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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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460.テルジオのボヤき

暑中お見舞い申し上げます。

「んーどれもイマイチねぇ」


 輸入品を扱う貿易商のなかでもとりわけ大きな、アンガス公爵が懇意にしている店でネリアは言い放つ。聞いているテルジオも生きた心地がしない。


「そんな……どれも当店自慢の品でございます。何かご希望があればお取り寄せも致しますが……」


 今にも卒倒しそうな店主に、テルジオはあわててとりなした。


「慎重に選ばれているだけですよ。何しろ紫陽石とペリドットのピアスへのお返しですからね」


「まぁね。彼がつけてくれたの。すてきでしょ?」


 彼女は耳につけたピアスを自慢げに見せびらかす。


(ちょっと待ってくれよ。これが錬金術師団長って……ムリだろぉ⁉)


「それよりあのギンイワシはどうしたのよ。彼もいっしょなら選びやすいのに」


「ギンイワシ?」


 店主がきょとんとする横で、テルジオは頭を抱えたくなる。


(うわー。だれのことかすぐわかっちゃう俺って……有能すぎるだろぉ)


 姿形はどうみてもネリアなのに、しぐさや表情ひとつで別人になる。けれど彼女を知らない者にとっては、これが錬金術師団長ネリア・ネリスだ。


(そのフォローも含めて、魔術師団長に任されたんだけど。王太子殿下の相手をするより簡単だ……と思った俺のバカバカ!)


「彼、つまんないのよねぇ。あたしがひっついても顔色ひとつ変えないしさ。キスをねだれば眉間にグッとシワが寄るのよ」


 どうやら婚約者へのグチらしい、そう気づいた店内の空気が凍りつく。


「てっ、照れてらっしゃるんですよ。人前でそういうことをされるかたではありませんから」


「ふうん。思ったよりもつまんないわ。こんな生活のどこが楽しいの?」


 気のない返事をしたネリアは、くるくると指で赤茶の髪をいじる。物憂げな表情はなぜか色っぽく、赤い唇から漏れるのは深いため息だ。


「ねぇテルジオ、のどが渇いた」


「そっ、そうですね。贈りもの選びはいったん休憩にして、景色のいいカフェにご案内しましょう」


「いいわよ」


 彼の提案に彼女は素直にうなずき、用意していた仮面を身につけた。店主はホッとしたように頭をさげる。


「またのご来店をお待ちしております」


「さあさあ、店の前に魔導車が待っております。カフェにはエンツを送りましたから、さっそく参りましょう!」


 彼女をせかして店をでると、待機していた魔導車に乗りこむ。ゆっくり移動するのは時間稼ぎのためだ。


(彼女と一対一って……俺、キツい!)


 錬金術師団長の存在はアピールしたいが、ネリアをそのままでは人前にだせない。今の彼女は仮面をつけても、すぐに外してしまう。


(王都ではがっちりガードしていたのになぁ。ネリアさんとして扱えと言っても……)





「ねぇテルジオ」


「はいっ、何でしょう?」


 仮面をいじりながらぼんやりと、窓からタクラの街を眺めていた彼女が彼をふり向く。


「あんたもヌーメリアも、マウナカイアにいたときとはちょっと違う。けれどあの子だけはいつもどおりだった」


「そりゃマウナカイアには、私たち休暇で行ってましたからねぇ。それで『あの子』って?」


(なんでいきなりマウナカイアの話が?)


 テルジオはビシッと背筋を伸ばしたまま、きょとんとして首をかしげた。何かツボにはまったのか、彼女は肩を揺らして笑いだした。


「何でもない。テルジオは結局、ヌーメリアにはフラれたんだね。マウナカイアでは一生懸命話しかけていたのに」


「ぐはっ、それを話題にします?」


(おかしいなぁ、ネリアさんは俺の気持ちなんて気づいてなかったのに)


 退屈したのか、彼女はテルジオをいじることにしたようだ。ぶすっとしているよりは可愛いので、それは許すことにして彼は魔導車のシートに座りなおした。


「いいですよ、もぅ。もう少し話したかったとは思いますが、今考えればそれがよくなかったのかもなって」


「よくなかったって?」


 こてりと彼女は首をかしげる。そのしぐさだって可愛らしい。テルジオはさっき自分で考えたことを思い直した。


(ま、殿下の仏頂面見てるよりはマシだな)


「だって彼女が婚約したヴェリガンは、ふだん『あー』とか『うー』ぐらいしか言わないんですよ。声もボソボソとして聞き取りにくいし、ライバルとも思ってなかったです」


「テルジオと正反対だよね」


「ですよねぇ、それが秋の対抗戦で最高殊勲者に輝いたと思ったら、その場で彼女にプロポーズしてるんですよ。やられた……って思いました」


「ふうん」


「思わずララロア医師と目を見合わせちゃいましたよ。チャンスがあれば積極的に話しかけたけど、彼女は自分のことをあんまり話したがらなくて。逆に話をしようと気負ったのがよくなかったのかな……って」


 夏のマウナカイア……〝立太子の儀〟の準備を終えたと思ったら、ネリアが行方不明になり人魚の王国との交易が復活し、テルジオはオーランドと書類作成に追われた。


 最後はカイに絡まれて、ベソベソ泣きながら酒を飲んだ。


(黒歴史じゃねぇか。はぁ……)


「……彼女が気づいていれば、何か変わったかもね」


「まぁね、正直負けた気はしないんですけど、ヌーメリアさんは幸せそうで、どんどん会うたびにきれいになって……やっぱり悔しいですね」


 理由はいくつも考えようとした。


 アレクがまず懐いたのがヴェリガンだったこと、ネリアに仕事を任されて彼が六番街に店をだしたこと、そして対抗戦での勝利に貢献したこと……。


 納得できるだけの理由をいくつも考えて、結局テルジオは自分を納得させることができなかった。


「彼は『きみのためなら何でもできる』ってプロポーズしたらしいけど、ふだんはグータラなんですよ。やっぱ安心感なのかなぁ。そういうのって、かんたんに育めるものじゃないんですよねぇ」


「テルジオはさ、『ヌーメリアなら安心できる』と思ったんじゃない?」


「はぁ、まぁそうですよ。〝魔力持ち〟の女性はたいてい気が強いし、態度もハッキリしてますからね」


 控えめで主張しないのに、仕事はきちんとできるヌーメリアに、まず感じたのは信頼だった。


 貴族女性らしい品のよさと、慎ましさが同居している女性はめったにいない。とくに王城に集う淑女たちは序列が決まっていて、だれに対しても気を遣う。


「彼女みたいなタイプはさ、『押せば断られないだろう』って男に思わせるんだ。あんたは断られるのがイヤだっただけ。彼女はそれで痛い目を見たから、もう少し話せたところで結果は変わらなかったよ」


 ネリアとは思えない辛辣さだった。


「なっ、あなたに何がわかるんですか!」


 思わず声を荒げたテルジオを、彼女は見返してまばたきをした。


「怒った?」


「……怒ってないです」


 平静を装って返事をすると、彼女はぺろりと舌をだす。


「ムリしちゃって」


「ムリなんてしてませんよ!」


 ネリアは小首をかしげた。そのしぐさは妖精のように愛らしいが、魔導列車でいっしょに旅をした人物とはとても思えない。


「それに時間が巻き戻ったって、私の行動は結局変わらないです。だから……縁がなかっただけです」


 彼女は横顔でくすりと笑う。


「あんた……いいヤツね」


(何なんだよ、もう。調子くるうなぁ!)


「まぁね。でもいいヤツってのはね、たいがいモテないんですよ。ほらカフェに着きましたよ!」


 港を一望できる、タクラでも人気があるカフェに案内すべく、テルジオはさっさと魔導車を降りて、ネリアへと手を差しだした。


「ここ?」


「ええ、そうです。ネリアさんに魔導列車でお貸しした本の舞台にもなってます。だから私も楽しみなんですよ。フルーツたっぷりのハニーティーに、蜂蜜をかけたケーキを注文しましょうか」


「蜂蜜!」


 目を輝かせたネリアをエスコートして店に入れば、店内がざわりと揺れた。


 真っ白な錬金術師のローブを着た彼女からは、空気さえも変えるほどの魔力が放たれ、その圧は魔術師団長とあまり変わらない。


(やっぱり目立つよなぁ……)


 とにかく彼女を楽しませて、退屈させないことだ。そう考えたテルジオは支配人へと合図を送った。

作者の手描きですが、小レオポルドとソラに色をつけてみました。

同じ顔でもレオポルドは生意気そうな感じに。

挿絵(By みてみん)

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