461.タクラで暮らす
リリエラの生活をなぞるように港を歩き、わたしは外洋船や貨物船よりももっと小さな漁船が多く泊まるあたりにきた。
海鳥イールが騒がしくあたりを飛ぶなかを、水揚げされたばかりの魚や貝が次々と大きな建物に運ばれていく。
船乗りのようにガタイがしっかりした男性だけではなく、リリエラみたいな格好の小柄な女性たちが集まるあたりに来ると、わたしに気づいたバーナおばさんが声を張りあげて手招きする。
「おい、あんた。ボサッと突ったってないで早くきな、きょうの水揚げはとりわけ多いんだ!」
そこは貝の殻むきをしている作業場だった。水揚げの量は毎回変わるから、日雇いで募集をかけているらしい。
「あの、初心者なんですけど……」
「ああん?」
おばちゃんはめんどくさそうな顔をしたけれど、わたしにバケツと手袋、それにアイスピックのような道具を渡した。
「向き不向きはあるけどね、とりあえずやってみるかい?」
貝が積まれた作業台を囲むように座り、手袋をはめた左手で貝をもち、右手にアイスピックのような道具を持つと、貝に差しこんでこじあける。
そのまま足もとに置いたバケツに身を落とし、殻はタルに放りこんでまた次の貝を手にとる。
わたしもバーナおばさんの真似をしたけれど、固く口を閉じた貝にまるで歯がたたない。
「ちょっとコツがいるけど、出来高払いでその日食えるぶんぐらいにはなる」
「けっこうたいへんですね」
四苦八苦してると、それを見たバーナおばさんが、見かねて小さな道具を貸してくれた。
「ほら、新人さんは手が小さいから、こっちのほうが使いやすいよ。差しこんだら手首をちょっとひねるんだ」
「わ、ありがとう!あの、わたしは奈々って言います」
ひとまわり小さな道具の先は小さなカギがついていて、貝のへりに引っかけるようにして回せば、力のないわたしにも貝をこじあけることができた。
「やった!」
「いいね、その調子」
それでもわたしがひとつ貝をむくあいだに、みんなは五個も六個もあけていく。そして黙々と作業するかと思えば、とてもにぎやかだった。
「ねぇ、聞いた?王太子様と竜騎士団長、魔術師団長がタクラにそろったんでしょ」
「近くでお姿を拝めないかしら」
「海遊座のドラゴンがキレイよねぇ」
思わずわたしの手がとまる。
「港でさ、竜騎士団が何かやるんだって。アンガス公爵が頼んだって」
「レオポルド様は前にもタクラにきたことがあるけれど、ライアス様は初めてだから、ふたり並んだところが楽しみねぇ」
(レオポルド……前にもタクラに来たことがあるんだ)
キャアキャアとはしゃぎながらも、おばちゃんたちの手は止まらない。わたしがあっけにとられていると、すごい勢いで貝の山を崩していった。
「ナナ、あんた手が止まってるよ」
「え、あ……ごめんなさい」
バーナおばさんはくすりと笑う。
「あんたもライアス様やレオポルド様が気になるんだろ」
「えっ!」
ギクリとしていると、彼女はケラケラ笑った。
「あんたみたいな若い娘さんが港で働きたいなんて、そっち目当てだろうと思ったよ」
「えっ、いやあの……」
赤くなっていると、バーナおばさんは首をかしげる。
「でもさぁ、あんたは器量よしだし、手もキレイじゃないか。客商売のほうが向いているんじゃないか?」
彼女の視線の先には、まだ数個しか入ってないわたしのバケツがある。
「どう見ても向いてないよ」
「ひぃん……貝の殻むき魔法陣とかないですか?」
「何だいそれ」
レオポルドかロビンス先生に、貝の殻むき魔法陣とかカニの殻むき魔法陣を、開発してもらったらどうだろう。魔術師団長や魔法陣研究者に頼むことではない気がもするけれど。
「あ、それか自動殻むき機を、魔道具ギルドで開発してもらうとか……」
「道具一本あれば済むことを、わざわざ魔石を使うのかい?」
「ううう、そうですよねぇ……」
休みなしに働く魔道具があれば、便利だろうけど……開発段階だとどんな機械も、『手でやったほうが早い』となりがちだ。
「さてと、そろそろいくかい?」
「え……でもまだ貝が」
バーナおばさんが貝の身が入ったバケツを持って立ち上がり、わたしのこともうながした。
「だれかが片づけるさ。それにここは出来高払いでね、好きなときに始めて、好きなときにやめていい。あんたに向きそうな仕事を紹介してやるよ」
「わかった。あの、これありがとうございました!」
あわてて立ちあがり、バーナおばさんに道具を返そうとすると、彼女はわたしのバケツをちらりと見て鼻を鳴らす。
「ふん、それっぽっちじゃお茶も飲めないよ、ほら貸しな!」
わたしのバケツをひったくるようにして、そこに自分のバケツからザバッと中身を移した。
「えっ、あの?」
「計量はあっち!」
「は、はいっ!」
わたしは彼女に追いたてられるようにして、ハカリへ向かった。
取りだした貝はザルにあけ、石や殻などが混じってないか確認してから重さを量る。重さに応じてその場で代金を受けとればそれで終わりだ。
「ほいよ、あんたは五千エク、そっちの嬢ちゃんは二千エクってとこだな」
でもこれのほとんどは、バーナおばさんがやったものだ。自分でやったのなんて、半分もない。手のひらにあるお金がずしりと重く感じる。
作業場の外にでれば潮まじりの海風が吹きつけてくる。手袋をしていても貝は冷たくて作業場は足もとから深々と冷えた。毎日やるのはきっとつらい作業だ。それなのに自分の貝をわけてくれるなんて……。
「あの、ありがとうございます」
「あのあの、多い子だねぇ」
彼にもこの話をしたい。黙ってでてきた後ろめたさと心細さはあるけれど、やっぱり自分で体験しないとわからないことがある。
「それでさ、リリエラは見つかったのかい?」
「ええと……はい」
「なら失くしたものは取り戻せた?」
「それは……」
バーナおばさんは肩をすくめた。
「タイミングってのもあるしね。さてと昼飯でも食べにいくかい?」
「タイミング……かなぁ」
しょんぼりとため息をついたわたしの背を、バシッと叩いてバーナおばさんはふたたび歩きだした。
貝をむくコツを教えてくれたバーナおばさんは、貝の清算を済ませると知っている店に連れていってくれた。
「ここならまかないつきだしさ、あんたにもできるんじゃ?」
「まかないつき!」
パアッと目を輝かせたわたしに、料理を運んできた女将さんがうなずく。
「今は王太子一行がタクラに滞在していて、店も人手が足りないんだ。かんたんな計算とか下ごしらえ、皿洗いはできるかい?」
「鉄板焼きのお店なら……働いたことがあります」
「ならちょうどいいじゃないか」
タクラ名物の海鮮料理をだす店で働き、まかないを食べさせてもらう。渡りに船みたいなステキな話だ。
(このまま……奈々としてタクラで暮らす?)
それもアリじゃないか……とふと思えた。
きっとだれにも見つからない。
わたしがいなくなっても研究棟はカーター副団長が切り盛りできるし、デーダス荒野にレオポルドを連れていったのは、わたしが何かあったときに後のことを彼にお願いしたかったからだ。
そして〝ネリア・ネリス〟はいなくなる。
(親しかった人、仲がよかった人と縁が切れるのは、これが初めてじゃないもの……)
わたしのなかで〝ネリア・ネリス〟が声をあげる。
(でも、グレンとの約束は?錬金術師団のみんなは?)
「あのひとは、わたしがいなくてもだいじょうぶだよ。〝杖〟も必要としていないって……グレンの作った〝杖〟があるもの。それにみんなだって……」
(本当に?)
さっきよりも声が小さくなった。わたしは……本当にネリアに戻りたいのか、自分でもわからなくなった。
実は読者様からのお問い合わせで、ファンレターが私の手元に届かず、行方不明になったことがわかりまして。
すみません……出版社さんでも時間をかけて探して頂きましたが、見つかりませんでした。
幸い送り主さんと連絡がつきまして、お気持ちといっしょにネリアに届くよう『ハートのハンカチ』を、なろうの短編集に掲載、9巻にも収録させて頂きます。
ネリアとレオポルドに代わりましてお礼申しあげますm(_)m












