458.ロビンス先生の手紙とネリアの食事
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――やぁ、ユーリ・ドラビス。グレンに倣ってきみを『ユーリ』と呼ぶようになって、私もすっかりなじんでしまった。
きみにとって〝ユーリ・ドラビス〟という錬金術師は、大切な存在となった。王城でも学園でも得られなかったものを、きみは研究棟で見つけたようだ。とても喜ばしい。
きみに謝らなければいけなくて、私はこうして手紙を書いている。リーエン・レン・サルジアに〝消失の魔法陣〟を教えたのは私だ。
今でも教えてよかったのかと考える。彼は魔法陣を会得したあと、レクサを帰国させてしまった。毒味をしていた従者の少年だ。
「リーエンがレクサを帰国させただって?」
便箋を持つ手が震えた。レクサの後はサルジア皇族のマグナゼという男がやってきて、皇太子にぴったりと張りつき、行動を共にするようになった。
結局はマグナゼがユーリに盛った毒を、リーエンがかわりに受けたのだ。ユーリは手紙の続きに目を走らせる。
――〝消失の魔法陣〟はエクグラシアの魔力持ちが、死後もその肉体を利用されるのを防ぐために編みだしたものだ。
どうしてそれをサルジア皇太子が、覚えなければならなかったのか。これは私の推測だが……レクサを帰国させたのは、〝消失の魔法陣〟を覚えた彼は、毒味をさせてまで身を守る必要がなくなったのではないか。
彼が守ろうとしたのは自分の命ではなく、その体が抱える秘密にあったのではないだろうか。
なぜなら彼はそれを覚えるのが、留学の目的だったと私に告げた。このことがきみの人生に与えた影響を思うと……。
文章はまだ途中だったが、そこまで読んだところでユーリの手から、便箋がはらりと滑り落ちた。
「最初から、まさか最初から何もかも……」
「ユーティリス」
「留学の目的は……エクグラシアの魔術を学んで、両国の交流を深めるためじゃ……」
「ユーティリス!」
気づけばすぐそばに銀の魔術師がいて、ユーリの肩に手をかけて顔をのぞきこんでいる。それからユーリは心配そうに彼を見守るカディアンとメレッタに気づいた。
「あ……」
レオポルドが手を伸ばし、ロビンス先生の手紙を拾いあげる。ユーリはきつく目をつむって息を吐きだした。リーエンの目的は、ロビンス先生の手紙を読まなくても予想がついていた。
彼女が抱える体の秘密については知っていたから。
けれどそれは自分の身に何かあったとき、遺体を残したくなかったのだと……皇太子リーエンとして帰国するために必要だったのだと、今まではそう思っていた。
「だいじょうぶか?」
肩に置かれた大きな手がじわりと温かい。ユーリは意外に思って彼の顔を見返した。
「ええ、中身もある程度は予想してましたし……」
ユーリは下を向いて唇をかんだ。レオポルドは淡々とした態度で、手紙を彼に渡した。
「王族が単独で何日も無断外泊など、無茶以外の何ものでもない。テルジオの采配に感謝することだ。騒ぎにならないよう、各方面への連絡や根回しは、彼がすべて行った」
「……そうですね。ありがとう、テルジオ。そしてすまない」
何だかんだいってテルジオには、いつも助けられている。礼を言うと補佐官は、ニコッとしてそれに応える。
「魔術師団長もカディアン殿下も助けてくださいました。王太子殿下はタクラ入りして、ちょっと体調を崩しただけです。あとはさっそうと姿を見せてください」
「楽しめたようだな」
厳しいことで有名な魔術師団長から、厳しい叱責がこないことにユーリは面食らった。
「なぜ僕を責めないんです?」
「三師団はそれぞれ独立している。調査結果は共有してもらうが、彼女が命令したのなら我々の管轄外だ。だが王太子としての責任は別だ。我々がフォローできないヘマはするな」
「……はい。ライアスが戻ったらふたりにも話します」
魔術師団長はユーリの返事を確認して、彼の肩から手を離した。
「兄上……」
「何でもないよ、カディアン。だいじょうぶだ。
声をかけてきた弟に力なく笑い、ユーリは折りたたんだ手紙をまた封筒にしまう。もう少し気持ちが落ち着いてからでないと、最後まで読めそうになかった。
編み模様が美しい、深みのある赤のセーターに着がえて、戻ってきたネリアはめずらしく、フレアのロングスカートにヒールを履いている。ニーナがレオポルドにうなずいてみせた。
「サイズは魔導列車で測ったときと、まったく同じでしたわ」
「……そうか」
それを聞いたレオポルドは少しだけ目を伏せた。だがすぐに顔をあげ、ニーナとミーナに告げる。
「ドレスの注文については、ミーナから聞いているだろう。それに合わせた装飾品も、いくつか発注したい。リメラ王妃からは出発間際に『パリュールを』とプレッシャーをかけられた」
「パリュール……では〝装飾の魔女〟ミーナの出番ですわね。まずはデザイン画から作成しませんと」
「でも私が作るのは靴や鞄といった小物で……まだ貴金属は手がけたことがありません」
「ただの小道具だ。格好さえつけばそれでいい」
「ならばひと粒、石を台に留め……チェーンをつけたものを用意しましょう。夜会用のものは急ぎでないでしょうが、それならばふだんでも身につけられます」
それだけの細工なら急げば数日でできるし、船の出航にも間に合う。
「たのむ」
「ねぇ、ちょっと」
ネリアはトコトコとレオポルドの前にやってきて、つま先を軸にしてクルリと回る。そして腰に両手をあてて胸を張り、唇をとがらせた。
「さっきからほったらかしなんだけど。あんたのために着がえたんだから、ちゃんとほめなさいよ」
意表を突かれたようにまばたきをして、レオポルドはサッと彼女の左手をとった。
「マイレディ、花のように可憐で、繊細な砂糖細工のように甘やかなきみの笑顔に、私は今宵も酔いしれる。きみと食事をともにすることができて光栄に思う」
どちらかというと辛辣で歯に衣着せぬ魔術師団長が、滑らかに口にした美辞麗句に、その部屋にいた全員があっけにとられた。
「レオポルドさん、すごい……」
カディアンが感心したけれど、いつもだったら真っ赤になって固まるネリアは、口づけが落とされた手を見ても不満げだ。
「まあまあね。キスはこれだけ?そんなんじゃ、練習にもなんないわ」
「ネリアさんもすごいわね……」
メレッタが隣に座るカディアンにそっとささやく。ユーリはため息をついてふたりに注意する。
「彼らはちょっと特殊だから参考にするなよ。テルジオ、食事にしよう」
「あ、はい。かしこまりました」
われに返ったテルジオの采配で、ホテルのスタッフがすぐにワゴンを運びこむ。
「皆様がお食事なさっているあいだに、服をお届けしておきますね。ミーナ、アイリにエンツを送って」
「ええ」
帰るニーナたちと入れかわるようにライアスが戻り、魔道具を調査していたローラも加わった席で、ネリアは婚約者にひたすらベタベタと甘えた。
「ねぇレオポルド。ピュラルの皮をむいて」
「…………」
レオポルドが無言でピュラルの皮をむき、皿に載せてフォークを添えて差しだせば、ネリアは首をかしげた。
「食べさせてくれないのぉ?」
「…………」
上目遣いで甘えるネリアを、みんなはぽかんと見つめた。
レオポルドはフォークとナイフを使い、器用にピュラルを切りわけて、小さく切ったひとカケラをフォークで彼女の口に運ぶ。
みんなの目がますます丸くなった。
「酸っぱ!」
「ネリアさんっ、ホラ、蜂蜜か練乳をかけますか?」
すぐにテルジオが気を利かせて、シロップの類を用意させると、ネリアはパアッとうれしそうな顔になり、舌なめずりをしてこくりとうなずく。
「ん、たっぷりかけて」
「かしこまりました」
テルジオがピュラルに蜂蜜と練乳を重ねがけすると、ネリアは目を輝かせてそれを見守り、ひと口食べて満足そうにほっぺたを押さえた。
「重ねがけ……んっふー、こういうのはじめてだわぁ」
そしてなんとネリアはそのあと運ばれた、サラダや肉料理といったものにまで、蜂蜜と練乳の重ねがけを要求した。
もちろんそのたびに、テルジオはたっぷりとかけてやった。












