460.テルジオのボヤき
暑中お見舞い申し上げます。
「んーどれもイマイチねぇ」
輸入品を扱う貿易商のなかでもとりわけ大きな、アンガス公爵が懇意にしている店でネリアは言い放つ。聞いているテルジオも生きた心地がしない。
「そんな……どれも当店自慢の品でございます。何かご希望があればお取り寄せも致しますが……」
今にも卒倒しそうな店主に、テルジオはあわててとりなした。
「慎重に選ばれているだけですよ。何しろ紫陽石とペリドットのピアスへのお返しですからね」
「まぁね。彼がつけてくれたの。すてきでしょ?」
彼女は耳につけたピアスを自慢げに見せびらかす。
(ちょっと待ってくれよ。これが錬金術師団長って……ムリだろぉ⁉)
「それよりあのギンイワシはどうしたのよ。彼もいっしょなら選びやすいのに」
「ギンイワシ?」
店主がきょとんとする横で、テルジオは頭を抱えたくなる。
(うわー。だれのことかすぐわかっちゃう俺って……有能すぎるだろぉ)
姿形はどうみてもネリアなのに、しぐさや表情ひとつで別人になる。けれど彼女を知らない者にとっては、これが錬金術師団長ネリア・ネリスだ。
(そのフォローも含めて、魔術師団長に任されたんだけど。王太子殿下の相手をするより簡単だ……と思った俺のバカバカ!)
「彼、つまんないのよねぇ。あたしがひっついても顔色ひとつ変えないしさ。キスをねだれば眉間にグッとシワが寄るのよ」
どうやら婚約者へのグチらしい、そう気づいた店内の空気が凍りつく。
「てっ、照れてらっしゃるんですよ。人前でそういうことをされるかたではありませんから」
「ふうん。思ったよりもつまんないわ。こんな生活のどこが楽しいの?」
気のない返事をしたネリアは、くるくると指で赤茶の髪をいじる。物憂げな表情はなぜか色っぽく、赤い唇から漏れるのは深いため息だ。
「ねぇテルジオ、のどが渇いた」
「そっ、そうですね。贈りもの選びはいったん休憩にして、景色のいいカフェにご案内しましょう」
「いいわよ」
彼の提案に彼女は素直にうなずき、用意していた仮面を身につけた。店主はホッとしたように頭をさげる。
「またのご来店をお待ちしております」
「さあさあ、店の前に魔導車が待っております。カフェにはエンツを送りましたから、さっそく参りましょう!」
彼女をせかして店をでると、待機していた魔導車に乗りこむ。ゆっくり移動するのは時間稼ぎのためだ。
(彼女と一対一って……俺、キツい!)
錬金術師団長の存在はアピールしたいが、ネリアをそのままでは人前にだせない。今の彼女は仮面をつけても、すぐに外してしまう。
(王都ではがっちりガードしていたのになぁ。ネリアさんとして扱えと言っても……)
「ねぇテルジオ」
「はいっ、何でしょう?」
仮面をいじりながらぼんやりと、窓からタクラの街を眺めていた彼女が彼をふり向く。
「あんたもヌーメリアも、マウナカイアにいたときとはちょっと違う。けれどあの子だけはいつもどおりだった」
「そりゃマウナカイアには、私たち休暇で行ってましたからねぇ。それで『あの子』って?」
(なんでいきなりマウナカイアの話が?)
テルジオはビシッと背筋を伸ばしたまま、きょとんとして首をかしげた。何かツボにはまったのか、彼女は肩を揺らして笑いだした。
「何でもない。テルジオは結局、ヌーメリアにはフラれたんだね。マウナカイアでは一生懸命話しかけていたのに」
「ぐはっ、それを話題にします?」
(おかしいなぁ、ネリアさんは俺の気持ちなんて気づいてなかったのに)
退屈したのか、彼女はテルジオをいじることにしたようだ。ぶすっとしているよりは可愛いので、それは許すことにして彼は魔導車のシートに座りなおした。
「いいですよ、もぅ。もう少し話したかったとは思いますが、今考えればそれがよくなかったのかもなって」
「よくなかったって?」
こてりと彼女は首をかしげる。そのしぐさだって可愛らしい。テルジオはさっき自分で考えたことを思い直した。
(ま、殿下の仏頂面見てるよりはマシだな)
「だって彼女が婚約したヴェリガンは、ふだん『あー』とか『うー』ぐらいしか言わないんですよ。声もボソボソとして聞き取りにくいし、ライバルとも思ってなかったです」
「テルジオと正反対だよね」
「ですよねぇ、それが秋の対抗戦で最高殊勲者に輝いたと思ったら、その場で彼女にプロポーズしてるんですよ。やられた……って思いました」
「ふうん」
「思わずララロア医師と目を見合わせちゃいましたよ。チャンスがあれば積極的に話しかけたけど、彼女は自分のことをあんまり話したがらなくて。逆に話をしようと気負ったのがよくなかったのかな……って」
夏のマウナカイア……〝立太子の儀〟の準備を終えたと思ったら、ネリアが行方不明になり人魚の王国との交易が復活し、テルジオはオーランドと書類作成に追われた。
最後はカイに絡まれて、ベソベソ泣きながら酒を飲んだ。
(黒歴史じゃねぇか。はぁ……)
「……彼女が気づいていれば、何か変わったかもね」
「まぁね、正直負けた気はしないんですけど、ヌーメリアさんは幸せそうで、どんどん会うたびにきれいになって……やっぱり悔しいですね」
理由はいくつも考えようとした。
アレクがまず懐いたのがヴェリガンだったこと、ネリアに仕事を任されて彼が六番街に店をだしたこと、そして対抗戦での勝利に貢献したこと……。
納得できるだけの理由をいくつも考えて、結局テルジオは自分を納得させることができなかった。
「彼は『きみのためなら何でもできる』ってプロポーズしたらしいけど、ふだんはグータラなんですよ。やっぱ安心感なのかなぁ。そういうのって、かんたんに育めるものじゃないんですよねぇ」
「テルジオはさ、『ヌーメリアなら安心できる』と思ったんじゃない?」
「はぁ、まぁそうですよ。〝魔力持ち〟の女性はたいてい気が強いし、態度もハッキリしてますからね」
控えめで主張しないのに、仕事はきちんとできるヌーメリアに、まず感じたのは信頼だった。
貴族女性らしい品のよさと、慎ましさが同居している女性はめったにいない。とくに王城に集う淑女たちは序列が決まっていて、だれに対しても気を遣う。
「彼女みたいなタイプはさ、『押せば断られないだろう』って男に思わせるんだ。あんたは断られるのがイヤだっただけ。彼女はそれで痛い目を見たから、もう少し話せたところで結果は変わらなかったよ」
ネリアとは思えない辛辣さだった。
「なっ、あなたに何がわかるんですか!」
思わず声を荒げたテルジオを、彼女は見返してまばたきをした。
「怒った?」
「……怒ってないです」
平静を装って返事をすると、彼女はぺろりと舌をだす。
「ムリしちゃって」
「ムリなんてしてませんよ!」
ネリアは小首をかしげた。そのしぐさは妖精のように愛らしいが、魔導列車でいっしょに旅をした人物とはとても思えない。
「それに時間が巻き戻ったって、私の行動は結局変わらないです。だから……縁がなかっただけです」
彼女は横顔でくすりと笑う。
「あんた……いいヤツね」
(何なんだよ、もう。調子くるうなぁ!)
「まぁね。でもいいヤツってのはね、たいがいモテないんですよ。ほらカフェに着きましたよ!」
港を一望できる、タクラでも人気があるカフェに案内すべく、テルジオはさっさと魔導車を降りて、ネリアへと手を差しだした。
「ここ?」
「ええ、そうです。ネリアさんに魔導列車でお貸しした本の舞台にもなってます。だから私も楽しみなんですよ。フルーツたっぷりのハニーティーに、蜂蜜をかけたケーキを注文しましょうか」
「蜂蜜!」
目を輝かせたネリアをエスコートして店に入れば、店内がざわりと揺れた。
真っ白な錬金術師のローブを着た彼女からは、空気さえも変えるほどの魔力が放たれ、その圧は魔術師団長とあまり変わらない。
(やっぱり目立つよなぁ……)
とにかく彼女を楽しませて、退屈させないことだ。そう考えたテルジオは支配人へと合図を送った。









