457.ユーリとニーナたち
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暑い夏ですが、なんとか元気に働いてます(^^)ノ
ユーリはニーナたちとホテル・タクラに到着すると、すぐに最上階の特別室へと案内された。
王太子や師団長のために、それぞれの寝室が用意され、警護の竜騎士や補佐官が待機する部屋もあった。
ソファーでくつろいでいたネリアが、ユーリにニコニコと手を振る。
「ユーリ!」
「ネリア、先に戻ってたんですね。さっき戻ってきたばかりですか?」
笑顔でネリアに近づいて、ユーリは首をかしげた。彼女はラベンダーメルのポンチョを着たままで座っている。
「そうじゃないけど寒くって。ポンチョが脱げないの」
そう言いながらネリアはピタッと、隣に座るレオポルドにひっついている。
最上階のワンフロアをまるまる使った、広々とした部屋は寒々しいだけでなく、ただならぬ雰囲気に包まれていた。
「ねぇ、レオポルドだっけ。なんだかギンイワシみたいな髪ねぇ。着替えを手伝ってよ」
「ホテルのスタッフを呼べ」
ギンイワシと言われた、レオポルドの返事もそっけない。ネリアは脚をヒョイっとこれ見よがしに持ちあげた。
「何着たらいいかわかんないんだもの。あとブーツと靴下、脱がせて」
「テルジオ」
「はいっ!」
呼ばれたテルジオがすっ飛んできた。
「ベロア姉妹に依頼し、彼女の服をそろえてくれ。あらためて採寸し、サイズも確認してほしい」
後半はニーナたちに向けての言葉だった。
「かしこまりました」
「採寸の魔道具なら持参しております」
ニーナとミーナが、ネリアを連れていこうとすると、彼女は不満そうに唇をとがらせる。
「ボタンはめるの手伝ってもらおうと思ったのに」
「そんなの彼に頼むの、あなたぐらいですよ⁉」
「当然でしょ。だってこのピアス、彼がつけてくれたんだもの」
ふふんと笑って、彼女は耳につけたピアスがテルジオだけでなく、みんなにもよく見えるように髪をかきあげた。
彼女たちがリビングをでていくと、ユーリはさっそくレオポルドを問いただす。
「いったい何があったんです?」
「ユーティリスも知らないのか」
タクラの街で彼女を見つけたヌーメリアが説明する。
「ネリアはちょっと記憶が混濁していて。私たちの顔はわかるみたいですけど……」
「記憶が……混濁?」
彼女は何もかも忘れたわけではなく、ヌーメリアやメレッタ、テルジオの顔はきちんとわかるのに、レオポルドのことは知らず、彼が婚約者だと聞かされても、『あっそ』と反応が薄かったそうだ。
夏にマウナカイアへ行ったことは覚えていても、冬のデーダス荒野のことは思いだせないけれど、自分が錬金術師団長だということは、ちゃんと理解している。
「何というか別人ですよ。昨日会ったときは、あんなじゃなかったのに……」
「では昨日までは、いつもの彼女だったのか」
顔をしかめてレオポルドは銀の髪をかきあげた。
そのときカディアンがすっ飛んできた。赤い瞳を感激したように潤ませると、ガシッと兄の体を抱きしめた。
「兄上……よかった、本物だ。俺だけじゃなく、みんなが心配してて」
……ぎゅう~。ユーリは真っ赤になってジタバタ暴れた。
「ぐ……放せ!お前何でタクラにいるんだよ!」
抱擁から解放されたユーリに、カディアンはほほを染めてモジモジと、少しシワを寄った封筒を差しだす。
「シャングリラ魔術学園のロビンス教諭から、師団長と兄上やイグネルさんに、直接渡せって手紙を預かった。それで俺とメレッタはドラゴンに乗せてもらい、タクラへ」
「ロビンス先生から……って、メレッタまで来ているのか?」
カディアンに続いて、リビングに入ってきたメレッタは、ユーリににっこりとあいさつした。
「ユーリ先輩、こんにちは。ネリアさんがいなくなった……と聞いてびっくりしたけど見つかってよかった」
「そうか、よくカーター副団長が許したね」
徹夜でドラゴンを駆る強行軍を、副団長が許可したことにユーリは驚いた。
「オーランドさんが勧めてくれたの。ユーリ先輩、しばらく姿を消してたでしょ。カディアンは『自分がしっかりしなきゃ』って思ったみたい。それにきょうは別行動だったから、また来るときの楽しみができたね……ってふたりで話してたの」
メレッタはカディアンをうれしそうに見上げた。
「次回は私がカディアンを街に案内して、彼が自然史博物館や近代美術館に連れて行ってくれるって」
「だな!」
メッセンジャーの役割は果たせたし、メレッタの機嫌が直っているので、カディアンはそれだけでうれしい。
「そうか……機会があれば僕もきみたちを案内したいな。おもしろい場所をたくさん見つけたよ」
「ホントか?」
ユーリだってタクラでの生活を満喫したけれど、目を輝かせるカディアンと、にこにこしているメレッタを見ると、やっぱりうらやましい。
(ないものねだりだな……)
ユーリが小さくため息をついて封筒をひっくり返せば、ロビンス先生の字と受取人指定の魔法陣が目にはいる。
「ロビンス先生とはマウナカイア以来だ。何が書いてあるんだろう」
どさりとソファーに腰をおろし、ユーリが受取人指定の魔法陣に魔素を流すと、レオポルドが口を開く。
「なぜオドゥとタクラに潜伏していた。ライアスが今竜騎士たちを連れて工房に向かっているが、王太子がやることではない」
「僕はオドゥについて調べるよう頼まれたんです。ネリアは『すべての責任は自分が持つ』と言いました」
レオポルドは整いすぎるほど整った顔立ちに、皮肉めいた冷笑を浮かべた。
「あれで責任を持てると思うか?」
「それは……」
ユーリだって彼女の変化にはとまどっているのだ。答えるかわりに黒いケースを取りだした。
「グレンが作った黒縁眼鏡がこれです。これがどうしてもほしくて。これの対価として要求されたのが竜玉だったんです」
慎重な手つきで眼鏡を受けとり、レオポルドはサッと魔法陣を展開した。
「ローラに調査を依頼するが……『グレンが作った』と言ったな。オドゥから受けとるだけで済んだだろう」
「ああ、ええと最初はオドゥが作る約束だったんです。タクラの工房で何度チャレンジしてもうまくいかなくて、もう時間がないからとこれをもらいました」
「それを信じたのか?」
「え……」
レオポルドが片手で眼鏡のケースを持つ。
「研究棟はすでに副団長の協力で捜索が終わっている。このレプリカが作られたのは、デーダスの工房だろう」
「あ、はい。そこでグレンが『ちょちょいっと作った』とオドゥが……」
言い終える前にユーリは気がついた。そんなわけがない。あのオドゥがグレンに、元となった自分の黒縁眼鏡を見せたのだ。
かならず何かしらの対価は受けとるはず。それがこのレプリカだとしたら。
「製法さえ覚えれば、オドゥにとってはもう不要な品だ。あいつはグレンが作るところを……魔道具の製作過程をすべて見ていたのだろう?」
学園時代からオドゥをよく知るレオポルドの指摘に、ユーリの顔が青ざめた。
「マウナカイアで彼は『同じものを作ってあげようか』と言いました。けれどタクラでは失敗ばかりで……」
「時間稼ぎだ」
眼鏡ケースをソファーテーブルことりと置き、額にあてた手がレオポルドの秀麗な美貌に影を作る。
「時間稼ぎって……」
「ヤツにとっての〝獲物〟がタクラにやってきた時点で、罠は完成している」
「じゃあオドゥが盗んだのは、ネリアの記憶?」
「…………」
「戻ってきたのはピアスだけだ。それ以外の所持品もない。それよりロビンス教諭からの手紙には何と?」
「いま見ます」
かさりと広げた便箋に書かれた、ロビンス先生の書体を目にして、ユーリは懐かしくなった。魔術学園の図書室で広げたノートには、この字でたくさんの書きこみがしてあった。
410話でレオポルドが王都を離れている間の裏話『きみが描く魔法陣』を短編集に投稿しました。
ネリアが魔術師団の塔を訪ねます。












