の男性に贈るなら白い花ね。『あなたの色に染まりたい』という意味だから」
「あっ、あなたの色に染まっ、染まりたいって……」
奥ゆかしいんだか、激しいんだかよくわかんない。赤くなったわたしにテレサさんはクスッと笑う。
「もし相手が船乗りだったら、実がつく鉢植えも人気ね」
「鉢植えですか?」
「船で退屈したら、陸が恋しくなるときもあるの。いわば〝土〟を手軽に楽しむのね」
彼女は金柑サイズの実がついた柑橘系や、支柱にツルが絡んだ赤いプチトマトのような鉢植えを指さす。
素焼きだけでなく、カラフルな彩色がされた陶器や、タイルで装飾がほどこされた鉢もあってどれもかわいい。
「実が成るものは育てる楽しみもあるし、鉢植えを枯らさずに世話できるマメな男なら、所帯を持つのも安心でしょ。『私に根を下ろして』ってアプローチなのよ。『私のことを真剣に考えてほしい』って気持ちがこめられてるの」
「なんと!」
わたしは動揺して、鉢植えを落っことしそうになった。エクグラシアの習慣、トラップだよ!
植物だからと油断してると、とんでもない意味があるなんて。
うっかり鉢植えも贈れないじゃん!
「そ、『染まりたい』とか『根を下ろす』とかそんなことまで……でも検疫とかどうなんだろう」
「ケムエキ?」
あっちの世界で育ったわたしは変なことまで気になるけれど、一瞬首をかしげただけで、テレサさんはマジ顔で忠告してきた。
「モテる船乗りはいくつも鉢植えをもらうし、それはそれで油断がならないのよ。それとすぐ枯らす男の性格は、ぜったい直らないから気をつけて」
「はいっ、勉強になります!」
こんなのグレンは教えてくれなかったし、ホントに聞いてみないとわからない。
メモ用紙がここにあったら、蛍光ペンで書いて付箋を貼り、そして机に座ったときに、目がつくところにマスキングテープで留める!
(うん、それがいい)
蛍光ペンとかマスキングテープは、この世界にないってことをすっかり忘れ、わたしはウンウンとうなずいた。
(レオポルドだったらどんな植物がいいだろう。塔の窓辺なら日当たりもよさそうだよね……)
わたしも研究棟の師団長室から見える中庭に癒されているのだ。
殺風景な塔の師団長室にだって、観葉植物ぐらいあってもいい。ずらりと並んだ鉢植えを見くらべて、わたしは真剣に考える。
(コランテトラやミッラだっと大きくなっちゃうし……ヴェリガンに相談してみようかな)
「ふふっ」
ジョウロで水をやっている彼を想像すると、でっかいソラみたい。
「あのテレサさん、たとえば贈るのが種だったら、それはどんな意味になるんですか?」
「種?」
テレサさんは店内に置かれた、カラフルな空の鉢や種の袋を振りかえった。
「種を男女間で贈り合うことってないわね。実が想いの成就なら、種は『別れ』『旅立ち』という意味だしね。旅立つ人に贈ることもあるわ」
「『別れ』や『旅立ち』……」
「悪い意味じゃないのよ。開拓時代のエクグラシアでは、行った先で花を咲かせ実を結ぶ……『あなたの願いがかないますように』という想いがこめられているの」
「へえぇ」
テレサさんはピンクや黄色、赤といった、鮮やかな色の袋に入った種をいくつか見せてくれる。
「これなんか面白いわよ。袋の色と同系色の花を咲かせる種が数種類、混ざっているの。これをまくだけで、好きな色の花畑ができるわ。朝起きてカーテンを開けたら、好きな色の花が咲き乱れる庭があるなんてステキでしょ」
「おおっ。めちゃくちゃぜいたくな、庭の楽しみかたですねぇ……」
憧れるけれど庭仕事だけで一日が終わりそうな気がする。だからこそぜいたくなのだけど。
楽しそうに花にふれるテレサさんは、花を扱う仕事が本当に好きみたいだ。
「今は造形魔術で花だって作れちゃうけど、花そのものより……花開く瞬間こそが、生きものとして美しいと思うの。でもカップルだったら、おそろいで何か持つのもいいんじゃない?」
「おそろい……」
ふと、きれいなクリスタルの飾りがついた、色違いのキーホルダーが、わたしの心によぎった。
「どうかしたかい?」
「あっ、何でもありません」
わたしは頭を振って、種の袋に描かれた花の絵を眺める。
『あなたの願いがかないますように』
(それなら……種を贈ることで、彼がエルリカの街で願ったことへの返事になるかな……いきなり白い花を贈るのは恥ずかしいけど種なら何とか……)
「あのっ、テレサさん。超初心者でも育てやすい、白い花が咲く種はありますか?」
「だとしたらネリモラね。ほっとけばどんどん花が咲くわよ」
ネリモラは好意を伝える花だし、これならよさそう。わたしはテレサさんからネリモラの種を買った。
(けれど……花の種が、ピアスのお返しになるかなぁ……)
何か違う気もする。答えの出ない悩みにわたしの思考は停止して、その場で袋を持って立ち尽くす。
このときわたしはすっかり油断していた。
話に夢中になってしまって、テレサさんがわたしの背後をみて、凍りついたように固まったのにも気づかなかった。
「テレサさん?」
彼女はわたしの後ろを見たまま、動きを止めている。不思議に思って目の前で手をヒラヒラと振ってみても反応がない。
彼女のようすに首をかしげた瞬間、わたしは右肘を大きな手でグイとつかまれた。
「きゃ……」
悲鳴をあげてバランスを崩しそうになったところを別の手が支え、黄昏色の瞳がわたしをのぞきこむ。
「……ナナ?」
声の主はきらめく銀髪の持ち主で、低くよく通る声がわたしの名を呼んだ。
「レ……」
けれどわたしが何か言う前に彼の眉間にぐっとシワが寄り、その薄い唇が動いてわたしはすくみあがる。
「きみはいったい……こんなところで供も連れず、ひとりで何をしている!」
「ひゃいっ!」
……うわぁ、いつものレオポルドだ!
ようやく再会。(書籍版とはちょっと違います)
『短編集』アンケートにご協力ありがとうございました!
【表紙】
1.ヌーメリア……10票
2.メレッタ……5票
3.その他……1票
4.女の子全員……2票
いよいよ〝毒の魔女〟降臨なるか⁉
【挿絵①】
1.白いローブと黒いローブ…16票
2.四本足のお茶会……4票
3.あったかもこもこパジャマ……15票
4.ボッチャの妖精……1票
ローブが逃げ切りました。挿絵②はシークレットで。
まだ原稿は誰にも見せてないけど、着々と進んでます♪なろう版も改稿作業中です。












