464.ユーリの機転
その日タクラは朝からお祭り騒ぎだった。タクラのそこかしこで、こんなささやきが交わされた。
「竜騎士団が演舞をやるらしい。タクラで演るのは数年ぶりだぞ!」
「しかも竜騎士団長はライアス様でしょ。筋肉よ、筋肉が見られるわ!」
女性たちは手軽に撮影できるフォトの魔道具を購入し、それを握りしめて身を震わせた。
「とにかくいい場所を確保しなきゃ!」
ステージ真ん前の貴賓席に座れるのはごく一部。
魔術師団長と錬金術師団長に王太子、それに魔術師や錬金術師といった各師団員に、タクラを統括するアンガス公爵夫妻、それを支えるスタッフで占められている。
真ん前はあきらめて、望遠でも写りのいい場所を求める者が多かった。その騒ぎは当然、黒髪の娘にも聞こえた。
「ライアスたち……何やるんだろ?」
気になるけれど、きっとそこには彼もいる。そしてネリア・ネリスという名の錬金術師団長もいるはず。
(自分の姿なのに、いっしょにいるところを見たくないなんて……変なの)
彼にエンツを送れば、きっと話を聞いてくれる。それ思ったけれど、結局そのまま何もしなかった。
気を紛らわすようにタクラの街を歩きまわり、お気に入りの場所はいくつも見つけた。
けれどせっかく見つけたカフェでも、最近はため息ばかりこぼしてしまう。
(少しだけ……少しだけなら、見に行ってみようかな。ちょっとだけのぞいて、それからコソコソ帰ればいいよね)
好奇心に勝てなかった黒髪の娘は、ちょっぴり彼の姿も眺めたくて、港にある海遊座がよく見える場所へと向かった。
タクラ港から回廊でつながる〝海遊座〟の貴賓席に、しばらく体調不良だった王太子と第二王子がようやく姿を見せた。
「公式行事でもないのに、すごい人出だな」
「ライアスは僕より人気だからね」
カディアンが目を丸くして広場を見回すと、王太子もなぜか得意そうに答えた。
「〝竜騎士たちの演舞〟をこんな近くで観られるなんて!」
カディアンの隣に座るメレッタには、ニーナたちがコートと帽子を用意した。何の用意もしていなかった彼女には、いつもつけているカチューシャを元に、アイリが花の図案を考えて刺繍した。
アンガス公爵夫妻の案内でやってきた、アルバーン公爵親子が王太子へあいさつにやってくる。
「エクグラシアの若獅子にごあいさつを申しあげます。竜王の加護と祝福を賜らんことを」
「アルバーン公爵もタクラに滞在するのか」
「冬の王都は閑散としていますからな。サリナにも気分転換が必要かと思いまして」
ふたりはアンガス公爵家に滞在し、王太子殿下の出発後もタクラにとどまるという。
潤むような大きな緑の瞳が美しい公爵令嬢のサリナには、カディアンがうれしそうに話しかけた。
「間に合ったみたいだな、サリナ」
「ごきげんようカディアン殿下、メレッタ様。アンガス公爵夫人から勧められたわ。あなたたちのために企画したのですってね。わたくしもとても楽しみです」
サリナはカディアンの隣に座るメレッタにも、にっこりとほほえみかけた。カディアンは照れくさそうに、メレッタにクシャリと笑いかける。
「そうなんだ。タクラ訪問の記念に、メレッタも参加できるような軽い催しを……って考えてくれたんだ」
「ね、楽しみだわ!」
笑顔で楽しそうに会話するふたりを、サリナはまぶしそうに見つめた。公爵家の跡取りである彼女は、婿を取らないといけない。
レオポルドの許婚にと先代の公爵が決めたせいで、彼女が親しく話せるのは、親戚でもあるユーティリスやカディアンぐらいだ。学園でも彼女に言い寄ってくる者などいなかった。
(こんなふうに視線を交わせる相手がいるなんて、うらやましいわ……)
公爵夫妻が相手を厳選するにしても、まず会話を交わすところからはじめないといけない。
数回会っただけで決断を迫られ、サリナが気にいらなければ、また次が紹介されるだろう。それを考えただけでも気が重くなる。
ユーティリスはそんなサリナをちらりと眺め、ムスっと座っているアルバーン公爵に目をやった。
(今のネリアと会わせるのは、ちょっとやっかいだな……)
まもなくレオポルドが婚約者をエスコートしてあらわれる。今の彼女は言動も不穏で、最後に入場することになっていた。
(できたらアルバーン公爵が、居眠りでもしてくれると助かるんだけど)
公爵はギンギンに目を光らせて、自分のスタッフに竜騎士団の名簿も持ってこさせている。サリナのために独身の竜騎士を、みずからチェックする気満々だった。
あのネリアに公爵を会わせるなど、ユーティリスも考えるだけで頭が痛い。公爵親子が参加すると聞いただけで、レオポルドの眉間にもググッとシワが寄っていた。
けれど貴賓席で鉢合わせするのはどうしようもない。
レオポルドを助けるのは面白くないけど、ネリアのために王太子は公爵へ声をかけた。
「アルバーン公爵、レオポルドの婚約おめでとう」
「は⁉何がめでたいと⁉」
ギリッとアルバーン公爵は歯を食いしばる。彼にしてみれば寝込みを襲われて、貴重な紫陽石のコレクションを強奪されたようなものだ。
しかも妻のミラはサリナどころかニルスもほったらかしで、〝聖地巡礼〟とやらに旅立ってしまい、彼にとっては何もかもがおもしろくない。
ただ彼の歯ぎしりなど、いつもカーター副団長を見慣れている、ユーティリスにとっては迫力不足でたいしたことはない。
(レオポルドの眉間のシワのほうが、よっぽど迫力あるよなぁ……)
壮絶なまでに整った美形に、にらまれるだけで恐ろしい。塔で魔術師団長をやれるのも納得だ。
王太子がそんなことを考えていると、広場にどよめきが起きて、タクラを吹く潮風に、きらめく長い銀髪をなびかせた魔術師団長が姿をあらわした。
赤茶のふわふわ踊る髪をサイドで束ねた、婚約者の〝ネリア・ネリス〟を連れている。
今日の錬金術師団長は仮面をつけておらず、素顔は妖精のように愛らしい顔立ちで、キラキラと輝く濃い黄緑色の瞳が印象的で、耳には婚約で贈られた、紫陽石とペリドットのピアスが揺れている。
ユーティリスはすかさず公爵にたたみかける。
「アルバーン公爵、ふたりの婚約披露は王城で執り行ってもかまわないか?」
「王城で?」
「錬金術師団長と魔術師団長であれば……師団長同士の婚約だし、彼女のお披露目は僕がエスコートする約束で、ドレスの製作も済んでいる」
「何ですと⁉」
アルバーン公爵は目をむいた。彼にしてみれば思いがけない話で、当のネリア本人もすっかり忘れている約束だなんて知りもしない。
(あのドレス、どこで使うか迷ってたんだよなぁ)
ユーティリスはのんびりと考え、キラキラ王子様スマイルで、公爵に向かってにっこりとほほえむ。
「彼女は僕が部下としても、王家としてもしっかり支えよう」
「何をおっしゃるかと思えば……」
レイメリアの弟ニルスにしてみれば、魔術師になった姉が帰ってこなくなったと思ったら、いつのまにか研究棟に住んでいて、子どもまで生まれていた。
荒れ狂う父を必死になだめるため、彼はものすごく苦労した。姉も姉だが、父も父だった。おかげで雪深い北部では魔導列車がまだ普及していない。
(こ、ここで後れを取るわけには……)
アルバーン公爵はガタッと音を立てて、椅子から立ち上がった。
彼も姉に似て怜悧な美形であり、秀でた額にすっと通った鼻筋は、レオポルドと同じ系統の顔立ちをしている。
「レオポルド、そなたたちの婚約披露の宴は、アルバーン領で大々的に執りおこなう。よいな!」
レオポルドはあいかわらず無表情に、叔父からの申し出にまばたきをした。
「まだ婚約者を紹介しておりませんが」
「いまここで紹介すればいいだろう!」
そして当のネリアは、こてりと首をかしげただけだった。
「あんた、叔父さんいたの?」
ユーリはネリアのために、ちょっと頑張りました。









