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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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455.ホテルの朝

短編集に『カイ、王都にいく』を掲載しました。レオポルドとカイのドタバタです。

 朝、ホテルのベッドで目を覚ましたカディアンは、一瞬自分がどこにいるかわからなかった。


 真っ白なシーツに明るい色で塗られた天井、なぜかメレッタが彼の顔をのぞきこんで、『おはよう』とにっこり笑いかけてくる。


「俺、なんかすげぇイイ夢見てる……」


「イイ夢って?」


 ふしぎそうに聞いてくる婚約者は今日もかわいい。カディアンはにへらと笑って彼女へと手を伸ばした。こんな夢なら毎日だって見たい。


(メレッタをギュッと抱きしめて、そして……)


「え、ちょっとカディアン⁉」


「わ、もがくとこなんか、すげぇリアル」


 カディアンはちゃんとしゃべったつもりだったが、実際は口をむにむに動かして、言葉にならない音をほにゃほにゃと発しただけだった。


 メレッタはやわらかくて温かくて、とにかくかわいい。


「~~~~っ!」


 ――バチーン!


 メレッタの平手打ちが炸裂して、カディアンはようやくパキッと目が覚めた。


「……え?」


「信じらんない。さっさと起きなさいよっ!」


 目の前にいるメレッタは、夢とちがって真っ赤な顔をして怒っている。カディアンはぼんやりしたまま、頭をボリボリとかいてひとりで納得した。


 唇にあたったやわらかい感触は彼の願望が見せた夢で、ヒリヒリするほほが現実だろう。


「そうだよな……現実ってこんなものだよな。でも起こすのに殴ることないだろ」


「知らないっ。私、きょうはヌーメリアさんとタクラの街に行くから!」


「えっ、何で?」


 なぜかカディアンは機嫌の悪い婚約者に、ホテルへ取り残されることになった。





 王太子一行の滞在先になっている、ホテル・タクラの最上階からは港が一望に見渡せる。


 テルジオは港を照らす朝日に感謝して、ソファーに座るローラに礼を言う。


「また朝日が拝めるとは思いませんでした。おかげで私は今日も生きていられます」


 卓越した知識と魔力を持つ大魔女は、ゆったりとした手つきで銀のスプーンを取りあげる。


「ヌーメリアに調薬を手伝わせたからね。レオ坊はしばらく目を覚まさないさ」


「はぁ、そのあいだにネリアさんが見つかればいいんですが」


 今朝になり、ニーナ・クロウズから『ユーティリス殿下とホテルに戻る』と連絡はあったものの、ネリアは昨晩でかけたまま戻ってこないという。


「婚約したならば片時も婚約者から離れちゃいけない。それをしなかったあの子が悪い。それにレオ坊からは『突風もしくは嵐のような女性』と聞いている」


 ローラはカラカラと笑って、リルの香りがするシロップ漬けにした氷砂糖を、ヴェルヤンシャ摘みの茶葉を使った紅茶にいれる。


 そのまま銀のスプーンでゆっくりかき回せば、ふわりと甘い香りがあたりに漂った。


「突風か嵐……まさしくそうですね」


 のんびりと香りを楽しむローラに、テルジオもだんだんと気分が落ち着いてきた。


 ソファーに座りこむと脱力して、気の毒そうな顔をしているヌーメリア相手にグチをこぼす。


「私、ちゃんと準備したんですよ。港湾事務所で働いている知り合いにも聞いて、タクラ料理の名店や屋台の情報まで仕入れたのに!」


「その情報はヌーメリアが使うといい。あたしはレオポルドが持ってきた魔導具を調べるから、師団長を探すついでに、タクラの観光をしておいで」


 ローラが言うと、ヌーメリアは穏やかにほほえむ。


「私もネリアが行きそうな場所を探してみますわ」


「ううう、ヌーメリアさん優しいぃ……」


 テルジオは涙ぐみそうになりながら、ヌーメリアから目が離せなかった。


(ヌーメリアさん、きれいになったな……もう少しマウナカイアで話してみたかった)


 以前はさびしそうな雰囲気を漂わせていた彼女は、婚約者から贈られたアミュレットの髪飾りを身につけ、落ち着いた印象ながら華やかさも感じさせている。


「レオポルドのようすは?」


 ライアスに聞かれたローラはカップをソーサーに置くと、ため息をついて彼に答える。


「肉体的な疲労よりも魔力の調律が乱れていた。術式を連続で構築したから、かなり消耗しているはずだ。ずいぶんと無茶をしたね」


 ライアスは心配そうに眉を寄せた。


「強行軍であったことは認めます。錬金術師オドゥ・イグネルのことはご存知ですか?」


 メニアラ支部にいたローラ・ラーラは、対抗戦に参加していない。


「名前だけは。対抗戦では錬金術師団の総大将だった男だろう」


「我々と魔術学園では同級生でした。彼の故郷イグネラーシェには、あらためて調査団を派遣しています」


「デーダスに続いて、イグネラーシェまで調べる必要が?」


「ええ。俺はこれから港湾事務所にある竜騎士団の詰め所に行くため、あとはレオポルドが目覚めたら話します」


 そこへカディアンの部屋にいっていたメレッタが、顔を赤くして戻ってきた。バチンと両手でほほを叩き、アメジストのような紫の瞳をきらめかせる。


「カディアンはまだ起きたばっかりみたい。ヌーメリアさん、私たちだけで街へ行きましょ」


「私たちだけで?」


「あんまり大人数だと動きにくいし、カディアンは目立つもの。ネリアさんが行きそうなところ、あたってみませんか」


「それならヤーンを護衛につけよう」


 竜騎士のヤーンは茶髪の親しみやすいナイスガイで、メレッタはにこにこして彼に話しかける。


「よろしくお願いします、ヤーンさん。対抗戦でユーリ先輩が飛んだ、ライガの飛行ルートにも興味があって。その話も聞かせてください!」


「ああ。あのめちゃくちゃな飛びかたかぁ、あれにはまいったよ」


 メレッタとヌーメリアはヤーンを連れて、にぎやかに街へとでかけていった。





 目覚めたレオポルドは、しょんぼりと落ちこむカディアンと朝食をとる羽目になった。


「うう、メレッタに置いてかれたぁ」


「…………」


 カディアンは眉を下げて、それでもダルシュが添えられた朝食をしっかり食べつつ、レオポルドに声をかける。


「そうだレオポルドさん、俺たちも街にでかけませんか?」


「きみと?」


「はい。アガテリスに乗せてもらったし、何かお礼がしたいです」


「礼など……」


 カディアンにとっては超絶美形の魔術師団長より、メレッタを誘うほうが緊張する。


「どうせならメレッタたちが行かなそうなところにしましょう。俺、タクラの自然史博物館や近代美術館にも興味があるんです」


 レオポルドはまばたきをしてカディアンを見た。


「きみはそれでいいのか?」


 ニコニコしてパンをかじる第二王子に、レオポルドは何となく興味を覚える。


「はい。もしでかけるのが大変なら、軽くクロッキーを描かせてもらえませんか。イグネルさんが学園生だったころの話も聞きたいです」


 カディアンが気を遣って提案すると、レオポルドはピキリと固まった。


 オドゥの話となれば、とうぜん彼自身の話にもなる。それをじっと絵のモデルになりながら話すことになる……。


 レオポルドはため息をついてスッと立ち上がった。テーブルを回りこみカディアンのアゴに手をかけて持ち上げ、そのまま第二王子の顔をのぞきこむ。


「ふむ」


「あ、あの……レオポルドさん?」


 給仕をしていたホテルのスタッフがクレードルをとり落し、パンのカゴを持った別のスタッフも凍りついたように固まった。


 窓から射しこむ光の中……気だるげに私服を着崩した魔術師団長が、朝食に夢中な第二王子にアゴくいをして、身をかがめているように見える。


 当のカディアンもめちゃくちゃ焦った。


(ち、近すぎるんだけど⁉)


 まともに見たら魂を吸いとられそうな精霊級の美貌、光のかげんで色を変える黄昏色の瞳がすぐ目の前にある。


 顔を真っ赤にしてカディアンが汗をかいていると、やがて銀の魔術師は納得したようにうなずいた。


「上背があるから、服を調えれば子どもには見えまい」


「お、俺の背が何か……」


「私に礼がしたいのだったな」


 彼がふっと笑った瞬間、その光景を目撃して固まっていたスタッフたちは、そろって声にならない悲鳴をあげた。

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