463.港湾事務所のライアス
タクラ港を吹く風は潮を含みベタッとしているが、さっそうと歩く竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、さわやかに金の髪を海風になびかせる。
ユーティリス王太子や魔術師団長レオポルド・アルバーンを押さえ、王都女子一番人気の彼は、タクラでも女性たちの心をわしづかみにしていた。
正直、手が届かなそうな王太子や、美麗とはいえ傲岸不遜と評判で、婚約したばかりの魔術師団長などどうでもいい。
さっそうとタクラにあらわれ、話題をさらったカディアン第二王子にも、すでに婚約者がいる。
ホテル・タクラの玄関が見渡せるカフェは、ライアスの姿をひと目見ようと、出待ちをする令嬢たちで満席になった。
それだけでなく街で遭遇する彼をキャッチすべく、タクラの街ではフォトの売り上げが例年の五倍を記録したという。
絵姿ぐらいは駅の売店で買えても、自分で撮ったフォトというものは、推しと同じ空間にいたという感動もあって、何物にも代えがたいお宝なのだ。
今もライアスはキラリと光るまぶしい笑顔で、港で働くおばちゃんたちのハートまで、ギュッとわし掴みにして、スタスタと港湾事務所に入っていった。
事務所の一角にある竜騎士団の詰め所では、うず高く積まれた荷物と団員たちが格闘していた。
「すごい物資だな」
ライアスが感心していると、荷物の間から茶髪のヤーンが、ひょこっと顔をだして恨めしそうに言う。
「何すっとぼけてんですか、これ全部団長への差し入れですよ」
「俺の⁉」
ヤーンはげんなりした顔で、また新しい包みをペリッと開く。
「まったくそういうトコ鈍いんだから。街角で団長がニコッとするたびに三十は届きますよ」
「そうか……王城では文官たちが仕分けしてくれるから」
「俺あての包みがひとつぐらいあってもいいのになぁ」
届いたものはそのまま、とりあえず詰め所に運びこまれている。王城からの連絡はエンツや通信用魔道具で届くため、包みの大部分は彼あてなのだろう。
「幸い食べ物はほとんどないですけどね、どれも珍品、逸品て感じで……俺らにはさっぱりですが。魔術師団長が仕分けしてくれてるんで助かってます」
タクラで届けられる差し入れはどれも異国情緒にあふれ、レオポルドまで開封を手伝っている。
それなりに値が張りそうな品もあり、令嬢たちが高級品を扱う輸入雑貨店で、先を争って購入したと思われる。
珍しい動植物を刺繍したタオルには、エンボス加工のしてある美しいカードが、鍛錬に使ってほしいと書かれて添えられていた。
ガラスの置物や万華鏡、それに魔導ペンやインクなどは、デスクまわりに置いて使ってほしいのだろう。
だがライアスや竜騎士団が気にするのは、それらが見た目どおりの品かということだ。
「サルジア由来の魔道具とかは要チェックですよね。呪術は精神や運命の在り方にまで影響をおよぼしますから」
レオポルドはひとつひとつ安全性を確かめると、手元に広げた魔法陣を収束させ、顔をあげてライアスにうなずく。
「いまのところ怪しいものはない。気にいったものがあれば使うといい」
「そうは言ってもな……まとめて家に送ってもらうか」
令嬢たちが贈ってきた品と、実際にライアスがふだん使う物はだいぶ違う。
彼は鍛錬するとき香りつきの刺繍入りタオルは使わないし、キラキラと光る魔石で飾られた、七色のインクで書ける魔導ペンで書類にサインをすることもない。彼はカードを一枚手にとり、記された名前を見た。
「もしかしたらどこかの夜会で踊ったか、言葉を交わしたかな……今思えばだいぶ失礼なことをした」
竜騎士団長になったばかりのころは、ライアスも緊張してガチガチだった。職務としてただ義務感で踊っていただけで、令嬢たちの顔も名前もきちんと覚えていない。
カードの主に返事を出してもいいが、軽い気持ちでそんなことをしたら大騒ぎになるだろう。よけいな期待は持たせないのが相手のためだ。
ネリアの行動ひとつで舞い上がっていた、過去の自分を思いだしてライアスは苦笑した。
「女心は難しいな。竜騎士たちやドラゴンのほうが、よっぽどつき合いやすい」
「意外だな、お前が他人からの好意を持て余すなど」
長年のつきあいである魔術師団長が、ため息をつく親友に黄昏色の瞳を向ける。
「いや、どれも俺には過ぎた品というか。お前はこういうのが届いたらどうしていた?」
「全部塔に置きっぱなしだ。マリス女史が適当に塔の魔術師たちに配る。だれもほしがらない物は燃やす」
レオポルドはいつもどおり、迷いなく淡々と答える。
「そ、そうか」
「だが……」
ふと手をとめた魔術師の口もとに、ふっと笑みが浮かぶ。気難しいことで有名な美貌の主が、めったに見せない極上のほほえみに、港湾事務所のスタッフが動揺して、運んでいた箱をドサドサと落とした。
「最近は自分が気にいらなくとも、『彼女なら喜ぶのでは』と考えるようになった。私にはいらない物でも、彼女が笑顔になればそれだけで送り主に感謝できる。不思議なものだな」
そう言って長い指で、また次の包みを丁寧に解いていく男に、ライアスは虚をつかれた。
「お前……丸くなったな」
「そうか?」
そんなことあったろうかと、小首をかしげる魔術師に、ライアスは心の中で言い返した。
(前は問答無用で燃やしていたはずだろ……)
親友の心にこれまで存在しなかった、凪のような感情が生まれている。ライアスはネリアという存在の不思議さを、あらためて感じた。
「ヤーン宛もひとつある。『茶髪の竜騎士さんへ』とカードに書いてあるから、そうだろう」
「お、やりい!」
レオポルドは荷物に添えられたカードをちらりと見て、ヤーンにそれを差しだした。さっきまでボヤいていた茶髪の竜騎士はうれしそうに受けとって、さっそく文面に目を通す。
「たどたどしいから子どもの字かな。そういえばこないだ迷子を保護して、家に送ってあげたっけ。色恋には発展しないけど、こういう感謝状はうれしいっすね」
「わからないぞ、その子には美人の姉さんがいるかもしれない」
「あ、それいい!」
ほっこりした顔になったヤーンを、水色の髪をしたアベルが茶化して、港湾事務所にある詰め所でも、竜騎士団には王都と同じく、気楽な雰囲気が漂っていた。
「それにしても……」
ぽつりとそれだけをつぶやき、顔をくもらせたライアスの親友は、おとなしくホテルで待つことも、タクラの街を探し回ることもできないのだろう。
ライアスはレオポルドの隣に腰をおろした。
「レオポルド、発想を変えてみたらどうだ?」
「発想?」
レオポルドがけげんそうに彼を振りかえり、さきほど箱を落としたスタッフは、ようやくすべてを拾い終わったところで、見つめ合うふたりを目撃した。
ハッと息を飲むと、またドサドサと箱を床にぶちまけ、真っ赤な顔で苦しそうに胸を押さえる。ヤーンが何となく察して、彼女のかわりに箱を拾ってやった。
「彼女は好奇心旺盛だし、にぎやかな所が好きだろう。王都では街歩きも楽しんでいたようだ」
「にぎやかな所……だがタクラとて人口は多いし、探すにしても……」
「彼女は好奇心旺盛だろう。彼女の気を惹くような、珍しい催しがあればきっと観にくる」
「彼女の気を惹くような珍しい催し?」
首をかしげてまばたきをしたレオポルドに、ライアスは得意そうに笑った。
「そこでミストレイの出番だ。俺たちが演舞をするから、お前は彼女を探せ」
アンガス公爵夫妻からもイベント開催を持ちかけられている。メレッタやカディアンにとってもいい思い出になるだろう。
ライアスの号令ひとつで、のんびりムードだった竜騎士たちの顔色が変わり、全員が泡を食って鍛錬場にすっ飛んでいった。
次回、『竜騎士団の演舞』です。









