46.魔道具ギルドに行きたい
よろしくお願いします。
ここの所かかりっきりだった収納鞄の術式が完成したので、『エンツ』でメロディやニーナさん達と連絡を取り合い、魔道具ギルドで正式な契約を交わす事になった。
わたしが「魔道具ギルドに行きたいので付き添って」と頼んだら、ユーリは最初、難色を示した。
「王城に呼びつければ良いじゃありませんか、わざわざ師団長が出向かなくても」
でも今回ははじめての契約だし、魔道具ギルドにも行ってみたい。
契約自体は『ネリア・ネリス』の名前で行うから、錬金術師団長である事はバレてしまうけど、ギルドまではお忍びで行きたい。そう訴えても、ユーリの顔は渋いままだ。
「なんで僕まで……」
「契約事なんてはじめてだから、『成人』のユーリに付き添って欲しいの。他に頼めそうな人は錬金術師団に居ないし」
お願い!……と訴えたら、ユーリはしばらく考えこんでいたが、ため息をつきつつ一緒について来てくれる事になった。
「ネリアのそういう強引な所は、『師団長』らしいと思います……」
王城広場前から、三番街方面に向かう魔導バスに乗る。
「公用車を使えばいいのに……」
「そしたら、お忍び感がでないじゃん!……にしても、その髪色……」
ユーリはいつもの赤い髪や瞳を、茶色く変えている。
「どうです?『ネリィ』と二人だから、デートっぽく見えるように服も意識したんですよー」
「デートじゃないからっ」
自称『十八歳の成人男子』のユーリは、どう見ても十五歳ぐらいの少年にしか見えない。ふたりで並んで歩いても、デートと言うよりも買い物中の姉弟みたいだ。
「あはは……まぁ僕は師団長みたいに、いつも仮面つけて過ごしてるわけじゃありませんからね、外に出る際に最低限の変装は必要かと」
「ユーリも有名人ってこと?」
グレンが有名なのは知っているけど、他の錬金術師達の知名度がどれくらいなのかは、見当もつかない。
「……そう言うわけでもないですが、『錬金術師』はいわば『金の成る木』ですからね、普通に誘拐とかされますよ」
えっ!そうなの⁉︎
「国内ならまだしも国外に連れ去られたら面倒ですし……皆用心してます。デーダスのグレンの家も正確な場所は誰も知らなかったぐらいです」
研究が当たれば莫大な利益を生む可能性もあるが、ある意味金食い虫の『錬金術師』を何人も抱えられるという事は、その国の国力を示すのだという。
また、グレンの『業績』は他国にもあまりにも有名なのだそうだ。王城の師団長室にグレンの住居が整えてあったのも、王城からださず囲い込む意味合いもあったのだとか。
そんな話をしているうちに、『メロディ・オブライエンの魔道具店』の近くまでやって来たので、バスを降りる。店でメロディと落ち合い、一緒に魔道具ギルドに向かうのだ。
「いらっしゃい、ネリィ!……と、そちらの方は……」
「メロディこんにちは!彼は同僚のユーリ……師団で魔道具担当なの。これでも成人してるから、今回の契約について来てもらったのよ」
メロディはパチパチとその緑の目を瞬かせながら、ユーリに向かってぎごちなく挨拶をしようとする。
「それは……お越しいただいて……光栄で……ございます?」
メロディが礼をとろうとするのを、ユーリが苦笑して止めた。
「堅苦しい作法はなしで。僕も彼女も『お忍び』ですから……」
「ええと……ユーリ様、とお呼びすれば?」
「ネリィは『ネリィ』なんでしょ?僕の事も『ユーリ』で構いません。彼女の部下ですし」
メロディが挙動不審だ、なんかおかしい……と思っていたら、急にわたしは彼女に奥の工房に引っ張っていかれた。
「ちょっとちょっと!ネリィ!」
「な、何?」
突然の事に驚いているわたしに向かって、メロディは声を潜めて問いかけてきた。
「……ライアスの次はユーリ⁉︎」
「ち、違っ!ほんとに同僚だから!」
慌てて否定するわたしの顔を見つめながら、メロディは頬に左手をあてて、ひとり頷いている。
「……そうよねぇ……『新聞記事』ではライアスとうまくいってそうだったものねぇ……」
「えっ?新聞記事?」
メロディが無言で差しだした『王都新聞』の記事を読んで絶句したわたしの横から、ユーリがヒョイと新聞を取り上げた。
「なになに?……『かの竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、『レイバート』に『ネリィ』と呼ばれる妙齢の小柄で可憐な女性を伴って現れ、ライザ・デゲリゴラル嬢との『婚約説』をキッパリと否定。その後、『ネリィ』嬢に絡んできた酔っ払いも華麗に撃退。竜騎士団長は、彼女と川下りを楽しんだという……今後の展開に注目したい』……ネリィって……馬鹿?」
「あうぅ……」
ユーリが呆れたように溜息をつき、わたしは身を小さく縮こませた。
「王城で仮面つけて過ごして顔バレ防いでも、当の『ネリィ』が有名になってどうすんです」
「うぅ……まさか、ご飯食べに行くだけで『新聞記事』になるなんて思わないじゃん……」
有名人……舐めてたよ……。
「まぁ、ある意味ライアスにとってはラッキーかな……?ライザ嬢と『婚約成立』まで時間の問題、と周りには思われてましたから。彼の知らぬ間に国防大臣が外堀埋めまくってたし」
「えええ⁉︎怖っ!」
貴族位はある意味ポスト的なもので、血縁や血族にこだわる事はなく、『魔力持ち』が中心になって、一族を盛り立てていく役割を担うらしい。
「溺愛している一人娘のライザ・デゲリゴラル嬢は魔力が少ないんで、国防大臣は『魔力持ち』の婿を欲しがっているんですよ……ライアスは性格も温厚だし、デゲリゴラル家も武門の家系ですからねぇ」
「そんな理由も絡んでいるんだ……」
「『ネリア・ネリス』もですよ……『師団長で独身、魔力持ち』……その条件に当てはまるでしょ?顔なんてどうでも魔力だけで貴族の男達に狙われますよ……王城内でも油断できません」
(マジですか⁉︎)
わたしをびびらせておいて、ユーリは店内を見回した。
「へえぇ……市販の魔道具はバラエティーに富んでますね……面白いなぁ」
「でしょ!それに少ない魔力で動かせるように工夫されているの……王城の魔道具も術式を効率化して、少ない魔素で動かせるようにすれば、魔力の負担が減ると思うのよね……例えばここの術式なんだけど」
ユーリは並んでいる魔道具のひとつ『眠らせ時計』を手に取ると、目を輝かせていじり始めた。
「ほんとだ……これ、買って帰って研究したいなぁ……経費で落ちます?」
「う……まぁ……そのぐらいなら」
購入した魔道具をメロディに包んでもらい、戸締りをするという彼女を残して、わたし達は先に店をでた。
「あの子、分かってるのかしら……」
鍵を掛けながら、メロディはひとりごちる。魔道具店にはセキュリティのひとつとして、買われた魔道具が悪用されるのを防ぐために、入り口に来店した客の『真実の姿』を映す仕掛けが設置されている。
だから髪や瞳の色を変えたとしても、メロディには『真実の色』が分かる。だから、メロディにはユーリが何者であるか、だいたい見当がついた。
ユーリも当然そういう仕掛けがあるのは知っていて、メロディが気づいた事は承知しているようだった。
でも、ネリアのあの様子では、ひょっとして知らないのではないだろうか。
エクグラシアに住んでいれば、誰もが知っている常識中の常識なのだが……。
「『赤』がエクグラシアの『王族の色』だってこと……」
『王族の色』は遺伝ではなく、竜王と契約した『エクグラシアの統治者』の証。
そして現在、『赤』を持つ王族は三人。アーネスト・エクグラシア国王陛下と、ユーティリス・エクグラシア第一王子殿下、そして現在魔術学園に在籍しているはずの、第二王子殿下の三人のみであることを。
魔道具ギルドまで辿り着けなかった…。