462.客のこないカフェ〝クレーマ〟
★9巻準備のため改稿途中です。短めです。
わたしはリリエラという魔女の能力を初めて知った。
姿をそっくりに擬態する。
レイクラそっくりの姿で過ごしていた彼女はタクラで擬態を解くことはなかったけれど、本来の彼女は長い藍色の髪を持つ妖艶な美女だ。
そしてその能力を発動させるには、その対象と何らかの取り引きをしないといけない。いっしょに過ごした晩に、彼女はわたしに持ちかけた。
『あんたの願いをかなえてあげる。そのかわり対価をもらうよ』
優しくささやく声は子守歌のようで……けれど彼女はわたしの願いをかなえるかわりに、ほしいものを手にいれた。
レオポルドが作った世界にひとつしかない、紫陽石とペリドットのピアス。
そして……この世界にだれも、わたしを知る者はいない。
「錬金術師団長ネリア・ネリスはあそこにいる。わたしはただの奈々で……」
彼らの姿から目をそらし、逃げるように人ごみの中に逃げこんだ。
頭の中が真っ白になって、どこをどう走ったかも覚えていない。
トボトボと歩いていたら、人がひとりすり抜けられるぐらいの細い路地がある。誘われるように入って、ただ歩き続けた。
見晴らしのいい崖の上にある一軒家。カフェの看板を見つけて立ちどまる。
カララン、とドアチャイムの音をさせれば、マスターらしき男の人がふり向いた。
「いらっしゃい」
「コーヒー、もらえますか。それと何か甘いものを」
「窓辺の席が眺めがいいよ」
自分の収納鞄からフォトブックをひっぱりだす。持ってきたものはそれほどない。
ペラリ、ペラリとページを一枚ずつめくる。師団長室でふたり、それを眺めたことを思いだす。
『食べ物ばかりだな、それにきみの字はつたない』
『つたないはよけいだよ!』
抗議をすれば彼は穏やかに笑った。
『いこうか、マイレディ』
低くてよく通る声は信じられないほど優しくて。
ポロリとこぼれた涙をゴシゴシとこする。
「……いっしょにいられないのはいつものことじゃん」
少なくとも彼は生きてこの世界にいる。
「また会えたときに楽しい話ができるように……今を積み重ねるって……わたしが自分で言ったんじゃん」
わたしはフォトブックをカウンターに置き、タクラ港の景色をぼんやりと眺める。
「ひとつ。ピアスのゆくえはわかった。リリエラがいる場所も」
だから最初の予定どおり、港湾都市タクラをこの目で見て、彼への贈りものを探そう。
リリエラとの対決はそれからだ。わたしは自分の長い黒髪をつかむとそれを束ねた。奈々になれたのはやっぱりうれしい。
(この姿で会いに行ったら……わたしだって気づくかな?)
心によぎった面影を追い払い、運ばれてきたケーキをナイフとフォークで切り分ける。はむっとひと口ほおばって、もくもく食べながら、研究棟のことを思いだす。
「最初はヴェリガンが市場で貧血を起こして倒れたから、中庭でご飯をだすようになったんだよねぇ」
クセが強すぎる錬金術師たちを束ねて、舞いこんでくる仕事を必死に片づけて、彼らの能力を活かせるような新しい仕事を考える。
「ネリアってけっこうがんばってたなぁ」
声にだして言えば、やっぱりどこか他人事に響くけれど。
あいつに会ったら、たくさんわたしの作ったご飯をたべさせる。好きとか嫌いとか関係なく。
ちょっとだけ、自分の中にある独占欲というものを自覚した。
〝クレーマ〟は、実際にモデルになった店があります。
そこのコーヒーはまったく苦くないのです。












