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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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456/563

456.保護されたネリア

 数刻のち、自然史博物館の見学を終えて出発した魔導車は、タクラ近代美術館の玄関口に到着した。


 降りたった魔術師団長と第二王子を、港湾都市タクラを管轄するアンガス公爵夫妻が出迎えた。


「ようこそエクグラシア随一の港タクラへ。さっそく表敬訪問とは痛み入ります」


 国王と並び立つと言われるほどの権限を持つ師団長に、アンガス公爵はうやうやしく頭を下げた。


 社交界のファッションリーダーとして、だれもが認めるアンガス公爵夫人も、感激したように顔をほころばせる。


「まぁ……カディアン第二王子殿下とは、王太后陛下のお茶会以来ですわね。すっかり立派になられて」


(何でこんなことに⁉)


 ホテルのスタッフたちが総力を挙げ、準備したスーツにビシッと身を包み、カディアンは内心めちゃくちゃ焦りながら、キリッとした表情を作る。


 レオポルドから教わったとおり、そのまま公爵夫妻に告げた。


「未成年ながら婚約した身なれば、王太子の助けとなるべく、この機会に学ばせてもらいたい」


 ……ニコッ。緊張でガチガチになった第二王子が、言い終えてホッとして最後に見せた笑顔に、アンガス公爵夫人は興奮を隠しきれずにほほえむ。


「なんて勉強熱心なのかしら。王太子殿下だけでなく頼もしい第二王子に恵まれて、エクグラシアの未来はますます輝くことでしょう。メレッタ嬢もいらっしゃればよかったわね」


 最後に公爵夫人が残念そうにつけ加えれば、カディアンはポッと顔を赤らめた。


「実は彼女もタクラに来ていて。まだ公の場には連れだせないのだが」


「あら、そんな堅苦しい場でなくとも、すぐにセッティングしますわ!」


 公爵夫人のひと声で、第二王子と婚約者を社交の場に連れだすべく、すぐにアンガス公爵配下のスタッフたちが動きはじめる。


 師団長が連れてきた王族へのもてなしに、手抜かりがあってはならない。


 社交界デビューを済ませていない第二王子は、現時点でとんでもないレアカードだ。


 彼らをはじめて招待したのがアンガス公爵となれば、タクラ社交界どころか王都における影響も計り知れないのだ。


「メレッタ嬢が楽しめる企画も考えましょう。そんな……ひとり残されるなんて、なんて心細いのかしら」


「そうだな。冬の間はイベントも少ない。市民も楽しめる催しがいいのではないか」


「まぁ、あなたったら。すばらしい思いつきね!」


 未成年の王族は、肖像画以外は世にださないという不文律がある。


 成人した王太子はしょっちゅう紙面を飾っても、学園に通うカディアン第二王子のフォトが、王都新聞やタクラ新聞に載ることはない。


 父親譲りのワイルドさもあるカディアンの精悍な顔だち、赤い髪ときらめく赤い瞳は、〝竜王と契約した者の証〟だ。


 礼装用の黒いローブを着た魔術師団長も見目麗しいが、第二王子も肌がきれいすぎるほどにキメが細かい。


 いずれ成人すれば、王太子と並んで社交界の話題をさらうだろう。


 〝魔力のアルバーン〟に〝社交のアンガス〟……そう呼ばれ、二代続けて〝王族の赤〟を輩出しなかったアンガス家は、公爵位を返上することになるのではと言われていた。


 爵位はあくまで役職に過ぎず、務めを果たせなければ返上する。


 傍系王族という理由で与えられる公爵位は、侯爵や伯爵のように家門を支える家臣や領地を持たず、存続を期待されることもない不安定な爵位だ。


 しかも返上された公爵位はこのままいくと、カディアンが成婚した際に引き継ぐことになる。


 公爵夫妻も自分たちの代で爵位を返上したくはない。アンガス公爵家は社交を切り盛りする、公爵夫人の采配により成りたっていた。


「美術館には私どもも後援しておりますの。キュレーターに案内させますわ」


「ありがとう。アンガス公爵夫妻の案内で、近代美術館を解説つきで見学できるとは楽しみだ」


 カディアンは人懐っこい笑みを浮かべた。何か失敗してもレオポルドがフォローしてくれる。


 もともと期待されてないからこそ気楽に臨んだ初の公務は、こうしてサクサクと片づけられていった。





「あああ、おもしろかったけど疲れた~」


 カディアンはホテル・タクラに戻るなり、スーツのジャケットを放りだして、ソファーに身を投げだした。


 フォトもバシバシ撮られたし、一日中着慣れないスーツを着ていたせいで、彼の体は緊張して強張っている。


 ホテルの結着点に転移してもよかったけれど、公務は王族の姿を見せることが目的だ。


 魔導車の窓も開けて、カディアンはホテルに着くまで、ずっと手を振り続けた。テルジオは拾ったジャケットをさっと片づけ、彼をねぎらう。


「お疲れさまでした。公務も問題なく片づけてくださって。王太子殿下にも見習っていただきたいですねぇ」


「テルジオがきちんと準備してくれたからだよ。それに近代美術館はいちど行ってみたかったんだ」


 異国の文化にふれたのも新鮮だったし、国内で活動する芸術家たちの作品にも刺激を受けた。自然史博物館で買ったパンフレットや化石は、あとでメレッタにも見せるつもりだ。


「アンガス公爵夫妻とも話が弾んでましたねぇ」


「それは俺に話を合わせてくれたんじゃないかな。魔術学園の思い出なんかを聞かせてもらった」


「明日のタクラ新聞には、第二王子のフォトが載ることになる」


 護符を外しながらレオポルドが言うと、カディアンは照れくさそうにへへっと笑った。


「レオポルトさん、ありがとうございました」


「王太子の代理を務めただけだ。礼を言うほどではない」


「それでもこれで俺は、メレッタをエスコートするとき緊張しないで済む。いい練習になりました!」





 のんびりとした空気が一変したのは次の瞬間だった。最上階の特別室にある結着点がまばゆく輝く。部屋全体の空気を震わせて、一気に五人が転移してきた。


 陣の中央にいるのは長い白髪を束ねた大魔女ローラ・ラーラで、彼女が転移魔法陣を描いたらしい。


 彼女といっしょにメレッタとヌーメリアが、ひとりの女性を両脇から支えている。そばにいるのは護衛の竜騎士ヤーンで、なぜか彼は困った顔をしていた。


 ふわふわとした赤茶の髪を無造作に肩へおろし、ラベンダーメルのポンチョを着た娘は、落ち着かないようすでキョロキョロと部屋を見回した。


 彼女の耳たぶには魔法陣が刻まれた、紫陽石とペリドットのピアスが揺れている。


「ネリアさん!」


 叫んで駆け寄るテルジオを見て、娘は小首をかしげた。


「テルジオ?」


「ああ、もう本当に心配しましたよ。ご無事でよかったです!」


 けれど娘はテルジオをぽかんと見るだけで、何の反応も返さない。かわりにローラが彼に説明した。


「ヌーメリアとメレッタがタクラの街で見つけたんだ。レオポルドに匹敵する強い魔力に瞳の輝き……さすが錬金術師団長だね。だがちょいと訳アリでね。エンツで連絡をもらったあたしが迎えにいき、保護が必要だと判断した」


「訳アリって……いったい何が」


 けげんな顔をする補佐官を押しのけて、レオポルドが険しい表情で足早に娘へと近づく。ローラがあわてて彼を制止する。


「レオポルド!どうやら彼女、記憶が混濁しているようなんだ」


「記憶が……混濁?」


 レオポルドの顔色が変わった。あどけない少女のような顔立ちの女性は、彼を見て黄緑の目を丸くしている。


「なぜきみは……」


 レオポルドの握りしめた拳が震え、怒りが整った顔立ちに浮かぶ。


 ヌーメリアは灰色の目を見開いて体を硬直させ、メレッタも怯えたように身をすくませる。


 けれどネリアはぼんやりと彼を見つめ、それから眉を寄せて小首をかしげ、ふっくらとした唇をとまどうように動かした。


「……レオポルド?」


 彼女が頭を動かすだけで、耳たぶにつけた紫陽石とペリドットのピアスが揺れて輝いた。

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